婚約
一時帰宅で、お盆休みに実家に帰った層一。雪の働く店に顔を出したり、雪に運転してもらって、帰省している喜多見の家まで遊びに行った。
「よぉ、海斗、久しぶり〜。なんか懐かしいなぁ」
「おお、よう来たな〜。疲れたべさ?ほれ、上がってけや。ほら、雪さんも」
「ああ、ありがとうございます。お邪魔いたします〜」
「んでさ、脳腫瘍の状態は、どんな感じなんだ?」
「うん、抗がん剤と放射線治療のおかげで、腫瘍はだいぶ小さぐなってるって。でも、まだ全部なくなったわけじゃねぇし、寛解ってほどでもねぇみたいなんだ。またいつ再発するかわからんってさ」
「そっか〜。また病院戻んなきゃならんのか…。早ぐ寛解になればいいけどな。今は体を治すことだけ考えて、またみんなで楽しく飲もうや」
「雪にも心配かけっぱなしでさ。雪のためにも、早ぐ復帰したいなぁって思ってる」
「ううん、あたしは、そうちゃんが元気でいてくれたら、それだけでいいんだわ。あたし、そうちゃんのこと好きだから」
「この〜、幸せもんだべさ〜!俺にもその幸せ、ちょっと分けてくれよ〜。俺なんて彼女いねぇ歴=年齢だぞ」
「海斗の幼なじみの湧ちゃん、どうなん?あの子、なかなかいいと思うっしょ。カーリングもうまいし、勉強もできて、文武両道でさ」
「あいつも今、カーリングの試合で忙しくて、なかなか会えねぇんだわ。それに、告ってフラれたらって思ったら、なかなか勇気出ねぇっしょ」
「なに言ってんのさ。あたしなら、あのジャンプ台のスタートゲートから滑り降りる方が、よっぽど勇気いると思うけどね。たぶん、海斗さんからの告白、待ってるんでないかい?思い切って告白してみたらいいべさ。それからのことは、それから考えればいいっしょ」
「そったらもんかねぇ?」
「まあ、メールでも、LINEでも、電話でもしてさ、まずは会う時間つくってみな。それで、思い伝えてみたらいいんでないかい?」
「う〜ん、そったらかなぁ?やっぱ、会って話さねぇと進まんしなぁ」
「んだんだ。喜多見さんはかっこいいんだからさ、告白に尻込みしてたら、オリンピック本番でメダル取ることなんてできないっしょ」
「俺もそう思うわ。俺が今、闘病生活がんばれてるのも、雪がいるからってのもあるからな。海斗も、思い切って言ってみな」
「わかった。今から電話してみるわ」
「んだんだ!その意気だべ!」
スマホを取り出して、幼なじみの満山湧子に電話をかけてみる。
「はいもしもし」
「あー、俺だけどさ、今時間あるかい?」
「海ちゃん?どうしたの?なんかあったの?」
「いや〜、今俺、地元戻ってきててさ。湧子も今どうしてっかな〜って思ってさ」
「私?今ちょうど練習オフでさ、もうすぐ自宅に戻るとこだったの」
「そっか〜。じゃあさ、今夜いっしょに飯でも食いに行かね?」
「今夜?大丈夫だけど。どこ行くのさ?」
「北見駅前のジンギスカン食べられるとこ行こうかと思って」
「うん、わかった。じゃあ19時に、北見駅の改札口で集合ね」
「ん、じゃあまたあとでな〜」
電話を切って、ガッツポーズを決める海斗。
「やったじゃん。あとは思い伝えるだけだっしょ。頑張れよ〜」
「喜多見さん、真面目でストイックだから、きっとうまくいくと思うわ。応援してますからね」
そうして、喜多見の家を後にして、上川町へと車を走らせた。
「海斗、うまくいけばいいけどな」
「大丈夫だべ。喜多見さんは、ちゃんと見ててくれてると思う」
そう言いながら、峠を越えていく。
「なぁ、今俺は闘病中の身だけどさ、俺と結婚してくれないか?俺、雪にずっとそばにいてほしい」
「へ?プロポーズしてくれたの?…どうせなら、も少しロマンチックなとこでしてほしかったけどさ、あたし、そうちゃんしかお嫁さんになるつもりないから」
「ありがとう。闘病で身体も気持ちも辛くなったとき、雪がずっとそばにいてくれてさ。今は雪に支えてもらってばっかだけど、元気になったら今度は俺が雪を支えていきたいんだ」
「なら、早く良くなるように、私も頑張るし、そうちゃんも頑張ろうね」
「明日、雪の両親と、俺の両親に話して、結婚を前提に付き合ってますって言おうと思う」
「そっか…。じゃあ帰ったら、ちゃんと伝えとくね」
日が暮れた頃、上川町に着いて、それぞれ自宅に戻る。
「層一。お帰り。喜多見さん、喜んでたんじゃない?」
「あぁ、久しぶりに直接会って話できたからね。親父は?」
「もうそろそろ帰ってくるんじゃない?」
「あの、明日の午前中、ちょっと時間取れる?大事な話があるから」
「大事な話?何があったの?」
「うん。まぁ、明日詳しく話すわ。悪いことじゃないから」
「そったらかい。それならいいけどさ」
「親父にも伝えといて」
「わかった。どこで話すの?」
「雪のお店で、明日の朝10時ぐらいがいいかな?」
「んだら、お父さんに伝えとくね」
「うん」
「晩御飯食べられる?」
「消化のいいものお願いするわ」
「そったら、野菜スープと、煮魚と、おめぼしのお粥にしようかね」
「ありがとう」
そう言って、夕食が出来上がるまで、自室で体を休めた層一。夕食が出来上がって、父も仕事から帰宅した。
「お父さん、お母さんからも聞いたと思うけど、明日朝10時、雪のお店に集まってくれない?大切な話があるから」
「ああ、お母さんから聞いたよ。3人で行くか?」
「うん。お願いするわ」
そして、眠りについた層一であった。
雪も両親に、明日大事な話があるから時間を作ってほしいと伝えて、今日層一から受けたプロポーズのシーンを思い出していた。
「そうちゃん…。ありがとう。あたしを伴侶にするって決めてくれて。やっぱりあたし、そうちゃんを好きになってよかったわ…。一緒に闘病、頑張ろうね…」
そう呟きながら、深い眠りに落ちていった。
⸻
翌朝。朝10時に層一と康夫と愛子の3人が、店にやってきた。
「こんにちは。今日は私たちのために、時間を作っていただき、ありがとうございます。層一から大事な話があるからって聞きまして」
「いらっしゃい。さぁさ、堅苦しい挨拶はやめて、ゆっくりしてってけろや」
「ありがとうございます」
テーブル席に座って、層一家族3人と、雪の家族3人が相対する。
そして層一から
「今日は、私と雪のために時間をとっていただいてありがとうございます。実は昨日、雪には話したんですが、私は雪と結婚したいと思っています。私は今闘病中の身ですが、雪の献身的な支えがあって、辛い抗がん剤治療や、放射線治療を頑張るモチベーションになっています。今は入院とかあって、なかなか雪と一緒に過ごせる時間がなくて、雪にも大変な思いとか、辛い思いをさせてしまっていて、申し訳なく思っているんですが、私にとって、雪は一生をかけて大切にして行きたい、かけがえのない大切な人です。是非とも認めていただきたく思います。よろしくお願いします」
「そっかぁ…。俺たちも、そうちゃんのことは、大事な家族と思ってるさ。娘と真剣に向き合ってくれて、ほんとありがたく思ってる。雪と一緒に過ごすのが、そうちゃんの新しい力になるんであれば、俺は反対なんてせんわ。ただ、娘を幸せにしてくれ。それが俺の願いだ」
「私もね、ずっとそうちゃんには、可愛がってもらってきたからさ。娘がそうちゃんと一緒に生きたいって思ってるなら、それは病気のこともぜんぶ承知の上での決心だべさ。だから、ふたりの意志、ちゃんと尊重するよ。雪、あんたも覚悟はできてるんでしょ」
「んだ。もちろん。今までそうちゃんが私を支えてくれたんだもん。今度は私がそうちゃんを支えてく番。ぜんぶ覚悟の上だから」
「雪ちゃん、ありがとうね。これから大変なこともいっぱいあると思うけど、俺たちもできるかぎり支えるから、層一のこと、よろしく頼むわ」
「私からもお願いします。なんかあったら、無理せずに頼ってね」
「ありがとうございます。不束者ですが、どうぞよろしくお願いします」
「いや〜、でも今日はめでたい日になったな。雪、そうちゃん、おめでとうな」
「ありがとうございます。よかった〜。なんか優勝かかったジャンプ飛ぶより緊張したわ」
「層一。これからますます責任が重くなるぞ。雪さんを幸せにするためにも、なんとしても病に勝たんとな」
「わかってるって。親父、お袋、ありがとう。お義父さん、お義母さん、これからもよろしくお願いします。雪、お互いに乗り越えていこうな」
「はい。お義父さん、お義母さん。層一さんと、あったかい家庭つくっていきます。お父さん、お母さん、ありがとうね。しっかり支えていくからね」
そうして、婚約の申し込みは無事に終わり、また層一が病院に戻る日が来た。
「そうちゃん、またなかなか会えなくなるね。寂しいけど、私にできることがあれば、いつでも言ってね」
「雪、ありがとうな。しっかり直してくるからな」
「うん。頑張って」
「それじゃあな」
そう言って、外科病棟に戻った。そして、改めて検査して、診断結果が出た。
「層一さん、検査結果なんですけども、今のところ、腫瘍の拡大とか、そういう今すぐ命に関わる危険な兆候は見られません。どうですか?在宅で療養されて、月一くらいで検査を受けるようにして、ご家族と一緒に過ごす時間を考えてみては」
「いいんですか?私もできればお願いしたいんですが」
「そうですか、それでは、退院8月31日にしますか?」
「はい。それでは家族と雪に連絡しておきます」
「わかりました。おめでとうございます。それでは、通院は毎月第一月曜日にしましょう」
「わかりました。ありがとうございます」
病室に戻り、家族と雪に連絡をすると、雪から電話がかかってきた。
「そうちゃん、退院できるの?よかった〜。ほんとによかった〜。おめでとう!」
「ん、ありがとな。今、お義父さんとお義母さんも一緒なんだろ?代わってもらえるかい?」
「うん、ちょっと待っててね」
「層一、おめでとう。よかったな。お父さんも喜んでるど。ほんとによかったな〜」
「層一、お疲れさまな。雪さんに感謝せんとな、バチ当たるど」
「うん、それじゃあ、また電話するわ」
それからも、雪が面会に来て、着替えやそのほか必要なものを持ってきて、雑談をして、帰って行く。そして、退院日の8月31日がやってきた。雪は婚姻届の用紙を持って、層一に見せた。それは帰ったら、層一と雪が籍を入れて、住処は層一の家の隣にある、はなれを使うことになってるということであった。
「雪。ありがとう。俺、頑張って病気と戦ってよかった。本当にありがとう」
「そうちゃんには内緒にしててごめんね。びっくりさせたかったの。驚いた?」
「びっくりしたなんてもんじゃないわ。まさかそこまで話進んでるとは思わなんだ」
「イエーイ、サプライズ大成功〜!」
「…それじゃあ、帰ろうか」
「うん、帰るよ〜」
今日からは、層一と雪、夫婦として自宅に帰ることになった。