母の影Ⅲ
空が夕闇に飲まれていく。昼間は人で溢れかえっていた広場には灯りの一つもなく、人の姿も見当たらない。
森の方からした轟音も、断続的に続いている。何が起こっているのかわからないまま、俺の知らないところで確実に何かが進行している感覚。
「君、逃げ遅れたのか?住民は北地区に向かってる。君も早く逃げ・・ってたしか君は」
駆け寄ってきたのは、兵長のジュンイチ。会議の時は帯剣しているだけだったが、今はプレートの胸当てに丈夫そうな革製のコートを纏っている。
「たした、アオイくんだったね。君はここで何をしているんだい」
「店で出す料理のために食材集めに。アイも一緒だったんですけど、外ではぐれちゃって」
ジュンイチが剣に手をかけ、いつでも抜ける体勢で身構える。まだ状況が理解できない俺は、質問に正直に答える以外に選択肢もない。
「アイ・・まさか・・でももしそうなら」
ジュンイチはかすかに聞き取れるほどの声量でなにかを呟いている。アイの行き先に心当たりがあるのか、いなくなったことにもそれほど驚いた様子もない。
「わかった。とりあえず、ここに長居するわけにはいかない。兵団本部に向かうからついてきてくれ」
「わかりました」
一瞬、アイを探すことを進言しようかと思ったが、それよりも早くジュンイチは走り出していた。
「蒼、きたか」
「吉野さん」
見慣れた顔がようやく見つかり、混乱していた頭が少し落ち着きを取り戻す。しかし、その撓んだ気はすぐにまた張り直される。卓を囲んでいるのは、兵長および団を率いる団長副団長と錚々たる面子。ここにきて数日ではあるが、彼らの存在の大きさは理解しているつもりだ。
それこそ、異邦のものの襲来レベルの出来事でなければ集結することはない。つまりはそれほどの異常事態が今まさに起こっているということになる。
「アイはどうした」
「それが、森の方から轟音がしたと思ったら、アイの姿が消えてたんだ」
「そうか」
シゲヤスの声は重い。そのほかの面々も眉間に皺を寄せ、厳しい顔で俺の言葉に耳を傾けている。その中でも、ヘイジの表情は一際厳しく、その眼光だけで圧死させられそうなほどだ。
「店長・・いえ、アオイさん。時間がないので重要な部分だけお話しします。現在、天空のコロニー、スカイリアルはブラッククロウの群れによる襲撃により、南の森林地域で第3、第4部隊が交戦中。街の住民たちは、最前線から離れた北地区に避難してもらっている」
「ブラッククロウ・・もしかして、アイが言ってたカラスのことか」
「それは話が早い。わかっているとは思いますが、この世界のカラスは群をなすことで空の支配者となっています。一羽ずつならば兵長1人で十分対処できるレベルですが、群れとなると兵長単騎ではさすがにきびしい」
よくみてみると、カイとケイゴの姿がない。現在戦闘を行っているという部隊の兵長が彼らなのだろうか。
「俺もいく。さっき言った通り、外でアイと逸れたんだ。探しに行きたい」
「それは許しません」
ナタを振り下ろすようなばっさりと切り落とす断言。
俺はここでようやく気がついた。自分がいる場所が、被告人を裁く証言台であることに。
灯りは落ち、進む道を照らすものはなにも無くなった。道なのかも不確かな場所をあてもなく彷徨い続けている。
私にはなにもない。
ようやく見つけたと思った希望すらも、母の影に埋もれているただの幻想だった。
誰も私を必要としていない。能力も容姿も、結局は母の代替え。
「お母さん・・やっぱり私はお母さんにはなれない」
私にできることは、全てお母さん1人でできてしまう。
母の最後の言葉すら、呪いに聞こえるほどに、私は私が嫌いで仕方がない。