食べる命と食べられる命I
「限界超過《リミットオーバー》錬成《クリエイト》」
彼女の掛け声に合わせて、鉄製の槍が顕現する。その槍は3メートルもあるゴリラのような獣の体躯を軽々と空中へ投げ出した。それまで腕力に物を言わせた戦い方をしていたゴリラは宙に浮かされてはもはや抵抗の術はない。
「こんな感じかしら」
空中を掻くゴリラに照準を定め、10本を超える槍が地面から突き出る。陣を描くように配置された槍は獲物がその射程内に到達する瞬間、凄まじい金属音と共に発射される。身動きの取れないゴリラの頭上を金属の束が交差し、その巨躯を捕らえる。
「がああぁぁ!!」
鉄の槍に絡め取られたゴリラの絶叫。自慢の腕力も的確に関節を拘束されては、もはや叫ぶ以外の抵抗は不可能だ。
結局、アイとゴリラの両方ともに無傷のまま決着をみた。
「映画みたい」
眼前で行われる理解を超えた死闘に対する俺の感想は、そんな小学生の日記のような感想しか思い浮かばなかった。
「さあ、先を急ぎましょう」
鉄の檻に捕らえられた獣を前にしても、アイの表情が綻んだり歪んだりと言うことはなかった。これが、この世界に生まれた人間たちの常識で、その次元いないのは俺だけのようだ。
日は天辺を超えたが、沈むにはまだ猶予はある。アイの先導で俺たちは、他にも人間が住んでいる街を目指して歩き出した。まだ歩き出して1時間ほどしか経っていないが、すでに4体もの異形の獣と遭遇した。
流石に連戦で疲労が見えたので、少しだけ休憩をするよう進言し、渋々了承された。
蛇、虎、狼、ゴリラとどれも俺の知っているような姿形だったが、3倍近いサイズ感と毒々しい色合いが同種であることを否定している。
「アイは案外優しいんだな」
「・・はぁ?」
戦闘で滲んだ汗を制服の袖口でそっと拭うアイ。その表情には、明確な嫌悪感が含まれている。
「・・別に、そんなんじゃない。あんなのどうせ食べられないし」
「別にバカにしてるわけじゃないよ」
バカにしているわけでは断じてない。そう思っているが可笑しくて顔が綻んでしまう。
「言ってなかったけどさ。俺、前いたとこじゃ料理の仕事してたんだ。だから、その気持ちはよくわかる。食べる気がないのに命を奪うなんてやっぱりよくないよ」
この気持ちは別に良い子ぶっているわけでもなく、幼少の頃のとある体験がきっかけになっている。あの飢餓の苦しみと絶望はそう簡単に忘れられるものではない。
「甘い。そんなんじゃ、あっという間に死ぬ」
「そりゃ、殺されそうになったら俺だって抵抗するさ」
アイの手に1メートルほどの金属が出現する。これまでも何度か錬成の瞬間は見てきたが、何もないところから重量感のある金属が生成される様は幻想的で見飽きることはない。
「これ、ないよりはマシのはず。あなたの腕力で振れるかは知らない」
アイから受けとったそれは、片刃の刀剣。形状は日本刀のような作りだが、刃元から鋒に向けて緩やかな弧を描いているので、まるで出刃包丁のようだ。
「これ・・」
槍や柱などある程度自由な造形が可能であることは把握していたが、まさか歯がついた包丁まで錬成できるとは想像もしなかった。
「簡単な作りだからあっという間に使い物にならなくなると思う。過信はしないで」
簡単な作り。確かにアイはほんの10数秒でこれを作ってしまったから、簡単に作れてしまうのは本当なのだろう。柄もなく、武器と呼ぶには少し不恰好だ。
ただ、俺には刀剣の出来なんかよりも、1つ確かめなければいけないことがある。
「もしかして、調理用の包丁も作れたりするのか」
刀剣を手に目を輝かせる俺に対し、目を丸くしたアイが答える。
「できるけど」
期待していた返答に口角が上がる。気づくと俺は握った拳をブンブンと子供のように振り回して喜んでいた。
「何がそんなに嬉しいの」
アイが気味悪そうにこちらを覗き込んでいる。包丁1つで狂気する絵面はおそらく、どこの世界でも恐怖の対象だ。
「今まで使ってた包丁はホームセンターで買ったステンレス製のやつだったから、特注の包丁が手に入ると思ったらテンション上がって」
「わかったから。でも、今はそんな余力残ってないから、優先するようなことじゃない」
余力という言葉が引っかかり、舞い上がっていた高揚からスッと我に帰る。それと指を刺され、俺は抱えた刀剣にもう一度目をやる。
「それ簡単なつくりと入ったけど、数種類の金属と刃の構成にかなりのエネルギーを使う。大体それ1本作るのと、鉄檻が10個は作れる」
「コスパ悪すぎだろ」
しかし、正直納得だった。おそらく、この刀剣には鋼、鋳鉄の他にももしかしたら未知の鉱物まで練り込まれているかもしれない。本来職人が長い期間をかけてようやく1本か2本できる傑作を何の代償もなくできるだけでかなり優秀な力だ。
「でも、俺もなんかそういう能力あったらな」
「バカなこと言ってないで、あなたはおとなしく私に守られてればいいの」
すっと立ち上がったアイの顔には、もう疲れの表情は残っていない。制服姿の一回り近く年下の女の子にこんなかっこいいセリフを吐かれ、思わずため息が出る。
「・・気が向いたらそのうち作ってあげる」
「ふっ・・じゃあ、期待して待ってるよ」
独り言のつもりだったのか、俺の言葉にアイは答えてくれなかった。
前回感想をいただきました!
ありがとうございます!
こういうの本当に嬉しいです