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リンドウの花

「戻りました」

 ほんの10分ほどでカゴに氷を入れたアイが帰ってきた。しかし、玄関にはもう1人、アイ以外の姿があった。

「こんにちわ」

「なんだリン、お前も来たのか」

 ひらひらと手を振って挨拶をするリンドウに、蒼も手を振って返す。

「こんにちは、リンドウさん・・」

「どうかしましたか?」

 物腰柔らかな口調は非常に大人っぽく、同い年とは思えないほど品がある。昨夜は見張りとして見ていたためか、多少圧迫感があったが、今は穏やかな女性という印象だ。

 首を傾げるリンドウの姿が記憶の中の少女と重なり、俺はシゲヤスの言っていたことが事実なのだと確信した。

「蛍《けい》ちゃん?」

 首を傾げながらという、なんとも自信のない問い。しかし、彼女の表情の変化がそれを肯定していた。

「覚えててくれたんですね」

 思い出せなかったのも無理はないと、自分を擁護したくなる。それくらいに、彼女の姿は大きく変わっていた。というか、記憶の中の林藤蛍《りんどうけい》は3歳で、ようやく言葉を覚えたくらいの幼子だった。

 今、目の前に立つリンドウと同一人物と、何の情報もなければ一生気が付かなかったかも知れない。それくらい、彼女の成長は衝撃的だった。

「変な感じだね。俺には、一昨日まで子供だった子が、突然大人になるんだから」

「私も、全然気が付かなかったのでびっくりしました。でも、今見てみると蒼さんも案外子供っぽいんですね」

 リンドウの隣にいるアイが鼻で笑った声がした。

「おい、なに笑ってる」

「別に」

 取り繕ってはいるが、笑いを堪えきれていない。まだたった1日の付き合いではあるが、俺の印象がアイの中ではすでに確定しているらしいことはわかった。

「まあ、とりあえず2人とも座れ」

「はい。川﨑、これ」

「おう、ありがとう」

 手渡されたのは手のひらに収まるくらいの小さな袋。中に氷が入っているのか、袋越しでもひんやりと冷たい。ひりひりと痛む左手に当てると、一瞬刺すような痛みが走ったが、徐々に痛みが和らいでいく。

「2人とも、俺の左手を犠牲にして完成したカルメ焼きを味わってくれ」

 カゴの中に入ったカルメ焼きを2人は珍しそうに眺めている。警戒されるかと思ったが、2人ともそれぞれカルメ焼きを手に取り、口に運ぶ。

「懐かしいですね。たしか、昔ここで一度みんなで食べたことがありましたよね」

「甘い」

 2人にとっても鮮明な記憶として残っているのか、なんでもないカルメ焼きを一口一口大切に口に運んでいく。

「俺の力って結構なんでも出せるから、今度は他のお菓子にも挑戦してみようかな。ねえ、鈴村くん」

「なんで俺に聞くんですか。俺、甘いものより、酒にあうものの方が・・そうだな、からあげとかがいいですね」

「からあげかあ・・そういえば、ここに来る前の夜、親子丼作って文句言われたの思い出した」

 わざとらしく嫌味を含め、ヘイジの顔をうかがいみる。

「・・はあ、そんな気を使わなくても、もうアイを責めるつもりはないですよ」

「そうなの?」

「なので、気持ち悪い演技はやめてください」

 辛辣なものいいに、自分らしくないことをしているという自覚はありながらも多少気恥ずかしさを覚える。慣れないことはするものではないか。

「お父さん」

「簡単に許せることではないが、お前が外に出なければ店長が俺の知らないところで野垂れ死んでいたかもしれないからな。お前のおかげだ」

 相変わらず、素直ではない言い訳っぽい言い方ではあったが、どうにかこの親子の確執も緩和しただろうか。

「よかったな、アイ」

「うん・・ありがとう」

 声は小さく、父の前でまだ萎縮しているが、少し安心したのかカルメ焼きを食べる顔がすこし綻んでいる。

「ただ、一つ店長には忠告を」

 突然声を低くしたヘイジに再び空気が凍りつく。アイは当然ながら、俺さえもたじろいでしまうほどの圧を感じる。

「アイはまだ17になったばかりです」

「はい」

「なので、もし娘に手を出そうとしたら、2度と包丁も握れないようすべての指を落としますので覚えておいてください」

 なにを馬鹿なことを、と笑い飛ばしてやりたかったが、ヘイジの眼光が冗談ではすまないことを言葉にせずとも明確に語っていた。

 俺は黙ってこくりと頷き、それを確認したヘイジがよしと頷く。店長に対し、ここまで殺気のこもった目を向けるとはと言いたかったが、これも冷静に喉元まででとどめた。

「それじゃあ、私とあおくん私と結婚しませんか」

 思いがけない横槍に吹き出したのは、俺ではなくシゲヤスだった。ずっと静観し、ことの成り行きを見守っていたシゲヤスも孫のあまりに脈絡のない求婚に冷静ではいられなかったようだ。

「なにを馬鹿なことを。お前もまだ子供だろう」

「もう27よ。それに、団長の孫ってだけで、ほとんどの人は怯えて近寄っても来ないんだから」

 祖父と孫の和やかな会話。さきほどの親子喧嘩に比べればいくらかマシではあるが、その間に俺を挟まないでもらえると尚よかったのだが。

「蒼。わかってるな」

「・・ちなみに、罰はいかほど」

「2度と飯を食えんように舌と歯をすべて抜く」

「・・この親たちは」

 こうして、俺自信はまだなにもしていないというのに、全ての指と舌、歯を賭けることで、馬鹿親たちの脅威から解放された。

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