鶏の鳴くまでにⅢ
「話が違う」
1対1000。圧倒的な戦力差かつ、こちらの陣営の勝利条件は大将の到着を待つこと。文字通りの烏合の衆ではあるが、カラス一匹ずつが雑兵ではないレベルの戦闘能力を持っている上に、ただ群れているだけではなく人間よりもはるかに高いレベルの統率力を備えている。
この大群に加え、目的達成のための能力者選りすぐり失敗など考えられないほどの計算された布陣。すべてを灰燼と化す団長シゲヤスが相手だとしても、対策はあった。唯一、懸念されていた人物の登場も、予定通り先手を打って排除できていた、はずだった。
しかし、今、目の前にいるのは、綿密に組み立てられた計画を解れさせる天空で最も鋭い傑物。黒い外套と歪んで鞘に入りきらない異様な刀剣。
「なんであんたがここにいる」
「どこかで見た顔だと思ったが、お前まで出張ってきてるとはな・・」
カラスの襲撃をサラシを巻いたままの刀剣でハエでも払うように落としていく。さすがというべきか、言葉を交わす余裕すら残しているのが恐ろしい。カラスだけでは副団長の意識の半分も割くことは出来ない。
「佐倉さん、どうしますか」
「障壁の強度を上げろ」
「ですが、それだと大将が戻るまで維持できるかどうか」
「構わない。この人は僕が抑える。一瞬でも気を抜けば一気に抜かれる」
この場に副団長ヘイジの名を知らぬものはいない。しかし、その実力を正しく理解しているものは、この場にほとんどいない。
「娘さんはたぶんもう戻らないですよ」
「誘拐犯の言葉なんか聞くか」
こちらの揺さぶりにもまったく耳を貸さないヘイジ。彼の対策として切った切り札も予想外に効果が薄かったようだ。
「少し残念ですね。あなたはそんな冷たい人間だったとは」
佐倉は動揺していた。最強と戦う覚悟はできていたが、恩人と戦う覚悟など微塵もできていない。佐倉の知るヘイジであれば、アイをコロニーの外に出した時点で無力化できたはずだった。アイ出奔の知らせがあれば、天空側の要とはいえ副団長は前線には出てこないだろうと。
「だから、言っただろ、誘拐犯の言葉は信じない」
「なら、何を信じるんです。まさか、神なんて言いませんよね」
「ああ。信じたのは、年上のクソガキさ」
「それは、羨ましいですね」
先手を取られれば勝ち目がないと判断した佐倉は武器を抜くよりも先に駆け出した。同時に、ベレスの力を解放しする。佐倉の能力『ソメイヨシノ』は視界を一つの画面として切り取り、奥行きを無視して干渉することができる。距離をとるほど効果を発揮する力であり、近寄ってしまっては優位性を失ってしまうが、後手に回るほど勝ち筋は細くなるだけだ。
視界を遮らない細く短い短刀をヘイジの間合いに入らないぎりぎりの距離で振るう。鼓膜が震える金属音によってそれが防がれたことを理解するが、間髪入れずに短刀を振るい続ける。
「思い切りのいい太刀筋だが、今日はお前を指導している暇はない」
「佐倉さん、どいてください!」
叫び声に咄嗟に反応し、佐倉は右に体をひねる。そこには、命令に反しヘイジに対し攻撃を仕掛ける兵の姿があった。
「馬鹿!やめろ!」
「いや、それでいい。若いものは、勝算などという面倒なことを考える必要はない」
障壁を支える兵のうちの1人が、張っていたはずの障壁を自分の体にまとわせ巨体を生かしたタックル攻撃を仕掛けてくる。
「こんなオヤジ1人、俺1人で」
障壁を全身に纏っているせいで気が大きくなっているのか、自分の持ち場に戻る様子はない。
「若い。良くも悪くも無鉄砲。よかったな、ここで一つ賢くなった」
自信に満ち溢れていた兵が拳を振り上げる。しかし、それが振り下ろされることはなく、男は地面に倒れ伏した。
「勝てると100パーセント確信した時は、だいたい相手の手のひらの上で転がされてんだよ」
障壁使いが倒れる瞬間、ほんの数秒だけ森を囲っていた障壁に綻びが生じた。そのたった数秒の間に通り抜けた二つの影に、その場にいるヘイジ以外の人間は誰も気が付かなかった。