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君は何を求めて生きるⅢ

 伸ばされた手と千馬の顔を交互にみる。

 千馬の顔は穏やかで10年も戦い続けた相手に向ける表情ではない。

 まるで敵と認められていない敗北感と共に、圧倒的なまでの実力差を見せつけられ、これ以上の抵抗は無意味だろう。もしかすると、この手を跳ね除けた瞬間にアイの首は跳ね飛ばされるかもしれない。

 喉に張り付くような渇きを覚え、首筋にすっと冷ややかな汗が伝う。まるで判断のつかない千馬の思惑に、アイの思考は空回りし続ける。

「どうして私なの」

 自分が必要と言われて喜ぶほどアイの頭は花畑ではない。自分の持っているものを確認しても、自分が地上側にとってそれほど価値のある存在だとは思えない。

 もし、単に戦力としての勧誘なのだとしたら、それは絶望と同義だ。いずれ、ヘイジやシゲヤスと剣を交えることになるのであれば、ここで果てる方がいい。そもそも帰るつもりすらなかったが、これ以上父に迷惑をかけることだけはしたくない。

「残念ですが、私はもう戦えません。自分が戦うだけしか能がない化け物であることは自覚していますが、それすらももう生きることにすら意味を見出せずにいる」

 いっそ鉄砲玉として生きることを覚悟すれば楽になれるだろうか。沈んでいく自分を自覚しながら、もがくこともしない。

「生きる、意味ねえ」

 ふっと息が漏れ、千馬が呆れたように肩をすくめた。

「思春期の女の子らしい可愛い悩みだね」

「殺しますよ」

「オーケー、でもその前に僕の話を聞いてもらおうか」

 手を引っ込めた千馬は腰掛けたまま腰に巻いていたバックから2人分のカップと水筒を一つ取り出した。膝の上にカップを置き、器用に水筒の中身をカップに注いでいく。

「どうぞ」

「なんのつもりですか」

「とうもろこしのヒゲで作ったお茶。カフェインが入ってないから眠れなくなる心配もない」

 意味のわからない気遣いがバカらしくなりつつも、カップの中身の匂いを嗅いでみる。確かにとうもろこしのようなかすかに甘い香りがする。

「変なものは何も入ってないから」

 警戒しつつも、受け取ったカップの中身を呷る。ほのかに甘く、苦味はほとんどない。とうもろこしの香りが広がり、緊張で張り詰めていた空気が一気に弛緩するのを感じる。

「美味いだろ。地上の街も小さいがようやく街らしくなってきた」

「とうもろこしのヒゲがこんな風に」

「貧乏性な僕としてはこれ以上ない逸品だ。うちにくれば、毎日これが飲める」

「・・ふざけてますか」

「どんなものにも使い道はあるんだって、安い話をしてるだけだよ」

「・・確かに安いですね」

 こんなわかりやすい慰めにすらなっていない言葉に意味などない。しかし、まるで掴みどころのない千馬の姿は、もはやどこにでもいるいたってありふれた青年だった。

「愉快な大将ですね。こんな愉快な人だとは思いませんでした」

「死ぬまでは笑ってないとね」

 あまりにも自然に出た死という単語に冷たいものを感じる。

「死ぬまでって、そんな物騒な予定でもあるんですか」

「ないない。でも、目的と引き換えにできるならいくらでも差し出せる」

 本気なのか冗談なのかわからないへらへらとした態度。しかし、最後の方だけは確かな語気で適当なことを言っているようには思えない。

「思春期少女。君には想い人はいるかい?」

「なんの話ですか」

「ほう、ヘラってる割には面白い反応するじゃないか」

 あまりに突飛な発言に声が裏返る。それをどう捉えたのか、千馬はこれまでとは一線を画すほど気持ちの悪い笑みを浮かべた。無駄だと分かっていながらも、握る拳のなかに最硬度の剣を顕現させようと試みてしまう。

「僕の目的は君にとっても悪い話じゃない」

「どうでもいいです」

「さっきの質問の答えにもなる。というか、こんな怪しい男に聞く必要もない」

 子供部屋の中は外とは隔絶した世界。先ほどまでしていた轟音もここに入ってからは全く聞こえない。

 だから、千馬の言葉が聞き間違いだと疑うには、あまりにはっきりとそれはアイの頭に響いた。

「僕の望みは諏訪叶を生き返らせることだ」


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