君は何を求めて生きるⅥ
「ようやく結界を解いたわね」
「カエデ、あなたまでこんなところに」
「私はあいつの付き添い。さすがにあれが相手だと死にかねないからね。それで、わざわざ結界を解いたということは、それなりにいい勝負になってるのかしら」
「・・防戦一方」
子供部屋の展開されていた四方10メートルは2人の戦闘のせいでほとんど木が薙ぎ倒され、月灯りが中心に立つ2人の男を照らし出している。
片方はいまだ傷ひとつなく、鋭い蹴りを息つく暇もなく繰り出し続けている。もう一方はというと、反撃どころか防御すらできず、千馬の攻撃をただくらい続けている。
「・・のはず」
蒼はいまだ一撃たりとも千馬に攻撃を繰り出してはいない。千馬の攻撃をなんども顔に受け、顔は巻き上げられた泥に塗れ、口を切ったのか口の端に血が滲んでいる。
しかし、一方的に攻撃しているはずの千馬の方が息は上がり、ついには体術に集中するために子供部屋を閉じ、全開の攻撃を繰り出し続けている。逆に蒼の方はというと、泥だらけで優位性など皆無なほどぼろぼろに見えるが、どれだけ攻撃を受けようとも全く後ろに引くことはない。
「いつまでそうやっているつもりだい。どういう能力かは知らないけれど、反撃しなければいずれ削り殺すよ」
斬撃のような千馬の足刀は大木すらも蹴り倒す異常な威力を誇っている。どういうわけか蒼にはほとんど効いていないようだが、いつまでも無抵抗でいられるはずはない。
しかし、蒼の方はというと平気な顔をして言う。
「お前が飽きるまで」
蒼の言葉とほぼ同時に、空気が震えるほどの重い一撃が蒼のこめかみに直撃する。千馬の渾身の一撃だったのか、ずっと余裕の表情を保っていた彼の顔にも汗が滲む。
まるで痛みすら感じていないような蒼に、千馬は岩山でも蹴っているかのような無力感を覚えた。
「気は済んだか?」
「そんなわけないだろう。そんなわけないけれど、ひとまず話くらいは聞いてやりますよ」
千馬は能力を使った戦闘において子供部屋を展開した状態で敗北したことは一度もなかった。自分だけが好き勝手にできる部屋の中で、どんな益荒男であったとしても大人と子供ほどの力の差を強制される。
どれだけ強力な能力を持っていたとしても、子供部屋の中では全く意味をなさない。加えて能力なしでも体術のみでも超人レベルの千馬が相手では子供部屋の中に入った時点で敗北は決定したようなものだ。
蒼の能力は、調味料を生み出す調味。そもそも戦闘には不向きな能力でこの状況ではまったく役にたたない、はず。
千馬が判断したように、蒼の何かしらの能力が発動していると考える方が自然だろう。
「カエデは助けに入らなくていいの」
「私はあの男とは話したことすらない。なんで助けなきゃいけないの?」
「いや、蒼をここまで連れてきたのはあなたでしょう」
「・・?助けるってもしかして川﨑のこと?なんで?」
まるで要領を得ないカエデ。この一方的な展開を目の当たりにしても彼女は何も感じていないような様子でアイの隣に腰を下ろした。
「まったく、瞬間移動が使えるのに、なんで走り回らないといけないんだか」
蒼の心配をするどころか、疲れたとぼやいている。ベレス化によって身体能力が向上しているため数時間程度の運動程度で感じる疲労などほとんどないはずだ。
「動けないほどじゃないでしょう。それより、川﨑このままだとあの人に殺される」
いくらダメージが少ないとはいえ、あのライフル弾のような蹴りを受け続けていつまでも無事でいられるわけがない。息も絶え絶えで、今にも破裂しそうだった鼓動をアイは間近で聞いている。
「ああ、そっか。ガワはただの人間だからわかんないのか」
「何言ってるの?」
「あなたはこの世界で生まれた第二世代だったわね。それなら直接見たことはないかもしれないけれど、名前くらいは聞いたことあるでしょう。名を創造神アカネ」
「どうしてアイを連れて行こうとする」
「僕にはあの子が必要だからです。僕と、彼女の2人がいれば必ず目的を達成することができる」
「その目的ってのは?」
「この世界の英雄。初代兵団団長、諏訪叶を蘇らせる」
蒼の眉が動く。聞き馴染みのある名前が出てアイの方にちらりと視線を向ける。
「それを成すためなら他の誰がどうなろうとかまわない」
「それは、たとえ死んだとしてもってことか?」
「断言するがその通り。不可逆の理をねじ曲げるのは簡単なことじゃない。僕の見立てでは最低でも2人は犠牲になると考えている」
「そして、その1人がアイなんだな」
蒼の目が真っ直ぐに千馬を捉える。これまで感情をほとんどあらわにしなかった蒼が明確な怒りをその瞳に宿す。
「しょうがないんだよ。僕は彼女を生き返らせるために命を掛けている。こんな世界だ。明確な生きる理由が必要なんだよ。絶望の値に比例するベレスの力をコントロールするには、それが必要なんだ。君だってそうだろう。それだけ強力な能力を持っているんだ。絶望を超える、死すら度外視できるような目的が」
「生きる目的ね」
熱のこもる千馬とは裏腹に、長い話のせいで蒼の頭はすっかり覚めていた。当然、晴らしていない怒りは存在している。それでも、千馬の話に答えられるほどには冷静だった。
「この世界の鶏肉・・確かにうまかったけど筋肉質でもも肉とむね肉を間違えるくらい硬かったんだよな」
「・・」
「茜屋のメニューには乗ってないんだけどな、俺の店で一番美味い料理は唐揚げだったんだ。レシピはどこから引っ張ってきたかも覚えてないが、俺の人生であの唐揚げを超える味に出会ったことはないな」
「・・なんの話をしている」
「真面目に答えてるだろ。そうだな・・俺の生きる目的はとりあえず、茜屋の唐揚げが食べたい」