大人子供
「派手にやられたな」
眼前には灰色の天蓋。打たれた頬は痛みこそないものの、重く響いている。
「・・止めるためにいたんじゃないんですか」
隣にいるジュンイチは混乱しているようだが、なぜかシゲヤスは薄い笑みを浮かべている。まるで、この状況を予想していたかのようだ。
「俺が止めるのはお前だけだ。あいつだけ暴れたところでハエが暴れるようなもんだからな」
やはりというべきか、シゲヤスが残っていた理由は蒼を止めるためではなくヘイジのことを気遣ってのことだった。
「追わなくていいんでしょうか。彼がスパイだった場合、我々の布陣まで漏洩してしまうのでは」
ヘイジを殴り飛ばした蒼は、まるでタイミングを測っていたように現れたカエデの能力によってこの場から逃げおおせた。
「いや、放っておこう。どうせ、街を出てすぐのところで敵が陣を張っている。それですべてがはっきりするだろう」
シゲヤスの言葉は、初めから蒼がスパイではないと決めつけているようだった。
そして、起き上がらないヘイジの顔を覗き込み、わざとらしく首を傾げた。
「まあ、作戦どおり俺がすべて片付ける。お前さんはここで待ってな」
すべてというのは謙遜ではなく事実だろう。この人が動けば、戦力で片付く遍く問題は些事といって差し支えない。終わったでは事実の確認はしようもない。敵陣に誰が布陣しているのか、誰が裏切りものだったのかも、団長による殲滅作戦ではこの目で真実を知り得る機会を永遠に失ってしまうことになる。
団長の言葉はそれらを当然わかった上での発言だ。
「・・まったく。リンドウくんがいないこの状況で」
作戦変更など前線の混乱を招くに決まっている。団長1人なら片付く問題も、代わりにヘイジが出るとなると勝算も勘定しなければならない。
私情以外の理由が思いつかないほど愚策であり、大人であれば当然間違えることのない二択だ。
「ジュンイチ」
「はい」
卓の上に倒れ伏したままの呼びかけにも従順に答えるジュンイチ。兵長である彼を任命したのはヘイジであり、彼の他にもヘイジに信頼を置くものは少なくない。
「余計な気を使わせてしまってすまなかったな」
「いえ、そんなことは。父親であれば当然のことだと思います」
「それも、最後まで貫けない程度の不甲斐ない男だ」
「それで、お前はどうする」
究極の二択。つい先程まで本気でそう思っていたが、なぜか今は選択の余地すらないほどはっきりと意思は決まっている。
ようやく起き上がったヘイジは、席に置きっぱなしになっていた黒い外套に袖を通した。
「すまないが、総大将はお譲りします」
「おう。行ってこい、クソガキ」
いい終わるが早いか、ヘイジは闇の中にかけだしていた。