鶏の鳴くまでにⅣ
「そんな馬鹿な。俺の障壁が破られるなんて」
地上の盾として長年不落を守りつづけてきた牛羅。決して彼の障壁は見掛けだけのものではなく、天空側の兵長でも破るには時間のかかるレベルの実力はあった。
本人もいかに格上であったとしても、意表をついた死角からの攻撃であれば、ヘイジ相手でも通用すると考えたからこそ独断で飛び出したのだろう。
しかし、そんな牛羅の攻撃などヘイジが相手では不意打ちすら意味をなさない。悠々と牛羅の巨体をいなして見せ、まるで誘い込まれたようにあっさりと切り伏せられた。
障壁使いを早々に1人排除できたのはラッキーだった。あの団長ですら、10枚も障壁を重ねられれば力技では苦労するだろう。加えて、団長の能力と佐倉の能力は相性が悪い。負けることはないにしても、守りに徹した佐倉を突き崩すのは骨が折れるだろう。ソメイヨシノは佐倉の視界の外に干渉することができなくなる厄介な能力だ。おそらく地上の中でも団長に対抗できるのは、佐倉と千馬くらいのものだろう。その2人を動員しておきながら、いつまでも前線を上げることもなく、まるでこちら側が森に踏み込むことを拒んでいるような・・。
「まさか、お前たちの狙いは・・」
ほんの微かに剣を握る手を緩める。それを見逃さず、佐倉の遠隔斬撃が飛んでくるが、もはや剣で受けることもしない。
「限界超過、兵六魂」
ヘイジを狙って放たれたはずの斬撃が、背後に迫っていたカラスの左翼を切り飛ばす。勢いのまま地上に叩きつけられたカラスはがらがらと情けない声をあげている。
続けて第二第三の斬撃もヘイジの背後に抜け、かすり傷一つ負わせることはない。
「佐倉さん俺たちにも指示を」
「やめておけ、攻撃を集中させようとしても半端な攻撃では、こちら側が削られるだけだ」
兵六魂。セカンドの能力でありながら、地上側のサードでも一対一で敵うものはいない天空の副団長の能力。
その力は、意識を操るというもの。ほんの一瞬、自分の影を薄くしたり、逆に自分以外が目立つようにする。
一見すると、使い道すら怪しい力にも見えるが、その力の本質を見誤った結果がそこにうずくまっている牛羅だ。
「じゃあ一体どうすれば」
「千馬さんが戻るまで耐えるんだ」
千馬ならば、相手がどれだけ強力な能力を持っていようが関係ない。目的さえ達成できれば、勝ち目のない全面対決などする必要はない。
「やはりな。お前らコロニーを攻める気はないだろ」
違和感はあった。明らかに不相応な障壁使いが多く動員されている。それに対し、コロニーの攻撃にまわっているのはカラスばかりで、地上側からは1人として攻撃に参加しているものはいない。
流石にこれだけのカラスを同時に相手するのは不可能だが、コロニーの障壁はこの程度で破られるものではない。カラスしか攻めてこないと分かれば障壁の耐久だけで決着してしまうだろう。
となると、狙いは障壁の向こう側にある。いまだに顔を見せない千馬。過度に動員された障壁使い。森を囲うような配置。森の中には今何がある?地上側がここまでして手に入れたいものが、そこにあるということか。
俺が遠ざけられた理由はなんだ。この人選は、俺が出張ってくることを明らかに想定していない。俺がこないと確信する理由は・・。
「・・アイか」
蒼の話が正しければ、アイは今森の中を1人で彷徨っている。俺たちはアイが地上側に寝返ったものだと決めつけていたが、この侵攻がアイを引き入れるための陽動だとすればすべての辻褄があう。
「全員、障壁に1ミリも隙間を開けるなよ」
作戦がばれたことを察した佐倉が剣を握る手に力を込める。後ろに並ぶ地上の兵たちももはや油断など微塵もなく、簡単には突き崩せそうにない。
「千馬め、またふざけたことを・・」
「通しませんよ」
「いいよ。しばらくカラスでも相手してるから」
踵を返し、コロニーに群がっているカラスに向かって歩き出す。挑発のようにも見えるが、ガラ空きの背中を狙ったところで攻撃が当たらないのではどうしようもない。
「どういうつもりですか」
「どういう意味だ?」
「俺の知ってるあなたなら、俺を殺してでも森に入ろうとするはず」
「そうだな。正直、今からでもそうしてやりたいところだが、俺より頭に血の上ったクソガキが先行ったから、そいつに任せるよ」
「なっ・・おい、ここを通したのか」
「そんなはずは」
カエデの瞬間移動による侵入には誰も気が付いていない。もしかすると、今頃はアイをみつけているかもしれない。
懐に入れていた懐中時計の蓋を開くと時刻は午前2時をまわった頃。日が登るまでまだまだ時間はあるが、日が登った時、彼らがアイを連れて帰れるかどうかはわからない。
「頼んだぜ。店長」