君は何を求めて生きるⅡ
檻に囚われた青年とそれを見張る少女。
奇妙な図が出来上がってはいるが、囚われている側の男は笑っている。まるで、宝物でもみつけたような無邪気な笑みでアイの顔を見つめている。
しかし、アイのそれに対する返答は震えてでた声。記憶にある歪すぎる姿が、形容し難い強い感情を再燃させる。
「千馬吉継・・」
「名前を覚えてくれていたようで嬉しいよ」
およそ10年ぶりとなる再会だが、不思議と懐古な感情は湧いてこない。
その名前は、常に聞き続けたものであり、兵団がこの世で2人だけ指定している討伐許可対象。団長シゲヤスに単独で対抗できるだけの力を持つと判断された規格外と同列の存在。
「僕の知ってるアイちゃんはこんなに小さい子供だったのに、いつの間にか立派になったね」
あっさりと檻に入った千馬だが、むしろこの状況は彼の実力を考えれば不自然なことであり、優位と呼ぶにはこの黒鉄の檻ではあまりに心許ない。
「お母さんにそっくりだ」
おそらく、この男はどんな拘束具に繋がれていたとしても、その不気味さを拭い去ることはできないだろう。
檻に囚われている以上、ここから逃げ出すためにはまず檻を壊すという工程を挟まなければならない。攻めるなら今をおいてほかにはない。最大質量の鉄塊で躊躇うことなく、檻ごと千馬の体を押しつぶす。視界から消える瞬間までこちらを覗いていた瞳から逃れるように、アイは全力で駆け出した。
アイの持つ中で最大火力の攻撃だが、この程度で再起不能になるほど甘い相手ではない。千馬から逃れるためには、一瞬でも意識を割くことができるだけでもありがたい。
「君を探すために2時間も歩き回ったんだ。かくれんぼはもう十分」
押しつぶされたはずの千馬は鉄塊の下でアイに逃げられたことにため息をついた。
「限界超過子供部屋」
千馬が能力を発動した時、アイはすでに10メートルは距離をとっていた。
「あと2メートル・・」
千馬の間合いの外まで逃げ切るほんの一歩手前。しかし、眼前に出現した翡翠色の壁がアイの行手を阻む。
「くっ・・」
制動が間に合わず、アイの体が翡翠の壁に叩きつけられる。よろけた体を横たわっていた大木が支え、そのまま地面にへたり込んでしまう。
久しく感じていなかった物理的な痛み。鈍い痛みは体を揺らし、思うように立ち上がることもできない。
「・・錬成」
能力の行使も試してみるが、アイの意思に反して何も起こらない。
「よかった。間に合ったみたいだね」
「おかげさまで、背骨が折れるかと思いました」
「それは悪いことをした」
本心なのかすらわからない飄々とした態度。ちょうどいい高さの岩の上に腰掛け、アイと同じ目線で再び口を開く。
千馬の能力の全貌はおそらく天空側で知っているものはいない。一部判明しているのは、能力の一つである子供部屋に囚われると、べレスの力を一切使用することができなくなるということ。戦闘能力においても、ヘイジと同等かそれ以上と言われることから、今対峙しているこの男は力のほんの一端だけでアイを圧倒していることになる。
「私になんのようですか」
「冷たいな。俺は懐かしくて話したいことはやまほどあるんだけど・・まあ、俺としても少々急がなくてはならない。単刀直入に話そう」
真っ暗闇の中でも、わずかな光を反射して千馬の青白い肌が怪しく光る。
「俺たちの仲間にならないか」