入籍祝い
やがて、10月に入り、層一の入籍祝いと、退院の祝いを兼ねたパーティーが行われる日がやってきた。会場は雪が仕事をしている、雪の実家のカフェ・雪。閉店時間をいつもより早めて、片付けを済ませて、18時から始まるのに合わせて、続々とメンバーが集まってきた。男子も女子もそれぞれ、苦楽を共にした面々が集まってきた。
女子のメンバーの朝日 愛子・名村 寄子・白石 瑞穂、男子の喜多見 海斗 仁木 恵一。そして、代表監督の深井監督と、コーチや通訳など、10人ほどが集まった。
「層一、いま体どんなん?大丈夫なんかい?」
「うん、いまのとこ症状は落ち着いてる。こんなままよくなってくれたらええんだけどなぁ」
愛子が層一の容体を気にかけている。女子のメンバーとは、雪も何度か一緒に出掛けたり、時間のある時にラインのやり取りや電話で話したりしていて、層一の容体のことや不安な気持ちを話したりしていて仲が良くて、雪のことも心配してくれていた。
「層一のことも気にかかると思うけど、まずは雪ちゃんが元気でないとね」
「はい。わたし自身が身体こわさないように気をつけないとって思ってるんだわ」
「新婚生活どんなん?二人ラブラブなんやろ?」
「まぁ。そうちゃんがいつもそばにいてくれるから、楽しくやってるわ」
「そうかぁ、わたしのも早くハクバの王子さま来ないかなぁ」
「えぇ?愛子さんも寄子さんも瑞穂さんも素敵だし、いい人いるんじゃないの?」
「いやいや、なかなかねぇ。試合で忙しすぎて、なかなか出会いなんかないわ」
「そうなんかい?」
「そうよぉ。雪ちゃんと層一の出会いってどんなんやったっけ?」
「わたし?わたしとそうちゃんは家がすぐ近所だったってのもあるし、そうちゃんがよく店にきてくれてたってのもあるからね。それでいつの間にかお互いが好きになってたっていうか。そうちゃんから付き合ってほしいって言ってもらえた時は、本当にうれしかったなぁ」
「そう言えば、層一と雪ちゃんが付き合い始めて何年になるんやったっけ?」
恵一が聞く。
「えっと、俺が高校卒業してからだから、もう4年になるかな」
「こんなかわいい女を伴侶にできるって、幸せもんだよ層一は」
「そう言えば海ちゃんはあの後どうなったん?」
「海斗、あの後ってのは?」
「あぁ、幼馴染の湧子とね、付き合うことになって、いまは俺が帰ってきたときはデートに行ったりしてるよ」
「そうかぁ、海ちゃんもうまいことやっとるんやな」
「まぁな。恵一もしっかりとしたええ人見つけろよ」
そうこう話していると、ビールが届いた
「はーいビールお待たせさま」
「おっビールが来たべや。それじゃあ乾杯しようか」
深井監督が音頭をとる。
「それじゃあ、監督、挨拶お願いしまっせ」
「えぇ、わたしかい?いやいや。今日は層一と雪さんが主役だべさ?」
「いやいや、ここはこれまで日本代表を支えてきた監督にお願いしましょ」
「そうかい?じゃあ、わたしがやるべや。えっとね、今日はね、層一と雪さんの入籍の記念と、それから、層一の退院のお祝いを兼ねてね、皆に集まってもらいました。層一、退院おめでとう。よかったね。まだ完治したわけじゃないけど、脳腫瘍もだいぶ小さくなったっていうことで、安心したわ。これから、来年のオリンピックに向けた争いも激しくなるけど、いつかまた層一が代表に復帰すると信じてる。んで、交際していた雪さんと入籍を果たせたってことで、伴侶を得て喜ばしいことだと思う。本当におめでとう。今日は二人の門出と、層一の退院を祝って乾杯!」
「かんぱーい!」
皆がジョッキを合わせて、ビールをグイッと飲み干す。そのあと、雪の看板メニューである料理が次々運ばれてくる。中でも、ジンギスカンとちゃんちゃん焼きは人気で、あっという間になくなる。みんな体力勝負の世界で戦っているので、よく食べる。
このほか、畑で収穫されたばかりの新鮮な野菜がふんだんに使われたスープや大豆ミートを使ったハンバーグや唐揚げ、そのほかボリュームたっぷりの料理が運ばれてきて、食事が終わって、20時過ぎにパーティーはお開きになった。みんな酒を飲んでいるので、駅近くにあるホテルに泊まって、翌朝旭川や札幌に向かう。オリンピックの出場権をかけた争いが本格化する前にトレーニングに向かうのだが、層一も早く復帰したい思いに駆られながら、皆を見送った。
「さぁて、今日も畑仕事手伝うかい」
「そうちゃん、手伝ってくれるのはありがたいけど、無理してないかい?」
「だいじょうぶ。これも復帰に向けた力づくりの一環だべさ」
「そうかい。それならいいんだけど」
そして畑に向かって、草抜きや刈り取った草を干して肥料にするための干し草作り、そして収穫を迎えたジャガイモや玉ねぎの収穫を手伝ったりして、日々が過ぎて、10月も半ばに入った。
「雪、そろそろ俺、復帰に向けて試合に出てみようと思う」
「そう、そうちゃんが大丈夫って思うなら、やってみてもええんじゃないかって思うよ。じゃあ、11月に入ったら札幌さ行くんだべか?」
「うん。真駒内である試合に出てみようと思う。エントリーもしてるし、深井監督にも連絡してあるよ」
「じゃあ、いよいよ本格復帰ってわけだなぁ。私ね、そうちゃんがオリンピックに出て、表彰台に上がるとここの眼で見るのが夢なの。頑張ってね」
「うん。オリンピックの出場が決まるのは年明けだと思うから、それまでしっかり体鍛えておくわ」
「でも、絶対無理しちゃだめだよ。いい?」
「わかってるって。俺がここまで戻ってこれたのも雪のおかげだ。ありがとう」
「うん。じゃあ、冷えてきたし、早く家帰って、ご飯食べよっか」
「そうだね」
「お義父さん、そろそろ俺たち帰ります」
「わかった。気をつけて帰るんだよ」
「はい、ありがとうございます」
一緒に仕事をしていた雪の父に挨拶して、二人は歩いて帰った。10月半ばにしては、強い冷え込みで、大雪の山々はすっかり雪化粧をして、冬の訪れがすぐ近くまで来ていることを物語っていた。北海道の秋は足早に過ぎていく。落ち葉が舞い落ちる中、二人は手をつないでお互いの手のぬくもりを感じながらの帰宅であった。帰宅後すぐに家の暖房をかけて、夕食の準備に取り掛かる。寒いので暖かい鍋にしようということで、野菜を切って、タラの切り身を用意して、利尻昆布を入れて出汁を取り、野菜やタラの切り身を入れて、煮立つのを待つ。やがて野菜やタラの切り身が煮えて、ハフハフしながら食べる。おいしく食べながら満腹になって、食器を洗い、風呂も沸いた。
「さて、風呂も沸いたし、入るべさ」
「待って。わたしも一緒に入るよ」
そう言って、二人湯船につかった。
「はぁ。一日仕事した後の風呂は格別だわ」
「ほんとねぇ、今日は結構寒かったからね。気持ちいいわ」
「だいぶ俺の畑仕事の姿も様になってきたべ?」
「うん。そうちゃん、現役引退したら、一緒に畑仕事して、一緒に店やっていこうか」
「それもいいねぇ。雪の畑の野菜、農薬使わない有機農業で人気もあるしね」
「じゃあ、私がおばあちゃんになっても、一緒に畑仕事しようね」
「いいぞ~。ウィンタースポーツのアスリート御用達の店にしようか」
「それもありかも」
「でも、その前に、オリンピックの代表つかみ取らんとな」
「雪…」
「ん?」
層一がゆっくりと雪の背中に手を回す。肌の温もりが伝わり、二人の距離は自然と縮まっていく。
「雪…」と層一がそっと囁く。
雪はそっと振り返り、その瞳が層一の目と静かに重なる。
言葉はなくても、互いの心が確かに通じ合っているのがわかる。
ゆっくりと唇が触れ合い、やわらかな時間が流れていった。
重ねた手が互いの体を優しく包み込み、温もりがじんわりと広がる。
ふたりの鼓動が重なり合い、愛し合うその瞬間が、静かに、しかし確かに深まっていった。
雪の指先がそっと層一の髪を撫で、層一は優しく雪の腰を抱き寄せる。
ふたりの体が重なり合い、寄り添う温もりに包まれながら、これから共に歩んでいく未来への誓いを交わすように、静かに時を刻んでいた。
やがて、その深い愛情の波に身を任せ、二人はゆっくりと体を重ね、言葉以上の想いを確かめ合った。
夜の静けさの中で、二人の呼吸だけが穏やかに響き合い、幸せなぬくもりが部屋いっぱいに満ちていった。