夜明けを告げる声Ⅱ
「とりあえず、こいつは捕縛していく。ここで逃したら兵団からの疑いが晴れない」
「任せる」
興奮状態が切れたのか、徐々に右手に痛みを感じ始めている。親指から小指まですべての指が砕けている様子は、まるで自分の手という感覚はなく、少しも動かせそうにない。
アイももう少しそっとしてやった方が良さそうで、カエデを頼るほかない。
「縛るものなんてないけど・・」
蒼の右手を犠牲に、敵の大将は重傷を負った。縛らなくても抵抗などできるとは思えないが、手負の虎を素手で制圧するのは流石にリスクが高すぎる。
面倒ごとを押し付けられた、ほんの一瞬、視線を外した間に、カエデと千馬の間に影が落ちる。
反応が遅れたカエデは、それが飛来したブラッククロウだということに避ける直前まで気が付かなかった。周りには朝日に照らし出されたカラスたちの影がいくつも落ち、着地と同時に地面を蹴る。次々に襲いかかるカラスたちをカエデはさすがの動きでいなしていく。
「カエデ!」
「そこでじっとしてて」
カエデの表情に焦りはない。予期せぬ攻撃でもまったく動じないが、この統率された動きが野生のものとは到底思えない。間違いなく、これらを率いている何者かが近くにいる。
ただでさえ、千馬1人連れて歩くだけでも骨が折れるというのに、狙い澄ましたようなタイミングでの襲撃はもはやカエデ1人の手に負えるものではない。
カエデが優先すべきは蒼の安全。まずは眼前の敵を掃討する必要がある。しかし、グレードダウンしたカエデの能力では突破力に欠け、カラスをまとめて相手にすることはできない。
「家出娘、手を貸せ」
アイはハッと我に帰り、ようやくまだ戦いが終わっていないことに気がついたようだ。
「泣いてばかりで手に入るものなんて何もない。無くしたものを数える時間なんて夢の中だけで十分でしょう」
カエデの言葉は淡々していながらも、アイの心をさらに抉る。無力感に打ちひしがれているアイにはカエデの言葉は強すぎる。年下の小さな子だと思っていた彼女にすら言い返すことのできない自分に腹がたつ。
「バカにしないで」
絶望を乗り越えたわけではない。母を失った痛みは未だ生傷のように痛いし、未来をイメージすることも出来ない。
アイの中で渦巻いていた黒いものは恐怖だ。痛みも苦しみも、誰かがいなくなる悲しみも怖くて仕方がない。
だから逃げた。
カエデの言っていることはなにも間違っていない。私はなくしてしまうことを怖がって、大切なものができることを拒絶していた。
「もう、なにもできなかった頃の私じゃない!」
地面から突き上げたのはおよそ人間のために作られたとは思えないほど巨大な剣。木々すらも薙ぎ倒す剣の出現にカラスたちも散り散りに逃げ出そうとする。しかし、アイの攻撃を1人予測していたカエデが、瞬間移動で散ったカラスたちを切先に強制的に移動させる。
「錬成、剣城」
あまりに大きい刃に巻き込まれたカラスたちは断末魔をあげる間もなく、手羽だけを残して引き裂かれる。
「おお、こわ」