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終着駅  作者: リンダ
4/21

検査結果




入院生活が始まってから、雪は時々着替えやら衛生用品を持って病院へ顔を出すようになった。看護師さんに渡してあとはLINEでやり取りしとる。


――


「そうちゃん、おはよー。今日は天気ええなぁ。体調どした?」


「んだな、今んとこは特に変わんねえわ。ところで雪、バイトは大丈夫なんか?」


「大丈夫だわ。お父さんとお母さんにもちゃんと話しとるさ」


――


雪のバイト先のカフェは両親がやっとる店で、次男のことも融通きかせてもらってるって。けど、上川駅から旭川駅近くの病院まで車で片道一時間かかるべな。恋人とはいえ、そんな負担かけてへんべか…って、層一は心配でならなかった。雪は雪道の運転には慣れてるけど、道中事故にあわないかも心配で…。


ある日、雪は洗濯物を受け取って、新しい着替えを看護師に渡し、帰りがけ駐車場で車の中からLINE電話をかけてきた。


「そうちゃん、もうすぐ誕生日だべさ。プレゼントなに欲しいんだ?」


「わりぃな、俺は雪と楽しく毎日過ごせればそれでいいんだわ。退院できる時期はまだわかんねぇけど、雪がずっとそばにいてくれたらそれだけで幸せだ」


「もー、なに言ってんのさ。わたしはそうちゃんしか考えられへんのよ。来年の誕生日にはわたしをお嫁さんにしてくれるんだべ?その前に北京オリンピックに連れてってくれるべ?そうちゃんのひたむきな頑張り、わたしは好きだわ。そのためにも、ちゃんと治療受けなきゃダメだよ?」


「わかっとる。でも、雪に心配かけてばっかで申し訳なくてな…」


「そんな悪いって思わなくてええんだわ。好きな人やから。そうちゃんは私にとって一番大事な人なんだもん。だから尽くしたいの。わたしがそうちゃんのお嫁さんになるのが夢なんだわ」


「そうかぁ。でも、疲れた時は無理すんなよ?」


「そしたらお父さんが、お母さんに頼むからな。ほんならわたし、そろそろ帰るわ」


「ありがとう。気をつけて帰れよ」


――


雪は大きくうなずいて、車で帰っていった。


3月も終わり、4月に入ろうとしていた。シーズンが終わって、親友でありライバルの海斗から連絡がきた。


「層一、体調はどだ?俺も海外での試合終わって、さっき帰ってきたばっかだ。面会できたらいいけど、まだコロナで厳しいな。また早ぐ会いたいべ」


「海斗、ありがとう。もうすぐ検査結果が出るから、それで今後の治療方針が決まったら連絡するわ」


「回復したらまた飲みに行ごうな」


「おう。また行ごな。俺、頑張るから」


そう言って電話を切った。


――


検査結果を聞く日が来た。看護師に呼ばれて主治医の永山英二医師の話を聞く。


「上川さん、検査結果がわかりました。脳腫瘍は視床下部の視神経のすぐ近くと、脳下垂体の直下にできてます。全て手術で取り除くのは難しいので、抗がん剤や放射線治療が必要です。辛い治療になりますし、再発の可能性も高いです。体力的にはアスリートなので大丈夫でしょうが、気力・精神力が試されます。共に乗り越えましょう」


「そうですか…。かなり厳しい治療になりますね。頑張ります。よろしくお願いします」


――


検査結果をまず両親に伝えた。


「そうか。わかった。雪さんのためにも、必ず治して帰ってこい」


「心配かけてごめん。絶対復活するから」


「お前はこんなところで負けるわけない。信じてるからな」


「うん。じゃ、電話切るね」


電話を切って、雪にかけ直す。


「雪?検査結果でた。視床下部の視神経の近くと脳下垂体直下に腫瘍があって、手術と抗がん剤と放射線の治療が必要だって。かなり厳しいけど、俺絶対治して復活するからな」


「そうちゃん、連絡ありがと。大丈夫。そうちゃんなら絶対に病気に勝てる。負けるわけない。絶対治してオリンピック行ぐべ。わたし、ずっと応援してるから」


「ありがとう、雪。また連絡するわ」


電話を切った後、雪の目から涙が止まらなかった。頭では一番辛いのは層一だって分かってるのに、どこかで「良性かもしれない」と望みたかった。けど、その願いは砕けて、スマホ握りしめて、今までで一番泣いたと思うくらい泣いた。


泣き疲れて落ち着くと、バイトの仕事終わりに両親に検査結果を話した。


「そうか、雪がしっかりそうちゃん支えなきゃな。一番辛いのはそうちゃんだもんな」


「わたしにできることは全部するつもり」


「そうちゃん、小さい頃はあんなに元気だったのに…。健康優良児だったのに…。雪をオリンピックに連れてくって言って張り切ってたのに…」


愛子も涙をこぼし、康夫も辛そうな顔をしていた。娘が愛した恋人が脳腫瘍に侵され、生存率も厳しいと知り、どう声をかけていいか分からなかった。


――


翌日、層一の両親、湧介と美咲が店に来た。


「いらっしゃい。ああ、そうちゃんのお父さんとお母さんだ」


雪が出迎え、康夫と愛子も厨房から出てきた。


「正直、どう声をかけたらいいか分からんかったんです。ただ無事に帰ってきてほしいって話してました。わたしたちにできることがあったら何でも言ってくださいね」


「ありがとうございます。今は層一の回復を祈るだけです。雪さんに申し訳なくて」


「いいえ。今までそうちゃんに助けてもらった分、今度はわたしがそうちゃんに返すんです。帰ってきた時に安心できるようにしっかり支えます」


「でも、辛くなる時もあると思うから、そんな時は無理せず休んでくださいね」


「はい、休む時は休みます。みんなで力合わせて乗り越えます」


「そう言ってもらえると、層一も幸せ者ですね。いい人と巡り合えて本当に良かった」


湧介の言葉に、雪は顔を真っ赤にしたのが自分でもわかった。


「今日は何にします?」


「俺はケーキセットのコーヒーはブラックで。美咲は?」


「私はフラペチーノを」


「ありがとうございます。本日のケーキセットは和風モンブランです」


雪は丁寧にドリップコーヒーを淹れた。焙煎にこだわったケニア産の豆だ。


「お待たせしました。ゆっくり味わってください」


コーヒーと和風モンブランを出し、ほどなくフラペチーノもできあがった。


「雪さん、ありがとう。いい香りだ」


湧介と美咲は軽食を済ませ店を出た。ちょうど層雲峡からの朝一の観光客を乗せたバスが到着し、札幌からやってくる特急オホーツクの到着待ちの観光客が何人かカフェ「雪」に立ち寄る。店の名前は、雪が生まれた時、両親が娘の名前を記念に付けたものだった。


以来、駅と層雲峡を結ぶ列車と観光バスの接続時間の合間に立ち寄る人気店として成長し、雪も高校卒業後バイトしながら店を継ぐ準備を進め、接客や経理も学び、看板娘として地元や全国に知られていった。


そしてついに、層一の最初の抗がん剤治療の日がやってきたのだった。



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