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夜明けを告げる声Ⅰ

 私の中の最強は、思っていたよりも簡単に崩れ落ちた。

 挑むことさえせず、初めから不可能だと思って疑わなかったものはちゃんと私と同じ次元にあることを理解する。

 肋骨は確実に折れている。千馬もまだ諦めているようにみえないが、決着は見えた。


 動けない。感覚に体が全くついていかず、はりついた地面の冷たさだけが伝わってくる。一撃だけと挑発的なものいいにムキになって無防備で受けたにも関わらず、立ち上がることすらできない自分に腹がたつ。

「痛いか」

「全然」

 圧倒的な実力差を見せつけられてもなお、千馬の目は少しも逸れていない。この状況にあっても、千馬の目はしっかりと蒼を捉えている。

「そうか。俺は死ぬほど痛い。たぶん、親指以外全部折れてる」

 バカにするのも大概にしろ。そう声に出そうとしたが千馬の目に映ったそれを見て言葉が詰まる。

 蒼の言う通り、蒼の右手の指は関節が一つ増えたように歪な拳の形をしていた。

「こんな痛みは二度とごめんだ。だから、もう大人しくしていてくれ。お前が諦めてくれれば、俺からはこれ以上手をださない」

 蒼のアカネと調和した時の瞬間的な能力は、イメージを実現する能力。

 一見弱点のない無敵の能力ではあるが、それは使い手の心持ちに強く影響される。この能力によって、川﨑蒼は自分が受けるダメージはほとんど無効化できるが、自分から他者を攻撃するとそれと同じだけの傷を自分も負うことになる。

 肋が折れるほどの威力で殴れば、自分の拳も無事で済むわけがない。蒼のイメージを実現する能力は最強でありながら戦うことに全くといっていいほど使えない能力。

「まったく。宝の持ち腐れ。人間というのは、どうでもいいことばかりに執着して、本当にわからない」

 蒼と千馬の間に現れたのは、別行動をしていたカエデだった。

「こいつをここで見逃すメリットは一つもない。戦いたくないというのなら、二度と目の前に現れないように徹底的に折る」

 いつの間にか移動していたカエデは、明らかに千馬に止めを刺そうとしている。

「待て」

 能力を発動しようとしたカエデの首を摘み上げ、小柄なカエデの体は軽々と宙に浮いた。

「なんで止めるの?」

「余計なことするな。それより、こいつを仲間のところまで飛ばしてくれ」

「こいつ逃したらまた街に攻めてくるよ」

「その時は、吉野さんたちがまたなんとかするだろ。俺たちの最優先はアイの安全だ」

「で、その彼女の意思は?」

 蒼たちの目的。それはアイに会い、彼女の意思を確認すること。今、兵団ではアイが地上側に情報を漏らしている裏切り者だという嫌疑が広がっている。状況から見て、アイが千馬たちに組みしているというわけではなさそうだが、蒼の到着がほんの数秒遅れていればその天秤は傾いていただろう。

「それは、アイの口から直接聞こう」

 これまで何もできず見ていることしかできなかったアイに注目が集まる。蒼と出会った時と全く逆の立ち位置ではあるが、あの時からアイの心は1ミリも前に進んでいない。

「・・私は、お母さんの代わりになりたくなかった」

 絞り出すようにアイが口を開く。

「川﨑に会って。やっと、私をお母さんと比べない人に出会えたと思った。でも、やっぱり私はお母さんの代わりで、誰も私を私として必要としてくれない」

 蒼は口を挟まず、黙ってアイの言葉に耳を傾けている。一度漏れた弱音は堰を切ったように溢れ出す。

「なんで放っておいてくれないの。私は、(アイ)として生きたいだけなのに」

「誰がダメだって言ったんだ」

 静かに、蒼が問い返す。

「アイはどうして、俺を助けてくれたんだ?」

「別に、理由はない。たまたま見つけたから仕方なく」

「そうか。俺はこの右も左もわからない世界に放り出されて、あの時は本当に怖かった。でも、アイがいてくれたから、俺はこの世界でもなんとか生き延びることができた」

「だからなによ」

「俺は、諏訪さんが亡くなったって聞いた時、本当に悲しかった。アイは違うか?」

「そんなわけない!」

「なら、なんで俺の前からいなくなろうとするんだ!」

 蒼が最も怒りを覚えたこと。それは、アイが自らを蔑ろにしたこと。

「俺は、アイと諏訪さんを比べたことなんて一度もない」

 アイは誰よりも失うことの辛さを知っていると思っていた。自分のことをただ1人、アイとして愛してくれた最愛の人が自分の腕の中で熱を失っていく感覚は、おそらく死ぬその瞬間まで忘れることはないだろう。

 私は、失うことが何よりも怖くて、そのせいで誰よりも自分のことを愛することができなくなっていた。

「さあ、一緒に帰ろう」

 差し出された蒼の手は痛々しいほどにぼろぼろ。よく見てみるとぼろぼろなのは右手だけではなく、顔にもあざや切り傷が多く見られる。

 しかし、もはやアイにはその手を跳ね除ける理由が一つもなかった。

 いつの間にか月は水平線近くまで降り、代わりに彼方の空が明るんでくる。闇に染まっていた森にもわずかに光が届き、視界は鮮明になっていく。

 赤みがかった茶色の髪がわずかな光に反射する。


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