彼方の空色Ⅲ
窓の外に見えるのは、夕方の空。まだ、背が低い俺の目線からでは、地平線を望むことはできず、その景色を見ることができないことが歯痒かったことを覚えている。
隣に並んでいるのは、赤みがかった茶色の髪の少女。背は俺よりも高くて、俺にないものをなんでも持ってる不平等に血を分けあった双子の姉。
「あか姉は海見える?」
「うん。きらきら光ってて綺麗。あおには見えないの?」
「空しか見えない。つまんないよ」
なんでもそうだ。俺にはできないことでも、姉の茜にはできてしまう。まったく同じ時に生まれ、同じように生活していても、見えないところで少しずつ茜の方が前に進んでいる。それをずるいなどと思ったことはなかったけれど、何も思わないほど子供らしくない子供でもなかった。
「しょうがないな」
そういって茜はベッドの横にあった椅子を持ち上げ、窓際によたよたと危なげに揺れながら運ぶ。重たくて俺が持ち上げられなかった椅子を茜は転びそうになりながらも、俺のために運んでくれた。
「これで、あおにも見えるでしょ」
姉の満面の笑みは、弟だけに向けられている。その笑顔に手を伸ばし触れようとするが、その手は何に触れることもなく空を切った。
夢か。
意識が朦朧とする中でも、それが夢であることはすぐに理解できた。何度目かわからない少年時代の夢にわずかに後ろ髪をひかれつつも重たい瞼に力を込める。
どれくらい眠っていたのだろうか。目に入る陽光は真上から差していて、うすっらとした雲が流れている。
「起きましたか」
ぼんやりと空を見上げていると頭の上から声がした。
「・・アイ?」
「そうです。そろそろ、この手を離してもらえる」
ようやく肌色の境界線がはっきりしだしたところで、俺はようやくアイの頬に触れていることに気がついた。夢の中で伸ばして誰にも触れられることのなかった手に、たまたまそこにいたアイが捕まってしまったのだろう。
「悪い。今、どんな状況」
「今日から働く新人に、早くも手を出したクズ店長の図、といったところでしょうか」
「それは勘弁してくれ」
冤罪ではないところが問題ではあるが、この世界の司法に裁かれる前にアイの親父に捌かれてしまう。
「俺、なんでこんなところで寝てたんだ」
「知らない。シゲヤスさんが面倒だからって私に押し付けていったわ」
そういえば、シゲヤスと話していてそこからの記憶がない。おそらく、そのまま眠ってしまったんだろう。
「ありがとう。・・新人?」
「そこで思い出すんだ。はい。兵団にはしばらく戻れないでしょうし、正式に処分が決まるまでですがお世話になろうかと」
微かに残っていた眠気が完全に吹きとび、俺はベンチから跳ね起きた。
「本当か!」
「はい・・一応、後で父にも報告はしますが、ちょっ!?」
答えを聞くが早いか、俺はアイの細い体を抱え上げ、駆け出していた。