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終着駅  作者: リンダ
20/21

アナザーストーリー・恵の物語

◆ 第1章:凱旋と告白(中学3年・2月)


中庭に響く雪解けの音。

リレハンメルから帰ってきた恵に、光希は意を決して話しかける。


光希は緊張で声が上ずっていた。


「……あのさ、めぐ、ちょっと、えーっと……話、あんだけど……」


「ん? なしたの?」


「んとさ……オラ、前からずっと、めぐのこと、好きだったんだわ……だから、えっと……つ、つき合ってくれねぇべか?」


「え……」


恵は一瞬きょとんとして、それから顔を真っ赤にして俯いた。


「……そったらこと……言われるとは思わねがったわ……」


「う、うまく言えなくて、なんか変だべや……でも、ほんとの気持ちなんだわ!」


恵は、両手で顔を覆いながらも、ふるふると笑い、そしてこくんとうなずいた。


「……うん。オラも……光希のこと、好きだよ。よろしく、ね」


光希はその場でぴょんと跳ねて、拳を握った。


「っしゃー!やった!マジかぁ!」


その様子に、恵ははにかみながらも、くすりと笑い、雪解けの風が二人を包んだ。


◆ 第2章:遠征前の空港にて


恵が海外遠征へ旅立つ日、光希は空港まで見送りに来ていた。


「……ほんとに行っちゃうんだな」


「うん、2週間ばっかし。ちっと遠いけど、連絡はするから、心配すんなや」


「……風邪ひくなよ。寒さ慣れてっけど、あっちは気候違うべ」


「わかってらさ。……光希も、体こわすなよ?」


「ん、めぐの顔、スマホの待ち受けにしたら、さみしくなくなるかもしんねぇな」


「ちょっ……ばが、なに言ってんのさ。……照れるべや……」


照れ笑いの中、ふたりは少しだけ手を触れ合わせ、最後に小さく手を振った。


◆ 第3章:再会の日


空港ロビー。

遠征から帰国した恵を見つけた光希は、思わず走って駆け寄った。


「めぐ! おかえり!」


「……ただいま」


恵がにこっと笑いながら、両手で光希の上着の裾をぎゅっと握る。


「会いたがったわ……ずっと、な……」


「オラもだ……毎日、めぐの夢ばっか見でたっけさ」


少しおどけながらも、再会を喜び合うふたり。

空港の喧騒の中、ふたりだけの世界が、そっと雪のように降り積もる。


◆ 第4章:高校生活の成長と未来へ


高校2年、3年と時が流れ、恵はますます世界へ。

光希は地元でスキー部を引っ張りながら、進学準備に取り組む。


卒業式の日、光希が言った。


「めぐ……オラ、関東の大学行くことになった。ちっと離れっけど……オラ、ずっと応援してるからな」


「うん……オラも、もっと遠く飛ぶようになっても、光希のこと、忘れねぇ。ずっと、一緒だって思ってる」


「離れでも、心は一緒だべ?」


「だべさ」


雪解けの大地に立ち、ふたりは静かに、春を迎えていた。


◆ 第5章:それぞれの道(高校卒業後)


2041年春。

恵はスキージャンプ日本代表としてシニア大会に本格参戦、拠点は長野へ。

光希は、関東のスポーツ系大学へ進学し、トレーナーを目指す日々。


距離は離れたけれど、心の距離は変わらなかった。


恵《今日の試合、風が強くて踏み切り外したけど、切り替えてく。光希の言葉、思い出して頑張ったよ》


光希《さすが、めぐだな!オラ、テレビで見でたけど、跳び終わったときの顔、カッコよかったぞ》


恵《……照れるべさ。ありがとうね》


試合後、会えない日はビデオ通話。

光希は夜中までレポートを書きながら、恵の話にうんうんと頷き続けた。


◆ 第6章:二人の約束プロポーズ


2043年の秋。

恵、21歳。光希、22歳。


オフシーズン、地元・北海道へ帰省した二人。

錦秋の山に囲まれた静かな湖のほとりで、光希はぎこちなくポケットに手を突っ込んでいた。


「……めぐ。前からずっと考えてたこと、今、言っていいか?」


「……なしたの、急に? 顔、真っ赤だよ?」


光希はポケットから、小さな木の箱を取り出した。

中には、銀色に光る指輪。


「オラと……結婚してけれ。どんな時でも、めぐの隣で、支えてぇんだ」


恵は驚きで言葉を失い、しばらくじっと光希の顔を見つめる。


「……ほんとに? ……オラで、いいのかい?」


「いいもなにも、めぐでなきゃ、だめだべさ」


恵は笑いながら涙ぐみ、こくんとうなずいた。


「うん。……よろしく、お願いします」


【第7章:祝福の式(結婚式)】


2044年初夏、地元の木造チャペルで、ふたりの結婚式が執り行われた。


招待されたのは、ジャンプ仲間たち。

海斗、アンデルセン、ジョンソン、そして恩師の深井監督。


白いドレスに身を包んだ恵がバージンロードを歩く姿に、アンデルセンがひとこと。


Andersen:「She’s more beautiful than she was on the podium.」(表彰台のときより、ずっと綺麗だ)


Johnson:「I guess love makes champions shine even brighter.」(愛は、チャンピオンをさらに輝かせるんだな)


光希は、深呼吸してから恵の手を握った。


「めぐ、……オラ、一生かけて、幸せにすっからな」


「うん、光希……オラも、ずっとずっと、そばにいるから」


チャペルの鐘が鳴り、ふたりの未来を祝福するように、大地に風が吹いた。



【第8章:未来へ──伝えていくもの】


その後、恵は競技生活を続けながらも、ジュニア選手たちの育成に携わるようになった。

雪のような静けさと、空に向かう強さを併せ持つ指導スタイルは、多くの若い選手に慕われた。


光希はトレーナーとして、恵の現役生活を支え続ける。


そして――


ふたりの間には、小さな命が授かる。


「この子にも、いっぱい跳んで、いっぱい笑ってほしいな」


「でもケガすんなよ。親として、ドキドキしてまうべさ」


「……あたし、そうちゃんのときも、そうだった」


恵は、空を見上げながら微笑んだ。


あの日、スキージャンプという空の舞台に出会わせてくれた父、層一の存在が、確かに胸の中に生きている。


風に乗って、空を翔けるその夢は、これからも、次の世代へと受け継がれていく――。


【第9章:迷いと覚悟(高校3年・春~冬)】


2041年の春、恵と光希は高校3年生になった。


恵はジュニアを卒業し、シニアの国際大会で飛ぶ日々。

光希はスポーツトレーナーを目指し、大学進学か専門学校かで迷っていた。


夜のライン通話。画面越しに、光希の顔が曇っていた。


「んー……やっぱ、大学行ったほうがええんかなぁ……でも学費もバカになんねぇし、実習もあるし……」


「光希……大丈夫かい?」


「いや、オラさ、めぐのこと応援してぇ思うんだわ。でもな、自分がちゃんとしてねぇと、隣に立てねぇ気してさ……」


恵はスマホ越しに、ふっと目を細めた。


「……オラ、光希がいっつも一生懸命なの、見てるし。自分のやりたいこと、大事にしてほしいんだわ」


「……めぐ」


「そしたら、どこにおっても、オラらはきっと大丈夫だと思ってるから」


「……んだな。めぐ、ほんとありがとな」


それから数日後、光希は第一志望の関東の大学・スポーツ科学部に合格した。



【第10章:卒業の朝(2041年3月)】


卒業式の朝。

まだうっすらと雪が残る坂道を、恵は白い制服のリボンを揺らして歩いていた。


校門の前には、すでに光希の姿が。


「……光希」


「めぐ……来てくれたんか」


「うん……どっちが泣くか勝負しようと思ってな」


「ばが、そったこと言うやつが先に泣くんだべさ」


ふたりはふっと笑い合い、しばし見つめあう。


「……光希、ほんとに、行っちゃうんだな」


「んだ。春からは、東京さ」


「オラも、長野中心に転戦なるけど……でも、離れたって、気持ちは変わんねぇから」


「めぐ……」


光希は手を伸ばし、恵の手をぎゅっと握る。


「オラ、ずっとずっと、めぐの味方だ。どこにいたってな。……だから、怖がんねぇで、飛べ」


「うん。……光希がいてくれるって思ったら、オラ、どこまでも飛べっから」


その瞬間、チャイムが鳴った。


「そろそろ……行かねばなんねな」


「んだな……」


別れの言葉は言わなかった。

「またね」とも言わなかった。


ただ、まっすぐ手を握り、信じていた。


ふたりで決めた春の一歩を、それぞれの場所で、しっかりと踏み出すと。


【第11章:離れていても(2041年4月〜2042年夏)】


進学と代表活動の拠点が離れたことで、会える機会はごくわずかになった。


恵は長野を中心に、国内外を転戦する日々。

光希は東京で、朝から夜まで実習とレポート漬け。


夜、寝る前のメッセージだけがふたりをつないでいた。


《今日の合宿、風が荒れて大変だったけど、1回目のジャンプ、追い風で決まった!光希にも見せたかった〜》


《おつかれさま。ケガせんでよかったな。……ってか、試合の動画、5回は見たっけ。笑 すげーよ、めぐ》


《えへへ、んだが? オラ、がんばってっからね》


光希が体調を崩した時には、

恵が送った手紙とホットミールの詰め合わせが、彼の疲れを癒した。


逆に、恵が遠征先でスランプに陥ったときは、

光希が録音した音声メッセージが、恵の涙を止めてくれた。


「……へこんでもいい。お前は、オラにとって一番のジャンパーだ」



【第12章:ふたりの道しるべ(2042年秋)】


秋の長野。試合後の休みに、久々にふたりは再会した。


標高の高い湖畔。

薄紅色に染まったカラマツが風に揺れている。


恵がマフラーを巻きなおしている横で、光希はカバンの中を探っていた。


「……めぐ。オラさ、ちょっと言いてぇことがあるんだわ」


「ん? なしたの?……顔、まっかだべや」


「だってよ……緊張すっぺ」


光希は震える手で、小さな箱を恵に差し出す。


「……めぐ。結婚してくれ。これからも、ずっと一緒に生ぎでぇ。どんなときも、お前の味方でいたいんだわ」


恵は驚いて目を見開いたが、次の瞬間にはうるんだ瞳で笑った。


「……ん。……オラも、ずっと隣にいたい。……よろしく、ね」


ふたりは指を重ね、その指にそっとリングが光った。



【第13章:祝福の空(2042年春)】


北海道・美瑛のチャペル。

雪がすっかり解け、光が地面を照らしはじめる春の日。


バージンロードを歩く恵の手を引くのは、雪。


恵の目には、天にいる父・層一の姿が重なっていた。


祭壇の前で待つ光希も、ぎこちなく緊張していた。


誓いの言葉の途中、光希は噛んでしまう。


「えっと……えへ……め、めぐを、いっしょけんめ、し、幸せにするっす!」


参列者の中から笑いがこぼれた。


ジョンソンとアンデルセンも、少し照れたように拍手を送る。


ジョンソン(英語):

“She’s not just a gold medalist. She’s a bride now. What a leap!”

(彼女はもう金メダリストじゃない。花嫁だよ。すごいジャンプだ!)


アンデルセン(英語):

“Kōki looks more nervous now than at the world finals!”

(光希の方が世界大会より緊張してるんじゃないか?)


式が終わると、参列者がふたりを囲み、祝福の言葉を惜しみなく送った。


海斗がポンと光希の背中を叩いて一言。


「お前、恵ちゃん手放したら、オレが泣くぞ」


「だ、だいじょぶだべさ! オラ、一生手ぇ離さねぇ!」


恵はその隣で、はにかみながらうなずいた。



【第14章:未来への追い風】


その後、ふたりは北海道に家を持ち、光希は地域のスポーツクリニックに勤務。

恵は現役ジャンパーとして活躍しつつ、ジュニア育成にも力を入れていた。


ある日、ジャンプ台のふもとで、見覚えのある小さな影がジャンプ板を滑り降りる。


「おがあちゃん、見ててー!」


「……わー、飛んだ飛んだ! おっきく跳んだね!」


「ちょっとだけ、お父ちゃんより遠く飛べたかも!」


光希が駆け寄りながら笑う。


「……こりゃあ、将来が楽しみだべさ」


その背中を、恵はそっと見つめていた。


空に向かって、風にのって。

家族の愛と夢を羽ばたかせるように――。


【風がふくたび きみを想う】


ジャンプ台に、春風が吹いていた。

柔らかな日差しの下、スロープをひとりの少年が滑り降りてくる。

小さな体に、ジャンプスーツがまだ少し大きい。


「おがあちゃん、見でてよーっ!」


「うん、見てるさ。……あんた、ほんと、びゅーんって飛んでったねぇ……」


雪は、観覧席から目を細めていた。

孫──遥翔が、初めてジャンプ台に立った日だった。


(そうちゃん……見えるかい?

 あなたと恵がつないでくれた命が、今、空へ跳んでいったよ……)


あの頃の記憶が、ふと脳裏をよぎる。

恵を身ごもった雪の娘が、まだ若かった頃。

産声を上げてわずか一週間後に旅立った、あのやさしい青年──層一。


雪は胸に手をあて、静かに空を見上げた。


「……あんたの飛び方に、そっくりだねぇ。

 肩の力が抜けて、でもまっすぐで……ほんと、あんたの子だわ」


隣には、髪をひとつに結んだ少女が座っていた。

ジャンプ台を見つめる瞳は澄んでいて、

風が吹くたびに、耳をすませるように目を閉じていた。


「……かざね、風の音、聞こえた?」


「うん。今日の風は、“高く跳べ”って言ってた」


「……そう。じゃあ、風がそう言ってるなら、間違いないね」


恵はそっと、娘の肩に手を添えた。


(あの時のオラが、今のオラを見たら……信じられねぇかもしれん。

 あん時は、どうやって生きてくか分かんなくて……

 でも今、オラはここにおって、光希と子どもたちがいて、

 それで、そうちゃんの夢も、確かに続いてるんだわ)


ジャンプ台を駆け上がっていく遥翔の後ろ姿を、光希が追いかける。


「おいー、はるとー! まだアイシングしてねぇべさー!」


「んーだいじょぶだってー! もう一回だけっ!」


「こらー! めぐ、止めでくれー!」


「ふふっ……あれは止まんないやつだべさ……」


恵は笑いながら、光希に手を振った。


「おがあちゃんも、跳んでたんだよね?」


風音が聞いた。


「うん……たくさん跳んだよ。風とケンカもしたけど、

 でも最後には、ちゃんと味方になってくれた」


「……あたしも、跳びたいな」


「なら、風と仲良くなってみ?

 風が“行け”って言ったら、あとは信じて跳ぶだけだ」


娘がふっと微笑む。


その笑みは、あの頃の自分によく似ていた。

そして――その笑みは、層一にもきっと似ている。


(そうちゃん、オラたち、ここまで来たよ。

 オラがちゃんと、この風の道、つないだよ)


空を見上げたそのとき、

ひとすじの風が、ふわりと頬をなでた。


それはまるで、層一の手のひらのようにやさしく、あたたかかった。


『風を信じて跳ぶ』


空知地区のジュニアジャンプ大会。

スタートゲートに立つ少年の姿は、まだ幼さを残しながらも、しっかりと空を見据えていた。


アナウンス:「ゼッケン12番、上川遥翔、アプローチに入ります!」


観客席の風音は、手をぎゅっと握りしめた。


「……行け、はると」


(お父さん……見とってくれ。あんたの孫が、空を跳ぶよ)


雪の目元もじわりと濡れていた。


遥翔はアプローチを滑り出す。

風がほおをなで、スーツがひるがえる。

小さな体が風を受けて、空へ――


「跳んだ……!」


ふわりと浮いたその姿は、まるで層一の再来だった。


着地が決まった瞬間、会場からどよめきが上がった。

雪は思わず立ち上がって拍手する。


「びっくりした……あの子、ほんとに飛んだわ……」


(オラ、まだ震えてっけど……なんも、怖くねぇんだわ。風が“いけ”って言ってたから……)


遥翔はうれしそうに、父・光希に駆け寄る。

そして母・恵の胸に飛び込んだ。


「見てた!? お母ちゃん、見てた!?」


「うん……めんこいジャンパーだったわ……」


「じいちゃん、空から見てっかな?」


「……もちろんだべさ」



【第2話】


『ラスト・ジャンプ』


2053年冬。

北海道・大倉山ジャンプ競技場。


引退セレモニーの垂れ幕が風になびく中、

ジャンプ台には、最後の跳躍に臨む恵の姿があった。


観客席には光希、遥翔、風音、そして雪。

層一と苦楽を共にした海斗、アンデルセン、ジョンソンたちも駆けつけていた。


雪ナレーション:

(思えば……長かったねぇ、恵。あんた、ずーっと跳んできたんだもね……そうちゃんの分まで)


ジョンソン(英語):

“Let’s stand and honor her final flight. She’s the queen of the sky.”

(彼女の最後のフライトを見届けよう。彼女は空の女王だ)


アプローチに立った恵は、深く息を吸う。


(……お父さん。あなたがくれた命、ここまで繋いだよ。

 今日で一区切りだけど、風はまだ、止まんないよ)


滑り出す。

風が背を押す。

空へ――

恵のラストジャンプが、白銀の空を切り裂いた。


「おがあちゃん、すごかった……!」


風音が手を合わせる。

光希が涙を拭う。



『風の記憶』


引退式の夜、実家の物置を整理していた雪が、古びた木箱を見つけた。

それは、層一が生前、手元に置いていたジャンプ手帳と手紙だった。


「……これは……」


そっと開くと、日付は2022年8月。

恵が産まれた直後のものだった。


「この子が生まれたとき、風がふいた。

それはまるで、“ありがとう”って風だった。

この命に、オレの願いを込める。

大空へ――風に乗って、生きろ。

恵、お前のその名の通り、人に恵みを与える人生を」


雪は箱を胸に抱き、震える手で子どもたちを呼んだ。


「遥翔、風音……ちょっと、来てみ」


ふたりは静かに集まり、層一の筆跡を見つめた。


「……じいちゃん、こんなこと書いてたんだ……」


「風……“ありがとう”って、言ってくれたんだね」


恵は、木箱を見つめながらぽつりとつぶやいた。


「……オラが産まれた日、風が吹いたの。お父ちゃん、あの風の中に、感謝を乗せてたんだね」


遥翔と風音は、何も言わずにうなずいた。


風が、窓の外で優しく吹いていた。


まるで――


「がんばれよ」って、あの人が言ってるように


◆ 第15章:雪のしずく


北海道・上川。

しんしんと雪の降る、静かな冬の日。

薪ストーブの火が、ぱちぱちと音を立てていた。


一枚の白いスノーフレークが、窓の外からふわりと舞い降りる。


部屋の片隅、編み物をしていた雪は、ふと手を止めて外を見つめた。


「……あの子が、初めて空を跳んだ日も……こんな雪、降ってたかもしれんねぇ……」


ストーブの上で湯気を立てる鉄瓶の音とともに、

雪のまぶたに、ひとつ、またひとつ、想いがよみがえる。


(あの冬……恵をおぶって、病院から帰ってきたっけねぇ)


層一が旅立って間もないあの頃。

幼い恵は、雪の胸にしがみついて、小さな息をすうすうと立てていた。


「この子が……生きる希望になったんだわ……そうちゃんが残してくれた、命……」


次の記憶は、ジャンプ台のふもと。

「母ちゃん、オラ、跳ぶよ」って、

まだ小さな体でスーツに身を包んだ恵が、風と向き合っていた。


「風、怖くないの?」


「うん。怖いけど……でも、オラ、跳びてぇ」


(あの時のあの目は……まぎれもなく、層一の目だった。

 ……あんたの、強さと優しさを、そのまんま受け継いでたわ)


時は流れて、恵が母になった。

初めて遥翔を抱いたあの日のこと。

あの子が泣いた瞬間、恵が言った言葉を、今でも忘れられない。


「お父ちゃん、きっと空で笑ってる……

 この子も、風と一緒に、生きてくんだわ」


(そうちゃん、あんた……ほんとにすごい人だったわ。

 だってね、もう三代に渡って、命が風を受けて跳んでんだよ)


ふと、足音。

「おばあちゃーん、雪かきしようかー?」


玄関に、コート姿の風音が立っていた。

雪のやわらかな目が、ふっとほころぶ。


「おー、ありがとさま。……気ぃつけて滑んなよ」


マフラーを巻き直しながら、雪はそっとつぶやいた。


「……オラ、いっつも思うんだわ。

 生きてりゃ、いろんなことあるべさ。泣きてぇ日もあるし、凍える日もある。

 けどね、風が止まんない限り、きっと跳べる。……あんたたちが、それ、教えてくれたんだわ」


夜。

窓の外では、雪が静かに降り積もっていた。

部屋の灯りが、ほのかに揺れている。


雪はゆっくり立ち上がり、棚から一冊のノートを取り出す。

表紙には、層一の文字でこう記されていた。


「風を信じて跳べ」


雪はそれを胸に抱き、笑った。

涙が、ゆっくりと頬を伝う。

でもそれは、あたたかい涙だった。


(そうちゃん。ありがとうね。

 ……オラ、今、ほんとに、しあわせだよ)



✨ ラスト・シーン


吹きすさぶ風の中。

ジャンプ台に立つ遥翔と、見上げる風音。


そして遠く、空の彼方から、

ふわりと――

層一の声が、聞こえた気がした。


「……跳べ。風は、ついてる」



◆ エピローグ:風のうた


風がふくたび きみを想う


空へ跳んだ あの日の背中

声も届かぬほど 遠くへ行った背中


けれど きみは風になって

わたしの胸にふれた

小さな命の産声といっしょに

「生きろ」と言ってくれた


わたしは跳んだ

恐れながらも 信じながら

背を押す風に あの日のぬくもりを感じながら


時がめぐり いのちがつながり

子は風を聞き 空を見上げ

そしてまた跳びはじめる


風はいつも 答えを持っている

耳を澄ませば 

きみの声が そこにある


――風よ

これからも、この子たちを

抱いて、押して、包んで

空へ導いてくれ


恵――。


あなたの名前にはね、

お父さんとお母さんの願いがたくさん込められてるんだよ。


どんなときも大地にしっかり根を張って、

自分らしくまっすぐに生きてほしいって。

そして、まわりの人たちに、あたたかな恵みを分け与えられるような、

そんな人になってくれたらって……。


小さな手を握って眠っていたあなたが、

今では、誰かの命を抱きしめる人になって――

ほんとうに、あっという間だったね。


お父さんもきっと、空の向こうで微笑んでる。

「恵、ようここまで育ってくれたな」って。


風の中に、あの日の声が聞こえる気がするの。

やさしい笑い声と、あなたをぎゅっと抱きしめたぬくもり。


あなたがこれから迎える命も、

どうか、のびやかに、自由に、

そしてたくさんの愛に包まれて育っていきますように。


……ありがとう、恵。

あなたのおかげで、お母さんは強くなれた。

あなたがいてくれたから、

お父さんの分まで、笑ってこれたんだよ。


さぁ、次はあなたが、命をつないでいく番だね。


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