表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終着駅  作者: リンダ
1/21

視覚異常

 上川層一は、スキージャンプの選手だった。

 ジャンプ競技の盛んな北海道・上川町の生まれで、将来はオリンピック出場も有望視されとった、地元期待のジャンパーだった。


 北京オリンピックを目指して挑んだ2021年シーズン、スウェーデン遠征中のある日——層一の身体に、異変が起きた。


「なんか、見え方おかしいな……ん? 二重に……見えてる?」


 目の前の景色が、ぼやける。文字が二重に映る。

 それが気のせいではないと気づいたのは、トレーニングを終えた夜のことだった。


 遠征先のスウェーデン・ストックホルム市内の病院を受診し、精密検査を受けることになった。

 CTスキャン、MRI、レントゲン……次々と検査が行われたが、結果が出るまでは入院せざるを得なかった。


 ほかのスキー選手たちは、次々とワールドカップの試合を終えて帰国していく。

 そのなかで層一ひとり、異国の病室に、ぽつんと取り残された。


「ちぇっ……ついてねぇな。検査、まだ出ねぇのかよ……」


 コロナ禍もあり、面会も制限されていた。

 日本から参戦していた他の選手たちとは、LINEやメールでやりとりを続けていた。


 その晩、スマホに届いたメッセージ。

 盟友・喜多見海斗からだった。


 海斗:「そうちゃん、大丈夫け? 次の試合、またいっしょに飛ぼうや」


 層一:「かいちゃんか……んー、なんも、ただモノが二重に見えてるだけでな。

 たいしたこたぁねぇと思うんだけど、結果まだ出ねぇんさ」


 海斗:「んだか。まぁ、心配だけども……とりあえず、ゆっくり休んでけ。

 帰ったら、また焼肉でも行くべや。ビールも飲みてぇしな」


 層一:「うん、ありがとな。おめぇもケガすんなよ。ジンギスカンも忘れんなよ」


 ふたりは、ジュニア時代からの仲。

 遠軽町出身の海斗は、層一と同い年で、昔からずっと切磋琢磨しながら高め合ってきた、よきライバルであり、大切な仲間だった。


 スマホを置いた後、チームの監督からも連絡が入った。


 監督:「調子どうじゃ? 今は不安かもしれんが、まずはしっかり休め。

 連戦と遠征で、きっと疲れが出たんじゃろう。ちゃんと診てもらって、早う元気になれや。みんな、待っとるけぇの」


 層一:「はい、ありがとうございます。また、検査の結果出たら連絡しますね」


 そう答えて、層一はカーテン越しの薄暗い空を見上げた。

 遠征の熱気も、仲間たちの声も、今はもう届かない。

 無音の病室。ひとり、時が過ぎていく。


 やがて数日が過ぎ、検査結果が出た。


「まぁ、過労だべな。そんな大したこと、ねぇべさ……」

 そう自分に言い聞かせながら、層一はストックホルムの病院で主治医の前に座った。


 しかし——

 告げられた結果は、層一の想像をはるかに超えるものだった。


 いや、想像すらできなかった。

 それは、ジャンプどころか、自分の人生そのものを揺るがす診断だった。


「……うそだべ……」


 声にならない声が、喉の奥で震えた。

 夢も、未来も、まだ見えていた。

 あの大空に、何度だって飛びたかった。


 けれど、現実は静かに、それを奪っていった——。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ