内通者Ⅱ
「嘘だ」
「これだけ状況証拠が揃っていて、事実彼女は戻ってこない。残念ですが、擁護できません」
ヘイジの言葉を否定するものは誰1人としていない。彼に誰も反抗できないのか、それともこの場の全員の意思なのか。アイが兵団の裏切り者であることを誰も否定しない。
「予定通り、俺が前線部隊に合流する。ヘイジ、お前はここで後方支援だ」
「・・よろしくお願いします。ジュンイチ、団長から離れるなよ」
「了解しました」
話は終わったつもりなのか、彼らは出陣の準備を進めていく。依然として拘束されたままの俺はそれを黙って見ていることしかできない。
「鈴村くん、本当にそれでいいの」
「俺の意見なんて関係ありません。この席に座っている以上、俺はこの街の安全を優先させる。あなたのように、感情を優先させるようでは、大義を成すことはできないんですよ」
聞く耳を持たない。というより、それこそが絶対であり、それ以外は切り捨てている。
「前はもっと無鉄砲で自信家だったのに、可愛げがなくなったね」
「この歳になってそれでは困ります」
当時のヘイジは夢を追いかける、直情型の青年だった。客相手でも素直に対応してしまうせいで問題も多かったが、そこが彼の美点でもあった。
「なんか、前にもこんなことあったような気がするんだけど」
「さあ、もう30年近くも前のことですから覚えてませんね」
「前の君だったら、何も考えずに飛び出してたよ」
今の彼には、アイ以外にも守らなければいけないものがたくさんある。それは、俺が理解できる範囲でもなく、当然無視できるものではないはずだ。
「俺が知ってる鈴村くんは一番を大事にする男、じゃなかったかな」
「さあ、なんのことだか」
ほかの隊長たちはすでに部屋を出て、この場には俺とヘイジ、あとは口を閉ざして2人の成り行きを見守るシゲヤスと付き人のジュンイチの4人だけが残っている。
部下がいなくなったことで多少言葉も堅苦しさはなくなっている。それでも、どうしても彼が本音で話しているとは思えない。
「団長は行かないんですか」
「お前らが本気で喧嘩したら、止められる人間はいないからな」
呆れ顔で頬杖をつくシゲヤスは本気なのか冗談なのかわからない調子でそんな風にいう。
「こんな状態でどうやって喧嘩すんの」
シゲヤスの能力で拘束された体は、神経を座標に固定されたようにピクリとも動かない。ただでさえ副団長が相手だというのに、こんな有様では絵面としては拷問と呼ぶ方が近いだろう。
「本当にいいのか」
「くどいですね」
「何度だって言ってやるさ。俺の知ってる鈴村くんは絶対こんなふざけたことを言う人間じゃない」
「いつまで旧時代を生きているつもりですか」
ヘイジが一歩前に出る。手を伸ばせば届きそうなほどの距離まで近づき、ここにきてようやく感情的な一面を見せた。
「俺はカナエが残したものを守らなければいけない。彼女が命をとして守ったこの世界を、俺が繋いでいく。俺はもう、あの頃のようなバカなことはしない。利口な大人になったんですよ」
捲し立てるヘイジの言い分を俺は黙って聞く。亡き妻から受け継いだ想い。持ってしまった力と義務との間で板挟みになった苦悩をやっと吐き出したように見えた。
利口な大人ね。
「バカだった子供が今は利口な大人にね」
「皮肉を言われても俺は約束をとります。どうせあなたには何もできません。そこで大人しくしていてください」
ヘイジが俺から目を背けた瞬間、彼は会議の行われていた卓の上に叩きつけられた。
生まれて初めて人を撃ち抜いた拳は想像していたよりも痛み、なんとも言えない不快感が全身を襲う。
「俺も約束、忘れてないよ。だって俺からすれば、たった二週間前の話だからね」
指先に残っている拘束をべレスの力で無理やり握り潰す。
「お利口さんな大人になったつまんない鈴村くん」