地球最後の日に食べたいものは?Ⅲ
前回レビューいただきました。
初めてのことで感激です!よかったらそちらの方もご覧ください
彼女は非の打ち所がないほどに美しかった。
妖艶な光を放つアメジストをはめ込んだような瞳。火に照らされた白い肌は、荒れがまったくなくまるで作り物のようだ。
だが、彼女が人間として俺のいた世界に存在するかと言われれば、そんな人間はみたことがない。造形の美しさもそうだが、色素や体のパーツの端々に一般的な人間である俺との相違点が見られるのだ。
「ふっ・・やっぱり、あなたから見れば私は化け物にでも見えるのかしらね」
彼女が口の端を緩める。しかし、笑ってはいるが誰に対してなのか皮肉めいたものを感じる。
確かに、魔法を使う時点で生物としての次元の違いすら感じさせる。その違いを化け物と表現するのも、間違ってはいないと思ってしまった。
何も言わない俺に特に表情を変えることなく、彼女は続ける。
「正解。私たちはあなたのような純粋な人間に比べれば丈夫さや力が比較にならないほど強い。つまり、正真正銘の化け物ってことね」
「つまり、君は望んでそんな姿になったわけ・・」
「そんなわけないじゃない!」
食い気味に言葉を阻まれ、ごめん、と目を泳がせる。
「・・こうしている間にも、人間から魔人になってしまった人がいる。まず肌の色が抜け落ち、耳が変形して、最後に瞳の色が紫色に変色して完全に魔人化する」
今一度、彼女の瞳を注視する。カラーコンタクトではないそれは自ら光を放っていると錯覚するが、それはこの世界に住む人間たちからすれば美しいどころか、憎悪の対象なのだろう。
「魔人たち、私たちはベレスって呼んでる」
「ベレス・・」
復唱してみるが、まだ理解できないことが多すぎて恐怖の感情までは湧いてこない。それが幸か不幸かはわからないが、今の状態では麻痺しているくらいがちょうどよかった。
「どこから来たのか、どうして人間がベレスになってしまうのか、残念ながらわからない。けれど、べレスになる条件だけはわかってる」
口の中が一気に乾いていくのを感じる。息を呑もうにも、喉が硬ってうまくいかない。
「食べること。この森の植物、動物には人間が口にすると蓄積される魔素が含まれている。解毒の方法はなく、食べるごとに少しずつ蓄積され徐々に魔人化が進んでいく」
「・・元に戻る方法はないの」
「解毒方法はないと言ったでしょう」
不意に、先ほど叩き落とされたオランジュの実に視線がいく。実は皮が破れ、中の鮮やかな色の果肉から爽やかな香りを醸している。地面に吸い込まれていくそれを見て、たった数秒前まで豊かに見えていた森が一瞬、腐敗した別世界に見えた。
異世界転生する小説の主人公たちは今の俺のような絶望を味わってきたのだろうか。元の世界にいた頃の生活はもちろん楽しいことばかりじゃなかったが、それでも自分なりの努力で自分の居場所を作ってきた。しかし、それは誰かの意図なのか突然奪われた。
「まあ、しょうがないか」
「・・本当に理解できたの?流石に素直すぎるんじゃない」
あまりの切り替えの速さに訝しんだ様子で彼女が問いかける。
「流石にショックだよ。でも、これ以上悩んでもしょうがないだろ?」
踵を返し、手頃な棒を拾い上げて焚き火の中に突き刺す。芋の加減を棒の先の感触で確かめるが、まだ芯が残っているようであと数分はかかりそうだ。
「これは俺が持ってきたものだから、そのベレスってのも関係ないよな」
「・・多分」
まだ彼女は納得がいかないという表情だ。しかし、いまさら危機感を持てと言われたところで、俺にはどうすることもできない。
「なんで、そんなに冷静でいられるの。もしかして、私みたいに能力を使ってみたいとか考えてるのかしら。だとしたら、バカとしか言いようがないわ」
「冷静じゃないよ。能力には正直興味があるけど、君が言う通りさすがにそれはバカすぎる」
「ならどうして」
俺の楽観的な発言が気に障ったのか、彼女は声を荒げる。飛びかかってくることはなかったが、あの刺すような視線に込められた感情はすでに身を持って理解している。
「これまでも人生をかけるような決断がなかったわけじゃない。差し当たっては、この焼き芋が美味ければ、特に絶望なんかはないよ」
へらへらと笑いながら、散らかった火を芋の上にかき集める。
「もしかしたら、あなたがこの世界で最後の純粋な人間かもしれないのよ。それをちゃんと理解して・・」
「なら、俺がそのベレスの解毒方法を探してやる」
彼女の言葉を遮り、今度ははっきりとした口調で言い切る。突然の反撃に呆気に取られたのか、彼女は言いかけた言葉すら霧散してしまったように口を開けている。
「・・そんなこと、できるはずない。そんな、そんなこと・・」
「じゃあ、どうして君はほとんど魔人化してしまってまで、頑なに食べようとしない?もしかしたら、人間に戻ろる方法があるかもしれないと思ってるからじゃないのか?」
正直、俺の発言は無責任でこれと言ってあてがあるわけでもない。しかし、彼女の表情を見れば、彼女が本気でそれを望んでいたことはわざわざ聞かなくても理解できた。
「できる・・のかな」
「しらね」
そんなことよりも、俺は今目の前にある焼き芋がそろそろ食べ頃であることの方が重要だ。落ち葉の焼ける匂いに混じって、ほんのりと甘い匂いが鼻口を擽る。1つを棒で突いて火から離し、中を割ってみると芳しい蒸気と濃厚な果肉が顔を出す。
それを堪能する間も無く、芋は手の中から消え失せた。串刺しにされた芋が、森の木々をすり抜けあっと言う間に視認できない距離まで飛んでいった。
「ふざけてる場合じゃないの。簡単に言わないでよ。私がどんな・・どんな想いで」
彼女の言葉がくぐもる。怒っているのか、泣いているのか。もしかすると両方なのか、彼女の目は熱を持っている。
「それは、悪かった。でも、落ち込んでる暇なんてないよ」
2つしかなかった芋は残念ながらあと1つになってしまった。もう1つの芋を崩れないように取り出し、彼女が作った杭に突き刺し、彼女の方に差し出した。
「俺だって落ち込んでるよ。もといた世界で、俺は店を出してた。みんないい人だったし、正直今でも帰りたいっていう未練もある」
ふと、昨夜の光景が瞼の裏に映る。しかし、今ではそれが夢で、この世界が現実だ。
「悲しくても、嬉しくても腹は減る」
ぐう、と可愛らしい悲鳴が彼女の方から聞こえる。それを誤魔化すように、食いに刺さった芋を強引に外し、俺を真似て中から半分に折る。
「あなた、名前は」
「川﨑蒼《かわさきあおい》。君は?」
「アイ」
「アイか。これからよろしく」
アイは返事はしなかった。その代わりに、半分には割った芋の片割れを俺の方に差し出した。俺が貸してあげたアウターのフードで顔を隠してしまったが、芋を頬張るアイの頬を伝うそれを俺は見逃すことができなかった。
「今度は1本丸々食べれたらいいな」
芋は少し焦げていたがねっとりと甘く、空腹の胃を満たした。しかし、最後の晩餐にするには流石に質素すぎる気がした。