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令嬢シリーズ

怠惰令嬢の眠り方

作者: 無色

 ああ、めんどくさい。


「聞けスロウス=ベルフェゴリアよ! アルカルティア家が第二王子、ユージオ=アルカルティアがここに宣言する! 貴様との婚約を破棄すると! そして新たな王太子妃として、セルリス=ユーテリオン嬢を迎えることを!」


 帰りたい。

 

「平民であるセルリス=ユーテリオン嬢への度重なる悪事は、全て私の耳に届いている! 学院での悪質な嫌がらせ、誹謗中傷――――――――」


 どうしよう。

 たまらなく……めんどくさくて仕方ない。


「セルリス嬢が何度涙したか、平民だからと境遇を受け入れ、震えるしかない無力感に何度歯噛みしたか! 貴様のような冷血な女は知るまい!」


 第二王子のビーチクパーチクうるさい囀り。

 その横で嘘泣きをする平民女のしたり顔。

 耳き、目に、癪に障る。

 何故私がこんな連中のために時間を割いてやらないといけないのだろうという気になってくる。

 もうとっくに就寝時間は過ぎているというのに。


「もうおやめくださいユージオ殿下! 私が、私がいけないのです! 平民の分際で貴族の皆様と同じ学び舎で学びを得られると浮かれ、スロウス様の機嫌を損なってしまった私が!」


 安い劇を観ているよう。

 実際茶番ではあるだろう。

 ようはこの女、私を蹴落として自分が王太子妃の地位に就きたいということなんだろうけれど。

 正直……王太子妃やら正妻やらはどうでもよく、むしろ代わってくれるならありがたすぎるくらいにありがたい。

 何なら諸手を挙げたい気持ちでいっぱいだ。


「貴様はこの可憐な涙を見て何も思わぬのか! スロウス!」


 私は地位や身分にさしたる興味は無い。

 捨てろと言われれば即座に捨てるくらいには。

 この第二王子もそう。

 取り柄と言えば顔だけで、自尊心が高く常に相手を見下す傾向が強い。

 称賛のみを欲する度量の小ささはそのまま王の器を表している。

 こんなのが婚約者?

 ハッ、誰が好き好んでこんな愚図を娶ろうなどと思うものだろうか。


「どうか! どうかもうこの場で責め立てるのはおよしになってください!」


 平民女……こいつはとにかく私を悪者にしたいらしい。

 階段から突き落とす、教科書を破く、水をかける、わざわざ私に濡れ衣を着せる方法で貶めようとしてくる努力は涙ぐましくある。


「私は……ただ一言、謝ってくださればそれでいいのです! それだけで……」

「セルリス……何とか言ったらどうなんだスロウス! 貴様は」

「ふあ……」


 ああ、いけない。

 つい。


「あく、び……? ふ、ふざけているのか貴様!!」

「ふざけてなどおりませんとも。もうとっくに就寝時間を過ぎているのですから、あくびの一つも出ようというもの……ふあぁ……。こんなバカバカしい茶番に付き合ってあげているだけでも、ありがたく思っていただきたいものです」

「茶番、だと? 貴様、言うに事欠いて! それがセルリス嬢を貶めた大罪人の言葉か! 恥を知れ!」


 恥……恥ですか。

 ふむ。


「恥というなら、セルリス嬢が婚姻前に何人もの男性と(しとね)を共にしているようなことや、そんな不誠実な女性を王家に取り込もうとしている殿下のことを言うのではないでしょうか」

「?!?!」


 平民女が目を丸くする。

 どうやら自分に火の粉が降ってくるなんて想像してなかったようだ。


「セ、セルリス、どういうことだ! 君はまだ乙女で……」

「そ、そのとおりです殿下! 私は殿下だけを愛して、清らかなままで……」

「もうそろそろ茶番を終わらせては?」

「だ、黙れスロウス!」

「そ、そうよ! 騙されないでください殿下! あの女、苦し紛れに適当なことを」

「ですから、茶番だと言っているのです」


 ほら、ご覧ください。


「いったいここにいる誰が、殿下たちの言葉に心を動かしていると?」

「は?」


 集まった貴族、学院の生徒、百人を超える集まりにも関わらず、婚約破棄騒動が起きているにも関わらず、実際騒いでいるのは渦中の二人のみ。

 呆れたようなため息が聞こえこそすれど、静観の姿勢を崩すことはない。

 第二王子と平民女は異様な雰囲気に呑まれ、ようやく口数を減らした。

 

「な、なんだ……? 何が起きて……」


 何も起きていない。

 もうすでに事は終わった後ですよ。








 ――――――――








 貴族に産まれただけで勉強の毎日。

 毎日毎日毎日毎日。

 礼節?家訓?許嫁?

 知ったことじゃない。


「めんどくさい」


 物心がつく前には、すでにこの言葉を理解し発していた。

 やりたいことをやりたいときに。

 やりたくないことはやらなくていい。

 どう在ろうと私は私だ。

 だから、


「自由でなくなるならば死にます」


 そう親に断言した。

 誰にも縛られない世界で、誰よりも自由に生きてやる、と。

 しかし、貴族というのは自由を了承する立場にも、自由を謳歌する立場にも無い。

 時に模範となり、時には王のための礎になるべくして在るものである。

 両親はスロウスに貴族としての生き方を説いた。

 しかし、


「言いましたよね。自由でなくなるならば死にますと」


 直後、スロウスは二階のバルコニーから身を投げた。

 一命は取り留めたもの、両足を折るほどの大怪我を負い、その事件は両親に彼女の本気を植え付けるものとなった。

 危うさを案じた両親は、スロウスにある条件を提示した。


「自由を得たいのならば不自由を得なさい」


 勉強すれば、貴族としての責務を果たせば、同じだけの自由を。

 それは最大限の譲歩であると同時、スロウスにとっては最大限の枷でもあった。

 公務も雑務もこなせばこなすだけ自由を得られる。

 真に自由でありたいならば、何もしないがスロウスにとっての正解だっただろう。

 如何せん彼女の失敗は生真面目であったこと。

 そして、どんな無理難題でもこなしてしまう圧倒的な才覚にあった。

 王家に認められ第二王子の婚約者に充てがわれるほどに。


「めんどくさい……めんどくさいめんどくさいめんどくさい」


 婚約が決定してからは、スロウスは気が狂いそうな毎日を送った。

 何故。どうして。

 ただ自由でありたかっただけなのに……と。

 

「……そうだ。婚約を破棄させればいいのです」


 自由を得たいなら不自由を。

 そう教えてもらったではありませんか、とスロウスは笑った。







「殿下は聡明であらせられますね。他の追随を許さぬ圧倒的才。さすが王家の血を引くお方ですわ。この国は殿下の双肩にかかっていると言っても過言ではありません」

「そ、そうか? そうか、ハハ」


 優秀な第一王子と比べられ育った第二王子に自信を植え付ける。

 じっくりと丁寧に。

 甘い言葉をかけ、しかし過度に自分を好きにはならないよう棘を忘れずに。

 そうして出来上がったのが高慢で自己主張の強い道化である。


「貴族の学院に平民が受験を……ああ、ちょうどいい」


 次の道化は、第二王子が好きそうな、あざとくて可愛げのある人懐っこい女。

 それでいて妃になりたいという野心を持ち、貴族であることを鼻にかけるスロウスに敵愾心を持っている。

 完ぺきなキャスティングであった。

 貴族の力を使い、本来足りていなかった点数を水増しして合格させるほどには。


「はじめましてスロウスさん。セルリスっていいます。よかったらおともだちになってくださいませんか?」

「ええ、もちろん」


 幸い、彼女は頭が良くなかった。

 何も知らず、何も考えず、スロウスを蹴落とすことに一生懸命であった。

 階段から突き落とす、教科書を破く、水をかける、そんな幼稚な自作自演にわざわざ目撃者を立てさせることの方が大変だったとスロウスは語る。


「じつはこのハンカチ、殿下からプレゼントされたんですっ。ええっ、スロウスさんって殿下から贈り物をされたことが無いんですか? そんな、かわいそう……クスッ」


 ただ、あまりのバカさと鬱陶しさに少々苛立ちを覚えたこともある。

 そんなときは、顔がいい男連中をけしかけた。


「セルリス、今日おれのところに来ないか?」

「僕と一晩中お喋りしよ」

「君は僕のものだよ」

「離したく……ないんだ」

「は、ひゃいぃ……♡」


 五人、十人。

 五十回、百回。

 不貞の記録さえも思いのまま。


「見たままを広めなさい」

「見たままを伝えなさい」

「見たままを教えなさい」


 余計な口は漏らさぬように。

 不自由を謳歌したくないのなら。


「私の自由のために働いてください」


 用意された目撃者。

 用意された醜聞。

 用意された劇場。

 全てがスロウスの手の内の駒。

 これは断罪劇などではない。

 彼女が自由を手にするための、ただの喜劇である。







 ――――――――







 ああ、本当に長かった。疲れた。

 一生分頑張った。

 役者を揃え、舞台を整え、本当に苦労した。

 ねえ、お父様。

 ちゃんと言うとおりにしましたよ。

 自由のために不自由を得て、やっと婚約破棄までこぎつけました。

 ですから、これ以上はもういいですよね。


「これにて閉幕です。私はこれ以上なく心地良く、心ゆくまで眠らせていただきます」

「ま、待てスロウス! これはなんだ! 貴様は私を愛して……」


 愛?

 そんなものあるわけがないでしょう?

 いったいあなたのどこを愛せと?

 しかし強いて言うなら。


「扱いやすいところだけは可愛らしかったですよ」


 第二王子の間抜けな顔ったら。

 その横でキャンキャン吠える平民女も大概ですが。


「嘘よ! 本当は悔しい思いをしてるんでしょ! 強がってないで許しを請うたらどうなの!」

「許しを請う? 何故? どこにそんな必要が? というか……あなた、何というお名前でしたっけ?」


 平民女は息を詰まらせたような変な音を鳴らした。

 自分は同じ土壌にすら立てていないのだと、ようやく理解出来たようで。

 なにはともあれこれにて終了。

 これは私が自由になってそれで終わりの物語。

 観客は巻き込まれないことを望み沈黙し、両親は諦め地を見やる。

 拍手も祝福もない喜劇の幕はこれで閉じる。

 まあ、喜劇というならこの後のことかもしれません。

 私に振り回されただけの道化役の二人が、いったいどんな人生を辿るのか。

 …………ああ、やっぱりどうでもいい。

 考えるだけ、めんどくさい。


「どうか皆様も、いい夢を見られますように」

 お付き合いいただきありがとうございました!


 少しでもお楽しみいただけましたら、☆☆☆☆☆評価で応援していただけますよう、お願いいたしますm(_ _)m

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