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食べる命と食べられる命Ⅱ

鈍色の刀身と鏡のように輝く刃。柄には調理中に巻いていたバンダナを巻き付け、それらしい形の武器に仕上がっている。

「あんまり見てるとコケるわよ」

 アイの忠告はほんの一瞬間に合わず、俺は危うくその刃に最初に血をつける材料になるところだった。

「・・これで死なれたら、私の方が恥ずかしいだけど」

 アイの額には青筋がうき、見てとれるほど疼いているのがわかる。襟を掴まれ喉元まで刃の迫った状況で、俺は何とか言葉を絞り出した。

「そおっと、お願いしますね」

 ゆっくりと持ち上げられる最中、俺はまな板の上の鯉ってこんな気分なのかなと怒るアイをさらに激怒させるようなことを考えていた。


「この池を超えた先に、人間の住むコロニーがある。何とか日没までには防壁前まで辿り着けそう」

 俺たちの目の前には向こう岸まで1キロ程度の湖が広がっている。歪な形をしていて、左回りには砂浜が拡がり、右回りは依然森が広がっている。砂浜の分左側が抉れているように見えるので三日月型に見えなくもない。よく見てみると砂浜には人間くらいの大きさのヤドカリが見えている。s

 しかし、アイは迷うことなく左回りの道を選び、俺は後に続く。

「右側の方が安全じゃないのか」

 パッと見ただけでも、ヤドカリは10匹近くいる。アイの体力を考えると、少し遠回りでも右のルートを選んだ方がいいように思えた。

「残念だけど、右は途中滝になってて道がないの。幅は20メートルほどだけどそんなところで獣に襲われでもしたらあなたが死ぬわ」

 右側の森を見てみると、確かに一部木が全く生えていない断絶された区画が存在する。あれでは、アイも能力を使わずに突破することは難しいだろう。

 どうやらアイだけはどうあっても無事らしいが、それでは俺も納得するしかない。

「でも、大丈夫なのか?さっきあんまり余力はないって」

「力は使いようよ」

 アイが錬成《クリエイト》を使用したことを知らせる金属音が湖に響きわたる。

 音に反応しアイを認識したヤドカリたちは思っていたよりすばやい動きで寄ってくる。しかし、アイは特に冷静さを欠くこともない。錬成《クリエイト》の掛け声に合わせ、寄ってきていたヤドカリ全ての足元から鉄の槍が出現する。死角からの攻撃に1匹としてその攻撃に対応できたものはいなかった。的確に殻を射抜いた槍がヤドカリたちを吊し上げる。

 吊るされたヤドカリたちは昆虫のような足でカサカサと抵抗してみせるが、どう足掻いてもすでに決着を見ている。

 舞い上がった砂が多少アイの髪や肩に降り注ぎ、彼女は顔を歪めたが、ただそれだけだった。

「やっぱり、めちゃくちゃだ」

 今日何度目かわからない感嘆の声をあげ、俺はアイに駆け寄る。

 その途中、視界の隅で湖の方から何かが出てくるのが見える。新手かと思い、足が一瞬硬直する。

「離れて!」


 考えるよりも先に体が反応していた。視界の端に映るものがなんなのかを確認するよりも、ここまでどんな獣を相手にしても少しの焦りも見せなかったアイの迫真の叫びが、何においても逃げを優先させることを強いている。

「限界超過《リミットオーバー》錬成《クリエイト》・鉄壁《グレーカーテン》!」

 まっさらだった砂浜に、無機質な黒鉄の壁が出現する。しかし、背中に感じる違和感のせいで、分厚い壁も1枚のカーテンと大差ないほどに頼りない。未だ感じたことのない心臓を握られたような恐怖がべっとりと背中に張り付いて取れない。

 食われる。本能で感じた。俺は今、小動物であり、捕食者のターゲットになっている。

「どこへ行くの」

 肩口から忍び寄る冷気のように冷ややかな声。威圧も攻撃もされていないのに、まるで鋭く冷たい牙を喉元にあてがわれたような感覚。

 あと5メートル少しと言うところで、アイの信じられないと言う表情がさらに緊張を加速させる。 

「そいつから離れなさい!」

 アイの怒号が再び俺の耳を貫く。それは俺に向けてではなく、俺の背後に迫るなにかに向けてのものだが、その迫力に俺まで気圧される。

 剣を握ったアイが必死の形相で跳躍する。5メートルの距離をたった一息で詰め、瞬きほどの間で赤褐色の刃が眼前まで迫る。

「・・邪魔」

 刹那、世界から音が消える。眼前まで迫った刃が、真っ黒な金属と打ち合い爆ぜる。あまりの爆音に右耳の鼓膜が風船に針を刺したように破裂した。

 全開の突きを阻まれたアイも勢いよく弾き飛ばされ、湖の中程に水柱を立てて落下する。

「邪魔者いなくなった」

 これまで、どんな化け物に囲まれても全てを跳ね除けてきたアイ。この世界でも彼女は相当に腕の立つ方だったに違いない。

 そんな彼女が、たった一合の立ち合いで容易く跳ね返されてしまった。俺ではまるで次元が違い、何が起こったのかさえも理解できない。ただ一つわかることは、俺の心臓は比喩でもなんでもなく、謎の襲撃者に握られているということだ。

「俺になにか用か」

 襲撃者の口ぶりからして、目的はアイではなくおそらく俺だ。この異世界において、俺はおそらくもっとも非力な生物である。嫌な予感が脳内を駆け巡るが、まな板の上に乗った俺にはどうすることもできない。

 襲撃者が脇をすり抜け、俺の前に出る。顔も見ることができず、恐怖だけが先行していた俺は、その人物の容貌に呆気に取られた。

 光をほとんど反射しない人形のような漆黒の髪。その容姿は幼く見えるが、歳に相応しくないほど落ち着き払った表情。身長差があり、見上げるような形の上目遣いはどう見ても幼い少女で、死を間近に感じさせるような危険生物とはほど遠い生物に見える。

「女の子?」

「子供じゃないです。私はカエデ」

 表情からは一切感情の類は感じられない。まるで、お使いを頼まれた子供のように、ただ言われたことをこなしているだけと言った感じだ。

「私は、ご主人に言われて、あなたを殺しにきました」

 殺意のない殺人の宣言。調理工程でも述べるかのような彼女のセリフに、思い出したように俺の心臓は慟哭を再開した。

 


 

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