鶏の鳴くまでにⅡ
「カエデならどうする」
目の前に広がる暗雲。月の光すら覆い隠す黒翼たちは空一面に群がり、星空に暗幕を下ろしている。
「カラスだけならなんとかなるけど、あの奥にいる兵は少しやっかい」
「瞬間移動で素通りできないのか?」
「あの中に障壁の使い手がいる。そいつを倒さないと森に入れない」
「障壁・・町に入るとき通ったあれか」
確か目には見えないが、獣が町に侵入しないように二段階で張られている障壁があるとアイが言っていた。
「でも、急いでアイを見付けないと。流石のアイでも1人じゃ危険だ」
「塩ふってるくらいしか出来ないくせに、どうするつもり」
「それは・・」
当然ながらフィジカルが一般人より強いくらいでは、あれほどの獣の群れに対してできることなどない。まして、戦闘を重ねてきた敵兵とは戦いにすらならないだろう。
しかし、ここでもたつくわけにはいかない。後ろからヘイジが追ってきている可能性もあり、もし両陣営から敵と見做されてしまえばアイを救出することはほぼ不可能になってしまう。
「副団長、どうしてここに」
若い兵が彼の到着にいち早く気づき、驚きの声をあげた。一番若手の兵長ユウイチは、作戦内容と異なる副団長の来訪に思わず身構えた。
「ユウイチか」
緊急事態かと思い緊張した体とは対照的に、ヘイジの表情は戦地とは思えないほど穏やかだ。
「副団長?」
「お前にも酷な命令をしたな」
「・・アイのことは、絶対この戦いが終わったら俺が探しに行きます。今度こそ、首に輪をかけてでも連れ戻します」
ユウイチとアイは幼い頃からの仲だ。アイが一度街を出た時も、ヘイジの代わりに探しにいくと最後まで申し出ていた。当然、今回の作戦にも納得のいかない部分があったはずだ。それを口にも顔にも出さず、胸のうちに押し込めていた。いや、ヘイジがそうさせたというべきだろうか。
「俺より先に、蒼さんがここに来なかったか」
「いえ、見てませんが、おそらくまだ街の中にいるかと。地上側に障壁使いがいるらしく、こちらから攻めようにも切り崩せない状況で」
「障壁使い?」
妙だ。障壁は守りに特化した能力で、今回のような攻城戦には不要な存在だ。地上の尖兵は10人にも満たないという情報がある。街一つ落とそうというのに、これだけの戦力で挑むのは命知らずのようにも見えるが、相手の総大将千馬の力を使うのであれば少数でも厄介な敵であることは間違いない。
「ユウイチ、伝令は任せた。全兵に指示があるまで待機するように伝えろ」
「1人で行くんですか!」
「一対一で、俺が負けると思うのか?」
自信に満ちたヘイジの歩みを止めることは出来ない。本来、副団長ヘイジは慎重に慎重を重ねるほど冷静な男であるはずだが、今はどこか子供っぽさを感じてしまう。
布で巻かれた棒状の得物を片手に、街と大地を繋ぐ橋を悠々と歩く。途中、何匹かのカラスが道を塞いでいたが、嘴を蹴り砕くと泡を喰ったように散っていった。
「見ててくださいよ。俺も、ただ歳食っただけのおやじじゃないんでね」