君は何を求めて生きるⅠ
カエデの瞬間移動が終わると、灯りもなく足元すら認識できない森の中に放り出された。
「障壁を抜けた。ここからは走る」
「闇雲に探して大丈夫か」
足元すら怪しい森の中で、たった1人の少女を探し出すのは容易ではない。世が明けて時間さえあればいずれ見つかるかもしれないが、それほど悠長にもしていられない。
「いつ向こうの敵の追っ手が来るかわからない。急ぐよ」
「追っ手?あいつらはコロニーを狙ってるんじゃないのか」
「私としても想定外。あいつらの狙いもどうやらあのガイアの忘形見のようね」
「ガイアって・・諏訪さんのことか」
先行するカエデの背中を追うのがやっとで横に並ぶ余裕はない。しかし、カエデがここまで少しも見せなかった焦りを滲ませている。
背後からは、いまだ獣の断末魔や刃の軋む戦闘音が騒がしく響いている。真っ暗闇の森の中ではもはや方角などわからず、帰る方向だけが今自分のいる場所を確認する方法になっている。
アイが何を思って街を出たのかは、俺にはよくわからない。本当に地上側につき、ヘイジと敵対することが彼女の本心なのだとしても、アイには帰る場所がちゃんとあるのだと教えてあげなくてはいけない。
「本当に母親似で困ったもんだ」
「あれがガイアに似てる?」
「そんな物々しい名前は知らん」
「こんなもやしみたいなやつが、あの化け物たちを従えていたとは・・あんな小さい小屋に一体何をそんなに執着してたんだか」
「俺が引っ張られてたんだ。あの3人は元からすごい人たちなんだよ」
全速力での会話はとても情けない絶え絶えの声だった。
どこへ向かうのか。
私はどこへ行けばいいのか。
どこであれば、私は私として生きていいのかわからない。
真っ暗な闇を歩いていても、確実にこの森には朝日が差す。強者に怯え、息を殺している小さな動物たちも陽光と共に餌を求めて穴蔵から顔を出すだろう。
生きるため。そんな単純で明快な目的のために、あまねく命は1分1秒を必死になって過ごしている。
亡き母の残した影を追い、偉大な母と自分を比べ劣等感に苛まれるような、そんな暇は彼らには1ミリもない。自分でも笑ってしまいそうになる程、今のアイの姿は滑稽に映った。
闇の中で、自身の髪が徐々に光を失っていくことにアイは気づかない。
「みーつけた」
顔を上げると同時に声のした方向に向かって錬成の能力を迷うことなく展開する。強化された錬成は闇の中でも対象を確実に捉える。黒鉄の檻に捕えられた敵は暴れる様子も無く、「あらら」と気の抜けた声を漏らしている。
「意外と元気そうでなによりだよ」
「なんであなたがこんなところに」
捕らえた側と捕えられた側。しかし、捕えているはずのアイの方よりも捕えられている男の方が優位というアンバランスな状態が出来上がっている。
「千馬吉継・・」
「覚えてくれていたようで嬉しいよ。諏訪アイ」