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終着駅  作者: リンダ
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脳腫瘍

 層一が病院で検査を受けて、診断結果が告げられる前、層一は、ふと最近、自分の体調で気になるところがあった。ずっと頭痛が続いていて、頭痛薬を飲んでもなかなか収まらず、何が原因なんだろうと不安に思っていた。その原因が今日、わかるかもしれないと考えていた。


 層一はスキーのジャンプ選手ということもあり、世界中を転戦する日々を送っていた。今はスウェーデンに滞在中で、現地の言葉もある程度は理解できたが、念のためチームに同行している通訳に残ってもらい、医師からの診断結果を聞くことにした。


 その結果は――


「脳腫瘍」


 あまりに強烈な言葉だった。他にも医師は何かを説明していたが、その「脳腫瘍」という一言が頭の中にこだまして、ほかの言葉は何一つ耳に入ってこなかった。代わりに通訳が説明を聞き、日本へ帰国する手続きを進めてくれることになった。


「脳腫瘍……俺、死ぬのか……?」


 まだ22歳。これから北京オリンピックを目指す戦いは、ようやく始まったばかりだった。なのに、こんなにも突然に立ちはだかる病魔。まずは家族に、そして北海道に残してきた交際相手の生田雪に連絡しなければと思い、スマホを手に取った。


「もしもし?そうちゃん?さっき喜多見さんから電話きてさ、なんか病院行ったって聞いたけど、どこか悪いの?大丈夫かい?」


「うん……なぁ、雪。俺が今から話すことさ、ちゃんと落ち着いて聞いてくれんか?」


「なしたのさ?……声も元気ないし、なんかあったんかい?」


「……俺さ、脳腫瘍って言われたんだわ。手術せんとダメだってさ……どうしよう……雪をオリンピックに連れて行くって、あんなに頑張ってきたのに……」


「……え?……脳腫瘍……?ほんとに?……そうちゃん……大丈夫なの?」


「正直……全然わからん。頭痛もずっと治らんかったし、変だなとは思ってたけど……まさか、こんなことになるなんて思ってなかった」


「そうかぁ……うん、わかった。んじゃさ、今はとにかく治すことを一番に考えよ。そうちゃんがどんだけ頑張ってきたか、私が一番よく知ってるから。だから、ちゃんと北海道戻ってきて、治療受けよう。いつ帰って来れそうなの?」


「うん……こっちの明日の朝の便が取れたら、たぶん成田経由で旭川戻れると思う。病院の手続きは、スタッフがやってくれるって言ってたから、多分、旭川の病院になるんじゃないかな……」


「そうかい……でもね、そうちゃん、絶対気持ち負けたらダメよ。今、そうちゃんはさ、脳腫瘍っていうジャンプ台のスタートゲートに立ったところなんだわ。まだ飛んでもいない。だから、絶対に勝つんだよ。私はさ、K点のスタンドから、ずっとそうちゃんのジャンプ見守ってるから。いいかい?絶対に勝つんだよ」


「……うん。ありがとう。俺、絶対に治して、雪をオリンピックに連れて行くから」


 そうちゃんの声は震えていたけど、それでも「ありがとう」って言ってくれた。電話が切れたあと、私の胸の奥がぎゅーって締めつけられて、息がうまくできなかった。

 なんで、そうちゃんがこんな目に遭わなきゃならないの?あんなに努力して、真っ直ぐで、誰よりも夢を信じてたのに。

 私、泣いてばかりじゃダメだ。そうちゃんが頑張るって言ったなら、私も強くならなきゃ。そうちゃんを支えるのは、私しかいないんだから。


 その後、雪は両親(康夫と愛子)に報告した。


「お父さん……お母さん……そうちゃんが、脳腫瘍だって……」


「えぇ?本当に?なんで……?あんなに元気そのものだったのに……」


「うん。さっきね、そうちゃんから電話があって、そう言ってたの……」


 それだけ言うと、もう言葉にならなかった。


「そうかぁ……でも雪、今一番つらくて苦しいのは、そうちゃんなんだよ。あんたがしっかり気持ちを持って、支えてあげなきゃ」


 雪は涙をこぼしながら、力強く頷いた。


 そして層一は、両親(湧介・美崎)にも連絡を入れた。


「はい、上川です」


「あぁ、お袋?層一だけど」


「層一?どうしたのさ?海ちゃんから連絡あって、病院で精密検査受けたって……」


「うん。お袋……今から話すこと、落ち着いて聞いてくれ。俺、こっちの病院で検査受けて、その結果が出た。それで……俺、脳腫瘍って診断されたんだ」


「……え?うそでしょ。なんであんたがそんな……」


「ウソじゃない。診断書も出てる。最近ずっと頭痛が続いてて、物が二重に見えたりもしてたし……昨日、こっちでの試合が終わってから、チームドクターに頼んで、病院で検査してもらった。それで今日、結果が出たんだ」


「……ちょっと待って。お父さんに代わるわ」


「もしもし、層一か。今、話は聞いたぞ。それで、まだ歩いたり、飛行機乗ったりは大丈夫なんか」


「あぁ、今のところは大丈夫そう」


「そうか……それで、いつ頃帰ってくるんだ?」


「早ければ明日の朝イチで成田に着いて、そのまま旭川に向かう予定」


「わかった。まずは無事に帰ってこい。それからのことは、また一緒に考えよう」


「ありがとう。帰ったらまた連絡する」


 その後、層一は海斗にも連絡を入れたが、国内での試合中で出られなかったため、留守電にメッセージを残した。


「……俺、脳腫瘍……。このまま死ぬのかなぁ……」


 やりたいことは、まだまだたくさんあった。北京オリンピックで金メダルを獲る。それは、層一が小さい頃からずっと抱いてきた夢だった。平昌オリンピックのあと、日本代表に選ばれることを目指して、トレーニングを積み重ね、ワールドカップでも優勝を重ね、ようやく北京の切符が見えてきた矢先だった。


 先輩ジャンパーがいつも言っていた。


「ワールドカップの表彰台と、オリンピックの表彰台は、まるで違う。オリンピックの表彰台から見る景色は格別だ」


 その景色を見るために、自分は努力してきたのに。なのに、こんなところで夢が絶たれるなんて……。


 その夜、通訳から連絡が入り、ストックホルムの空港を朝9時35分に出発し、成田経由で旭川に向かう便のチケットが確保できたとの知らせを受けた。帰国の手続きはすべて整った。


 こうして、層一は傷ついた心を抱え、故郷へと帰ることになった。



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