母の影Ⅰ
「痛い」
シゲヤスに殴られたところが脈を打っている。アイのバイトが決まったことで舞い上がった俺は、アイを抱えたまま地上10数メートルはあるロフトから飛び降り、門の目の前にクレーターを作ってしまった。当然というべきか、厳しい顔をしたシゲヤスが現れた時、ようやく冷静になったのだが、その時にはすべて遅かった。
「バカなんですか。いくらサードとはいえあの高さから飛び降りるなんて正気とは思えない」
隣を歩くアイも流石に肝を冷やしたのか、顔を真っ赤にしている。
「自分でもあんなことするなんて驚いてるよ」
自分の体が丈夫になっているからこそ、あの高さから飛び降りても足が少し痺れる程度で済んでいる。しかし、元の体であればバラバラになっていてもおかしくない。明らかに感覚が麻痺している。
「まったく」
アイは呆れ果てた様子で、もはや小言すらなかった。
「それで、どうするつもり?食べ物を売るって言っても、材料なんてほとんどない。あるとしても、コロニーの外に出て、食べられる獣を探すくらいしか方法はないわ」
「そういえば、この街の人たちは普段どんな食事をしてるんだ?」
初めてアイと会った時、彼女は森の中で飢えに苦しんでいた。木の実は口にした瞬間に髪が真っ黒になることを身をもって体験しているが、それ以外の食べ物となるとまだ捕獲の経験はない。
「街の北側が農作地になってるの。そこで野菜は作ってる」
「だから、肉は狩りしかないわけか」
たしかに、外で見た獣たちはどこか既視感のある造形の動物ばかりだった。あれが旧世界の動物たちが人間のいない世界で進化した姿なのだとすれば納得はできる。
「アイ。今からコロニーの外に出ることはできるか」
「外に?兵団に申請すれば大丈夫だとは思うけれど・・まさか、今から行くの?」
「材料がないと何もできないからな。店でも一つ試してることがあるけど、牛や豚がいたらぜひ欲しい」
定食を食べるとしたら米は必須として、あとはメインが必要になる。そして、茜屋の人気メニューは圧倒的に肉料理に偏っていた。
「さあ、日が沈むまでには帰りたいから急ごう」
見渡す限り芝生の草原地帯。北の大地を思わせる広大な草原に寝転びそうになる欲求を抑え、アイの案内について歩く。
「この辺は獣も少ないんだな」
「頭、突かれないように。この辺はたしかホワイトヘッドが確認されてます」
「ゲームのボスみたいなネーミングだな」
「さすがのあなたでも、上空1000メートルから落ちれば少しはバカが治りますかね」
「辛辣」
空から襲われるとすれば、ワシやタカだろうか。そういえば、白頭鷲という種類のワシを昔図鑑で見たことがあるような気がする。両翼を広げると本当に怪物のような大きさだったと記憶しているが、それがこの世界だとさらに巨大化しているのだろうか。
思わず上空を確認してみるが、それらしい影はなく胸を撫で下ろす。
「そういえば、カラスの群れが見つかったって緊急任務が最近出たらしいので、もしかするとカラスに棲家を追われたのかも」
「カラス?」