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はじめて

作者: 朝川はやと

 小学生の頃、習字の教室に通っていた。めんどくさいなと思ったけど、同じクラスの友達が一緒だったから、学校帰りに週1回通っていた。


 先生は白髪のおじいちゃん先生。一見気難しそうな顔だけど、実際は穏やかで優しい先生だった。ただ生徒数が多く、おじいちゃん先生1人では指導しきれないので、若い男性の先生が補助として指導していた。若い先生の名前は竹原先生。


 あるとき、隣の席の女の子が竹原先生に「先生は何歳ですか?」と聞いた。「25歳だよ」と先生は答えた。一般的に25歳はまだ若いが、小学生の僕らにはとても大人にみえた。先生たちは2人とも和服を着ていた。おじいちゃん先生は焦茶色の和服で風格があった。竹原先生は深緑色の和服を着ていて、黒髪と合っていてかっこよかった。


 僕たちは慣れない筆を持ち、覚束ない手つきでお手本をみながら字を書いた。書き終わると手を挙げる。するとどちらかの先生がチェックをしに来てくれる。おじいちゃん先生のことは嫌いじゃなかったけど、僕は竹原先生に来てほしかった。竹原先生が来てくれると、すごく嬉しかった。


 竹原先生は僕が書いた下手くそな字のどこかを必ず褒めてくれた。そして、僕の背後に回り、僕の手を上から握り、一緒に字を書いて手の動かし方を教えてくれる。先生の手は大きくて、ごつごつした大人の男性の手の感触だった。先生の力が僕の体に伝わる。妙な高揚感がある。心臓がばくばくと動く。それが先生に気づかれないか心配だった。どうして体がこんな反応をするのか、わからなかった。どうしていつも先生の居場所を探してしまうのか、わからなかった。


 先生に書いてもらった見本も、一緒に字を書いた紙も、大切にファイルに挟んだ。


 教室に通い始めて1年が経ち、父親の転勤で引っ越しが決まり、もう通えなくなってしまった。それから、竹原先生と会うことはもうなかった。


 高校生になって自分のスマホを持つようになった。あるとき、ふと竹原先生のことが頭に浮かんだ。理由もなくフルネームをネットで検索した。すると、SNSのアカウントを見つけた。プロフィール写真は間違いなく、竹原先生本人だった。紫陽花を背景に、優しい顔をこちらに向けている。

 最新の投稿には、2~3歳くらいの幼い2人の女の子の後ろ姿が映っている。双子だろうか。写真には説明書はなく、とある公園の位置情報だけが記載されている。

 プライバシーを勝手に覗いているような気がして、それ以降はSNSを見ることはしていない。


 もうきっと、覚えていない。

 

 もう二度と会わない人。初めて好きになった人。


 何の特技もない僕だけど、「字が綺麗だね」と、時々言われることがある。それが嬉しい。


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