君は何を求めて生きるⅤ
「カワサキ・・」
暗闇の中、縋るように伸ばした手。言っていることはめちゃくちゃだと思いつつも、自分にはない光にアイは魅せられていた。もし、母を生き返らせる手段がるのだとしたら、自分の命だって惜しまない。それはアイも同じだった。
しかし、その手は割って入った泥だらけの手が奪い取った。
体のどこにも力の入っていなかったアイの体はバランスを崩し、手を引かれた方へと倒れる。鼻先からコツンと触れた少し焦げた匂いの布地。人差し指の付け根にできたマメのある手が、この時はとても大きく感じた。
「どうしてこんなところに」
暗くて顔はほとんど見えなかった。しかし、アイは包丁を握る彼の手にあったマメをしっかりと覚えていた。
「やっぱり泣いてたな。まったく、手のかかる親子だ」
蒼の心臓が近い。ずっと森を駆け回っていたのだろうか、彼の心臓は忙しなく脈打ち続けている。そっと頭を撫でる蒼の手はまるで子供をあやす母親のようで、跳ね除けたいのにその手を払うことはできなかった。
言われるまで気が付かなかったが、アイの頬を厚いものが伝っているのに、この時ようやく気がついた。
「お前か誘拐犯。なにうちのバイト泣かしてんだ」
「誰だよあんた。僕は彼女と話してるんだけど」
「未成年に手出したら国家権力が黙ってないぞ」
「国家権力?・・まさか、あの子が言ってた茜屋の店長?」
千馬の蒼を見る目が鋭く細まる。アイに向けられていた穏やかさは少しもなく、値踏みするような厳しい視線と蒼の無駄にまっすぐな視線が交差する。
「なんでこうも茜屋の名前が一人歩きしてるのかねえ。令和の時代にこれくらい有名だったら嬉しかったんだが」
「正直、信じられない。あの3人があんな小さな店に集結していただけでも奇跡的なのに、こんな地味な男に彼らを束ねるほどのカリスマ性などかけらも感じない」
「失礼なやつだな」
「見たままの感想を言ってるんだ。それに、あんたはお呼びじゃない」
お呼びじゃない。はっきりとした拒絶を口にした千馬は、自分の口から出た言葉に違和感を覚えた。千馬の作る子供部屋の中には、千馬が許可したもの以外は誰も入ることができないし出ることもできない。
この男は一体どうやってここに入り込んだ。理解のできない異分子の存在に、千馬の思考は瞬間的に排除することを決める。敵として認めた蒼に対し、容赦のない上段蹴りが頭を撃ち抜く。あまりの速度に反応すらできず、蒼の体は吹き飛ばされた。
「川﨑!」
「君の後ろ髪を引いていたのは彼だったか。生身の体でベレスの力の乗った蹴りをくらって無事で済むはずがない。かっとなって加減できなかったから、もしかすると頭蓋・・」
確かに、千馬の足には手応えがあった。ベレスの力が使えないただの人間では、運が良くて即死というレベルの衝撃が脳天を貫いたはずだった。
「おいおい、一体どうなってる」
「それはこっちのセリフだ。いきなり頭けるとか、やんちゃがすぎるだろ」
必殺の一撃を急所に受け、なおも平然と軽口を叩き続ける蒼。
「俺は喧嘩しに来たわけじゃないんだよ。アイを連れて帰るからまた今度な」
「それで僕が納得するとでも?」
蒼の能力を千馬は知らない。サードの力というだけでは説明不足な強靭な肉体をもつ蒼に、千馬は本格的に戦闘の構えを取る。
「その力、あんたにも抱えてるものがあるんだろうね」
「俺は面倒な親子喧嘩の仲裁役だ」
ため息をつく蒼は当然戦闘の経験などない。しかし、森に入った時点でこうなる展開がよそうできなかったわけではない。人を殴る感覚は決して気持ちのいいものではないし、一生に一度あるだけで余分だとすら思っている。
「まあ、しょうがない。かかって来いよ。誘拐犯」