内通者Ⅰ
「どうして止めるんだ」
ヘイジの口から出た意外な言葉に、俺は思わず言い返していた。机の上で手を組み、澄ました顔でいう彼は本当に自分の発言の意味がわかっているのだろうか。
「その様子だと、本当にあなたはなにもしらないようですね」
ヘイジの目には、茜屋で見せたような陽気さはかけらもなく、そこに佇むのは数十年戦ってきた相だ。生み出される圧に、兵長クラスの面々も緊張で動きが硬い。
シゲヤスの時も感じた強者の圧力だが、シゲヤスが押し潰されるような圧力だとすれば、副団長ヘイジが放つのは刺し貫かれるような、冷たく鋭い。
「いま、ブラッククロウの襲撃の話をしたが、もう一つ、示し合わせたように動きだした輩がいる」
ヘイジの隣に腰掛けるシゲヤスが口を開く。俺としては、ヘイジにはまだ言いたいことがあったが、彼の方はもう言うことはないとばかりに口を閉ざしている。
「敵なの」
「ああ、カラスよりも明確に敵意を持った相手だ」
室内の空気が一段階重くなる。まだ納得でき流状況ではないが、ただならぬ空気に矛を収めるしかない。
「だが、話をする前に」
シゲヤスはそこで言葉を切り、正面に立つ俺をまっすぐに見据えた。
「限界超過、『締』」
突然、体の神経にハリガネを通されたような不快感が体を襲う。皮膚が空中に縫い付けられたように硬直し、首から下はまったく自由が効かない。
しかし、俺にはこの状況に見覚えがあった。
「な、どうして」
「悪いな。この場のものたちを納得させるためにも、ここは大人しくしていてくれ。俺はお前のことを信じている。だから、黙って話を聞いてろ」
シゲヤスの能力。剛腕のリュウゲンがまったく抵抗できなかった相手の自由を奪う力。俺の胴回りほど腕の筋肉が発達したリュウゲンでさえ相手にならなかった能力に、抵抗できるはずもなく俺の体は1ミリのあそびもなく縫い付けられている。
「ブラッククロウはこのまま前線の兵長たちに対応を任せる。そして、地上の尖兵は大門から1キロの地点に陣を敷き、総大将シゲヤスのもと防衛戦を展開。勝利条件は、総司令千馬吉継の確保または討伐だ」
切口上なヘイジの言葉を、各兵長らは一言一句漏らさぬよう聞き耳を立てている。誰1人として疑問を呈するものすらいない。
「地上、千馬って相手は人間なの」
「そうだ」
ありえないと言おうとしたところで、アイが言っていたほかの二つのコロニーのことをおもいだした。ここ天空のコロニーの他に、地上と海。
「つまり、相手は人間」
「ブラッククロウは知能は高いが、流石に人間と談合できるほどではない。それに加え、今回はリンドウの能力が喪失しているせいで、敵の発見から伝達までそうとうのロスがあった。つまり、地上の人間に通じている内通者がこの団のなかにいたということ」
空気が凍りつく。この場にいる人間の視線が俺1人に注がれ、押し潰されそうなほどの圧迫感が襲いかかる。
「俺は何もやってない!」
「わかっています。ここに至ってまだコロニー内に留まっている理由はない。だから、その内通者として最有力なのは」
口の中が水分を失い乾く。息を飲むことすらままならない状況で、言葉も出ない。それを否定したくてもできず、俺にできるのは最悪の想像が実現されないことを願うだけ。
「内通者はアイです」