ニアマン
地面が隆起する。
その合図に飛び上がり旋回しながら駆け抜けようとするも、跳ねた泥が礫に、そして連なって鎖となり伸びたままの足首に絡みついた。
それに向けて胴体部から散弾が飛ばされるも、鎖は頑として外れない。重量が増加して得意の俊敏さが失われる。
『「チーターズラン捕らわる! その隙にシャインフォックスが行った!」』
操縦者に準じた形の機体が縦横無尽に飛び回り惑星一周のタイムを競う、いわゆるプラネットレースと呼ばれるもの。
破壊可能な人工惑星の場合は兵器の使用も認められる。そのため、惑星攻撃を建前に選手同士の撃ち合いも発生している。
それこそ観客は大興奮だ。ここでは安定の早さを誇るチーターズもトップになれるとは限らない。
「いけっ、フォックス!」
「巻き返せよチーターズ!」
賭券を握りしめる野次馬たちの怒号とも歓声とも取れぬものが行きかう。
最後の直線、ゴールまであとわずか、トップを狙える位置にいる機体は四つ。
声援が選手の力になるとばかり、観客は声を張り上げた。
「おう、次は何が来る」
握ったブタ札を予想屋のじいさんに叩きつける。
細い手指がそれを摘まみ上げて脇へはらりと落とした。
「カネはあるか」
「うるせぇ、アンタのせいで外したんだぞ」
「おれぁ予想しただけだ。最終判断はお前さん、いつも言ってるだろ」
舌打ちをして、それでも次の予想をせがむ。
この店の勝率は三割だが、他より幾分と高い。
「だからカネを寄越せ。まあ、こいつが出ればそんなもんもいらないがな」
じいさんがいつも磨いている機体を自慢げにノックした。
旧型故に操縦者のいないスクラップだ。
「そいつを売った方が早いな」
「ばかいえ。それより、カネは」
「ねぇよ! クソが!」
「じゃあテメェは客じゃねぇ、さっさとハケな」
「ケチくせぇ」
とはいえ、掛け金すらないのだから予測を聞いたところでどうしようもない。
といっても、辺境くんだりに存在する手ごろな金策など一つしかない。
「ゴミ漁りかぁー……」
辺境のそのさらに外側に点在しているゴミ惑星。最近の合金や廃棄物が寄り集まってできた塊だ。
それも再利用の網にかかると流れてこないので、粉粒のようなものか錆びしかないのが実態である。
だけどほんのたまに、本当に稀に見つかるのだ、旧時代のものが。
旧時代の金属なら高い値がつく。
「俺はリアルラックを信じる!」
賭けを外したことなど忘れて、彼はゴミ惑星へ向かうことにした。
ゴミ漁りは貧乏人には最後の望みである。
同じように換金材料を手に入れようと乗り込んでくる人はいるわけで、過去から連綿と続くその行為に優位性を見出そうとしたら、少しばかりの危険はやむを得ない。
それすらも常態化しているため、それほど出し抜けるわけではないのだが。
「ま、でもここまでくるやつぁいないだろ」
新世界連邦が定義する国境のギリギリ内側、指先でも外に出ようものなら問答無用で国外接触の重罪で裁かれる距離、そんな場所に漂っているデブリ。
正確な境界線が引かれているわけではないので、大抵の人は安全マージンを取る。そんなところにあるゴミは既に漁り尽くされているので、実入りがあるわけではない。
ここまで来なければ良いものは残っていないのだ。そして彼は、国境の位置を正しく把握している。
「おっ、なかなかいいじゃないか」
大きめの塊を国内へと引っ張り込む。
余計な錆と土塊を掻き出して外へと放り、出てきたものを見た彼は口笛を吹きたくなった。
「珍しい流体金属じゃねーか、塊で出てくるなんて、古物の可能性もあるかぁ?」
『………』
「ん?」
何かの音が聞こえた気がして周囲に目をやるが、誰かがいる気配もない。
気にせず発掘作業を続ければ、それは思った以上に大きかった。
「いやこれ……ラブドールか?」
全体を金属でコーティングするなど聞いたことはないが、形状はどう見たところで人型だ。
ツインテールだろうか、頭部らしき場所から長く垂れ下がっている薄いものがある。
身体は平坦、手足もつるりとしていて関節がない。細部の設計が甘いのか、全体的な形は確かに人であるが、ぬいぐるみといったほうが通りそうな見た目である。
「ま、何にせよイイ金になりそうだ。これだけのブツは早々お目にかかれないしなー」
むしろ大きすぎて、切断して売るしかない。
その場合、まずは廃棄されたモノであると証明する必要がある。方法は簡単で、胴体に刻まれたロットナンバーが、公開中の”探しモノ一覧”に記載されていなければ良いだけだ。
「ま、最悪、気付かなかったことにすれば……」
ごそごそと腹部らしき場所をまさぐれば、何か文字のようなものが見えた。
「あったあった。って、なんだこれ?」
公用文字でもなければ、地域ごとで使われているスラング文字でもない。
だけど見覚えはあった。古語として覚えた一文に似たものがある。
「マジで古物かよ、旧時代金属だ。大金持ちじゃん!」
世紀の大発見とばかりに喜び、諸手を上げればバシッと何かが巻き付いた。
え、と思う間もなく全身を拘束されて、抵抗する暇なく、アーモンド形に開いた目に全身が映る。
青色に煌めく無機質な虹彩がじろりと睨みを利かせた。
『不明物質を検出。円盤型のおもちゃ』
「なんだ失礼な! 俺はニンゲンだ!」
きょとんとした顔で、それが首を傾げた。
表情を制御するプログラムが組み込まれているらしい。
『人間は博士のような形をしている。お前は円盤。話すおもちゃ』
「そいつは旧人類だ! ってかお前、動けるのか?」
『是。エネルギー派が届いた』
彼女の周囲に張り付いていたものが全て遮断していたらしい。
封印だったのか偶然だったのかはわからないが、なんにせよ剥がしたことで動力の確保ができたようだ。
『常識が変わっている。キノコのかさ、現代の事を教えてほしい』
「キノコのかさでもねーよ! 俺はヌリキ、ラジオ諜報員だ」
『私はアイ、汎用ツール。なんでもできる』
「なんでもってお前」
『家事育児、災害救助、話し相手、確定申告、なんでもござれ』
「それは万能なのか使いどころがわからなかっただけなのか……って、待てよ」
ヌリキはまじまじとアイの全身を眺めた。
見た目は人型だ。ラブドールと間違えるくらいには。
「……なあ、運転はできるか?」
『一人でできるものに限る』
「まあ、一人で可能……だと思う」
『思う?』
「説明は道中にしてやる。稼ごうぜ、おまえをバラすより実入りが良いかもしれん」
『是。私も知りたいことがある』
ヌリキは元の惑星に戻ることにした。アイを連れて。
目指す先は一つ、予想屋のじいさんの所だ。
『ここはなんだ?』
バラックが連なるごみごみした通りが果てまで続くような景色にアイが目を丸くする。
すれ違うヒトたちが彼女をチラチラと見ているのは、人型が珍しいからだろう。
どれだけ落ちぶれたって、辺境の貧民層にラブドールがいるはずもない。
「貧乏人の住処だよ。お前にゃ刺激が強すぎたか?」
『否。博士の部屋はもっと汚かった』
「どんなだよ。旧人類がよくそんな環境で生き延びたもんだな」
『慣れたと言っていた。っと』
足元を高速で横切っていく何かを避けるアイ。
それはネズミだと笑うヌリキにしかめ面をして、ふよふよ浮いて進んでいく彼の後をついていく。
「着いた、ここだ」
「あん? なんだ貧乏人じゃねーか」
「お前も貧乏人だろうが。それより、ビジネスの話をしよう」
「カネはできたのか? その後ろのはなんだ」
値踏みするようにアイを不躾にじろじろと観察する予想屋。フードのように被っている毛布の暗がりで、監視カメラのような一つ目がヌルリと光る。
それを遮るようにヌリキが前に出て机を叩く。
「こいつがお前のスクラップに乗る。そんでプラネットレースで優勝するんだ」
「ついに頭がやられたか。生粋のレーサーにラブドールが勝てるわけないだろ」
「ソイツにカネが掛かるんだろ? 動かないガラクタ抱えてなんになんだよ。勝負してみろよ。負けたら、そのスクラップとこいつを金に換えればいい」
ちらりとアイを見る予想屋。
何でもないように立ち尽くす彼女を見て、彼はため息をついた。
「君は承諾しているのか」
『何の話か分からない』
「君の体は金属でできているのか? 体を売ればカネになるという話だ」
『私の身体は形状記憶流金だ。博士が時間をかけて成形した』
「は……?!」
さらりと告げられた言葉に絶句するヌリキ。
今では手に入らないどころか、幻の素材として噂話を聞きかじる程度しか情報のない素材である。もっと手ごろなものだと思っていた。
予想屋はそんな彼の様子を見て、なんとなく察する。
「お前の話に乗ってやろう。コイツも、一度くらいは動きたいだろうからな」
「ちょっと待て、今の話……」
「そっちから持ってきたんだろうが。今更やめるなんて言わないよな?」
『レースの話は聞いた。稼働する機体さえあれば問題ない』
「お嬢さんはやる気みたいだな? コイツも初めてのレースに気合十分だ」
こつこつと旧型をノックするじいさん。
代々引き継いでいる家宝で、手入れを欠かしてことはないが、動いたところは見たことがない。
こういった大きな機体は操縦者が似た形である事が望まれる。動かし方が日常の動作に引っ張られるからだ。
レーサーは全員が旧時代の獣の姿をしている。完全二足歩行の操縦者は存在しない。
「おれはタイムズ、天候予想士。今からコイツを稼働させてみるか?」
『私はアイ、汎用ツール。動かすには準備が必要だ』
機体に近付き、ぺたぺたと外郭を触るアイ。
各部位を覗き込むように見やって、眉を顰めた。
『関節が邪魔だ』
「はあ?! 格好いいだろうが!」
『否。脆弱性だ。残す必要がない』
「おいおいおい浪漫だろうが」
「そうだぞ、このカクッと曲がるのが良いんだ。女にはわからんか」
『人間が合理性を欠くのは昔ながらだな』
よくわからない部分で深く頷いたアイだった。
レースへのエントリーは二日前から受付がなされている。
今シーズンの予定は今月いっぱいまで、最終週のレースにギリギリでの参加になった。
「おい、参加者と予想倍率が出たぞ」
惑星の端っこ、居住区域外で動作訓練をしているが非公開というわけではないので、まばらながら観覧者も存在する。予想屋のガラクタが動いている姿を見ておこうという野次馬ばかりだ。
そんな顔見知り達の間からタイムズが進み出てきて、スクラップから降りてきた二人に声を掛けた。手にしたメモを覗き込めば、チーム名と数字の一覧表が見て取れる。
「チーターズもホースもまだいるのか。オヌーは初戦だけで帰ったのかと思ってた」
「抜けたのはフォックスだな。三戦二勝、黒字になったんだろ」
「酸素戦勝ったから次に行ったのかもよ。ジャンキーだからな」
『酸素戦?』
聞き慣れない単語に聞き返せば、ヌリキが呆れたような顔をした。
「賞金の代わりに酸素ボンベが提供されるレースだよ。旧時代にはなかったのか?」
『是。酸素は好きなだけ吸えた』
「はあ? 違法呼吸なんて辺獄行きだぞ。旧時代の法律は緩いんだな」
『辺獄?』
「おい、余計な話ばっかするな。せかっくレース予想を持ってきてやったんだぞ」
怒った様子のタイムズに詫びを入れ、表に戻る。
「他に目ぼしいのはいないな」
「レオとエレファは鈍足だが、このメンツなら上に来る予想もあるぞ」
「あいつら跳べねぇだろ。っつか、なんで俺達が最下位予想だ、倍率二百越えとか聞いたことねーぞ」
「新参なぞそんなもんだ。ガゼルもこれだろ」
二人であれこれ言い合っているのを見ながら、アイも横からメモを覗き込む。
最下位予想”ニアマン”。名前を決める時、人間モドキだからこれでいいだろとタイムズに適当につけられた。
アイとしては、博士がつけた綽名の”スタイリッシュマウス”の方が気に入っていたけれども。
翌日。
レースを開催する惑星に移動を果たした選手たちが格納庫の前に集結した。
ライバルたちと名乗りあい職業を告げている。
『なぜ、名前と職業を告げる?』
「ん? 単なる挨拶だ。職業なんざ見た目でほぼわかるが、性別を違えて失礼をしないためだな」
『三度笠ならラジオ諜報員なのか』
「笠でもねーわ! お前だってラブドールに似てるだろ」
『それは失礼ではないのか』
「何がだ? アイドルが年季着いたやつだろ」
『アイドル? どちらの性別もあるだろう』
「はあ? アイドルは女だ、性別は職業で決まるだろ」
『否。わからない』
「旧時代ってのは混沌としてたんだな」
そんなことを言い合っているうちにスタンバイの合図が鳴り響く。
レース用機体であるじじいのスクラップに乗り込んで、アイは頭にヌリキを置いた。
普通はレーサー以外がコクピットに入ることはない。ただ、彼女がツールのため、ニンゲンである誰かが同乗しなければならなかった。
頭の上の引っかかる部分を見つけてヌリキがしっかりとしがみつく。元より人型用にしつらえられた空間で、彼が固着できる場所はない。
「おい、作戦はわかってるな?」
出走ゲートによどみなく進んでいくアイにヌリキが声を掛けた。
前面の出窓のような視界には、ライバルたちの機体が表示されている。
全て操縦者に合わせた形だ。四つ足の中で妙な体高を誇る二人の機体がやけに目立つ。
「デバフは四か所、最初の三つ目までは二位以下につけて、最後で飛び出すんだぞ」
『何度も聞いた』
「初レースだからって緊張するんじゃねーぞ! このメンツなら作戦通りに進めりゃ勝てる!」
『それも聞いた』
アイには気負いがないけれど、ヌリキは違う。
がっちがちに緊張して、頭部に掴まる手も震えている。
『なんで、勝ちたい』
「カネがいんだよ。言ったろ、俺は転職して富豪になんだよ」
『なってどうする』
「人型に近い体形になれんだろ。浪漫ってやつだ、男なら誰でも憧れるもんさ」
楽しそうに夢想するヌリキ。アイはやっと静かになった頭上にやれやれと呆れた。
人型の機体を操って競争をするなんて初めてだ。不確定要素は少ないに限る。
所定の位置に到着して、アイは同調率を上げた。
この時代のコクピットは、ジェルのようなもので満たされた空間に身体を沈め、密着する粘液の中で動き、それが外殻に反映される作りになっている。
だが、彼女たちが乗るのは旧式、座り心地の悪いシートに身を預け、前後左右から降ってくる束ねた蜘蛛の糸のようなものを、体の各部位に装備した具足のようなものに接続して動きを制御する。
同調率とは、その糸束をどれだけ繋げるかということだ。
多ければ負担が増える。備えられら接続糸の半分も使えば、機体をほぼ完全に扱えるようになる代わりに四肢をもがれるような痛みを味わうことになる。そこまでは試していないが、タイムズがそう言っていた。
『「アースランド・プラネットレース最終戦! 大本命チーターズランが独走するか、戦績同位のラックホースが来るか、波乱があるか! いま、戦いの火ぶたが切って落とされるっ!」』
やかましい実況の叫びがスタート地点にまで届いてくる。
だが、さすがに惑星を巡る間も聞こえ続けることはないだろう。いかな大音量でも距離がありすぎる。
「おっ、良いなこれ。電波を拾っておくか」
『なに?』
「レース実況だよ。観衆はモニターで様子を見るんだが、実況は別カメラも確認して状況を伝えるんだ」
『レース情報の取得か』
「そうそう、人工惑星だから妨害も考えられるしな、敵の位置が分かった方がいい」
レーダーは基本設備として備わっているが、旧式なので如何せん型が古い。
となると、少し古めのステルスでも当然ながら感知ができず、相手の動きの把握が遅れる。
最新設備を入れるようなカネがあれば、元よりポンコツを使う理由はない。
『「開始の合図だぁー!」』
一斉に開くゲート。
飛び出す四つ足の機体が一連の動きで自分が最も得意とする位置に機体を滑り込ませていく中、アイはとにかく真直ぐに突っ込んでいった。
「は!?」
『「おっとニアマン! いきなり飛び出していったぞ! どんな作戦だ?!」』
「おい、何してんだよアイ!」
『地形を見る限り、これが一番いい』
アースランドは、名前の通り土塊で出来ている惑星だ。
プログラムで制御された地面がデザイナーの思う通りの地形に配置されている。
地平線まで続くような荒野があるかと思えば、断崖絶壁があり、隆起した地面が台座のように連なるかと思えば、針のように突き出たでこぼこの地面が迷路を形作る。
飛行系レーサーならば空を行って終わりだが、陸行系には険しくありつつも身体的特徴を生かせる地形のため、見ごたえがある。
『「地図は持っていないのか?! そのまま進めば断崖から落ちる羽目になるぞ!」』
「実況の言う通りだぞ! おい、アイ!」
『飛んで渡れば問題ない』
「人型にできる芸当じゃねぇだろ!?」
チーターズやホース、ガゼル辺りなら跳び越えていける距離であるが、とてもじゃないがニンゲンには無理だ。
アイはただ近くの糸束を足元に追加接続した。
『ヌリキ』
「なんだよ!?」
『先行逃げ切り、これが浪漫だと博士が言っていた』
「お前を作ったやつは頭がバグってんだよ!」
『浪漫は嫌いなのか?』
「だああ、もう、いったれ!!」
言い合う間にも、様子見している他のレーサーを置き去りに荒野を進んでいく。
目の前には切り取られたような地面。
もう駄目だ、とヌリキが諦めの境地に達した瞬間に、二足の機体が飛んだ。
身体が水平になり、足裏から何かを噴出させながら。
『「え? なんだあれは!? 飛……飛ん……?」』
「いやいやいや! え!? なんで?!」
『人間はスーパーヒーローになれるから?』
そのまま幅跳びの選手のように対岸に着地する。
速度を落とすこともなく走り出すアイ、その後ろから飛び跳ねた泥のようなものが追いかけてきて、両手首に巻き付いた。
『んっ?』
「げぇっ! 第一妨害!」
『一位通過の証拠』
手で引きちぎり、でこぼこになった地面を疾走する。
次第に周囲には隆起した地面が連なるようになり、その合間に自然と道筋のようなものが示される。
だが、そのまま進めば遠回りだ。
アイは飛び上がり、崖を蹴りつけながら台座のようになったその場所の頂上に駆け上がった。
『これは……』
「たしか、グランドキャニオンを模倣したとか。俺はジャパンネイチャーだから詳しくはないが」
『ジャパンネイチャー?』
「後で説明してやる。来てるぞ!」
壮大な景観に足を止めてしまったが、レースの途中だ。他の面々が追いついてきている。
その中でも、すばしっこくあちこちを飛び回るガゼルが腹についた装備から何かを撃ち出してきた。
「うわやべっ! 走れ!」
言われるまでもなく前方に走って避ける。
さらにしつこく飛び出してくる豆粒のような弾丸。遠くにはチーターズの姿も見える。ガゼルは完全にこちらへ狙いを定めたようだ。
「鹿の糞ばらまきやがって! カネ持ってんなァ!」
武器類は維持費だけでもかかってくるので、もちろんアイたちは未装備だ。
何とか避けつつ次のエリアへと向かう。速度低下はチーターズを襲ったようだ。
カルスト地形に入り、飛び石のように出っ張る山頂を跳んで渡る。
「飛べねぇの?」
『着地の足場が悪い』
ひょいひょいと重量を感じさせないガゼルたちの動きに比べ、バランスがとりづらく思うように進めないアイ。
後続の重量級が追いついて、尖塔をなぎ倒しながら近づいてくる。
『ああ、下を通ったほうが良いのか』
飛び降り、両腕と腰の糸束を増やした。
思いっきり走りながら、邪魔な場所は領腕を振り回してなぎ倒す。
『「ニアマンのあの動きはなんだ?!」』
弾薬を使わず拳で殴るスタイルのため、観客にはウケがイイらしく、実況も笑っているようだ。
『「頭上ではチーターズとガゼルが一騎打ち、足が鈍る。その間にホースとオヌーが上がってきたァ! 最後の直線、デバフの平原に五機横並びだあ!」』
ただの直線ならチーターズが一番早い。後を追うようにオヌーとホースが続く。
ニアマンとガゼルはその後ろに着けている形だ。このままでは追い越せない。
『……同調率を上げる』
「え? おいっ!」
頭に乗っけたヌリキを剥がし、糸束をくっつけるアイ。
装備がない場所であるが、全体が金属なので直接の接続も可能だ。
『ぐっ』
「アイ! 無理すんな!」
『博士は気合いと根性を持てと言っていた』
痛みはない。
ただ、視界が狭まりリソースが削られる。ログが消えていく。
それが痛覚というならば、確かに四肢をもがれるような痛みだ。
しかし、その甲斐があってかニアマンの動きが一段上がる。
他の機体を追い抜き、差をつけながらゴールへと突き進んでいく。
「これなら、って、お!?」
床の出っ張りに何とかしがみついていたヌリキが衝撃で前方に転がった。
原因はニアマンの足に絡みつく泥の鎖。他のメンツにも礫が飛んでいるが、鎖は地面と繋がって、破壊しなければ抜け出せそうにない。
『「最後のトラップ発動か! ニアマン、完全に捕らわる!」』
「ぎゃああ! ここまで来て!!」
『うるさいヌリキ』
「じゃあどうすんだよ!」
『気合いと根性』
さらに糸束を接続するアイ。
全身が束縛された姿は完全に蜘蛛の餌だ。保存食として巣の中心にぶら下げられている。
「ツールにそんなもんねぇだろ!」
『否。博士いわく、なんとかなる』
ニアマンが動く。
ライバルたちが隣を追い抜こうとした、その瞬間に鎖を引きちぎり、その勢いで駆け抜けた。
『「あそこから抜け出すか?! 一着はニアマン、予想外のニュービーが栄光を手に入れた――」』
ゴールラインを割った、その瞬間に燃え尽きたかのように停止する機体。
いささかシェイクされたものの、動きの止まったコクピット内でヌリキはアイに近付いた。
全身から糸束を生やした姿に、何とも言えない薄ら寒さを覚える。
「おい、アイ! 起きろ! 勝ったぞ、おい!」
ぶちぶちと糸を引っこ抜き、少しずつ元の姿を掘り起こす。
やがて見えた姿、アーモンド形の目がうっすらと開いて、青色の虹彩がヌリキの全身を映し出した。
『……円盤型のおもちゃ』
「違うって言ってんだろ! それよりアイ、優勝だぞ! よくやった!」
何かを思い出すように瞬きを繰り返すアイ。
やがて頭を振って、全身に繋がった端子を引っこ抜いた。
『ログの欠如を確認。目の前のキノコはヌリキ』
「アイ?」
『是。……博士は?』
「よくわかんねぇけど……とにかくまずは休むか。おつかれさん!」
レース自体は終わっている。
ヌリキは上機嫌でアイの肩を叩いた。
「で、なんだって?」
「そのポンコツはお前らにやる。代わりに賞金を寄越せ」
予想屋のじいさんに想定外のことを言われてヌリキは彼を睨んだ。
「一回こっきりじゃたいした額じゃない。機体がなきゃレースに出れない。おれはそいつを売ってもいい。悪い取引じゃねぇだろ」
確かに、賞金が出たとはいえ目標額には全く足りない。
これで賭けようにも、この近辺ではレース予定がない。
かといって、レーサーとして稼げるかといえば、それも微妙。
「アイ、お前はどうする」
『ログが死んだ』
「なに?」
『博士の痕跡を探したい。重要なことを忘れた気がする』
「おいおい……」
「ふむ……君は珍しい金属なんだろう。なら、中央だな。製作者の記録くらいはあるはずだ」
『中央』
「だが、ニンゲンがいなけりゃ行けないな」
一つ目がぬるりと光る。
アイがじっとヌリキを見つめた。
「だぁー! わかったよ! じいさん、そいつを買う!」
「毎度。メンテナンスはここに行け」
「ケッ」
メモをひったくり、アイにおしつけて、ヌリキは彼女の頭に乗っかった。
「いろいろ手続きしたら、こんなとこ出てくぞ!」
『中央に行く?』
「カネがねぇ! 稼いでからだ」
『わかった』
アイは頷き、ヌリキが指示する通りに通りを進んでいく。
その背中を見送りながら、タイムズは少しだけ笑った。
専門職でもないニンゲンがレースで一位など前代未聞だ。
だが、その面白さが積み重なっていくことが、容易に予想できた。
確定申告代わりにしてくれ…
バンダナ応募ガチ勢の皆さんを応援しています! タグ入れとけ勢の物ばかりで検索しづらくてもう。
専用ページで応募作品のみの一覧を作ってほしいレベル。ワード応募分の奴とかも公開して読まして欲しい。そっちのがガチ勢多そう。
あとガチ勢の皆さんは絶対に応募要項を守ってほしい。
だから…全部含めて一万文字以内に収めて…! 文字数で検索させて…!
縦スクなら連続性のあるアクションが必要なんだろうなって思いつつ私には無理でした。
謎解説を入れるなら、横だとリンゴが落ちるけど、縦だと重力が見えるんですよ、そんな感じ。