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重曹を舐めるⅡ

「あった」

 調理器具の入った棚から取り出したのは、そこの焦げた手のひらサイズのお玉。

「もしかして、何回か作ったことある?」

「ああ、昔は砂糖も手に入ったからな。まあ、もう10年以上前の話になるけど」

 10年以上埃を被っていたのかと思いきや、案外そう言うわけでもなさそうだ。よく見てみると、水桶に浸かった砥石や包丁跡のついたまな板もあり、なにもかもが旧世界に置いてきた茜屋そのままだ。しかし、10年というタイミングが気になり、それ以上深くは聞かなかった。

「でも、やっぱり膨らませるの難しいよ。卵は滅多に手に入らないから卵白ないけど、どうするんですか」

「それはご心配なく。本当に幸いだが持ち合わせがある」

 先ほど冷蔵庫に入れたばかりの卵を取り出す。

「なんで有精卵をたまたま持ち合わせてる状況があるんですか」

「俺も初めて食べたけどあんまり違いわからなかったな」

「それ答えになってないですよ」

 卵を一つボウルの中に落とし、卵白だけをスプーンで掬い取る。砂糖の他にもう一つ、能力を使って錬成した白い粉を同量取り出し、卵白と混ぜていく。

 ほんのりと黄色い重曹の塊ができると、だいたいの準備は完了だ。

「なんか懐かしいですね」

「俺にとっては、ついこの間の話なんだけどな」

「それは店長だけですよ」

 ヘイジの声は低かった。口調や仕草こそ当時の面影が残っているが、この24年が決して平坦なものではなかったのだと物語っている。当時染めていた頭髪の色は当然残ってはおらず、一筋の白髪が光っている。若く粗野な印象だった鈴村からは想像もできない落ち着いた雰囲気がある。

「大人になったねえ」

「ただ歳食っただけですよ。頭の中は大して変わってやしません」

 たしかに、人の話を否定するところは捻くれていた頃の彼を思わせる。しかし、その成長の過程を全く見ていない俺には彼はすでに立派な大人で、人の親の姿にしっかり変わっている。

「なんかいいねえ」

「なんですか突然。その顔やめてください」

 ヘイジが顔を引き攣らせ、抗議する。自覚はなかったが、今の俺の顔はそうとう緩んでいたらしい。

「・・何がそんなにおもしろいんですか」

「面白いさ。できれば、結婚式にも仲人として出席してやりたかった」

「バカ言わないでください。店長がいたら、あいつはきっと・・」

 そこまで言って、ヘイジは黙った。もし、その続きを口にしていたら、さすがの俺でも感情を抑えるのは難しかっただろう。

「バカ言ってるのは鈴村くんの方だろ」

「はい。確かに今のはよくなかったですね。本当にすみません」

 素直に謝るヘイジ。見た目には若僧がおじさんを叱っているように見える。

「それもらしくないな。昔の君なら、失恋した俺をあーだこーだ煽りそうだ」

「ふっ・・流石にそんな子供みたいなことはしませんよ」

 息を抜くようにヘイジが笑う。ようやく緊張の糸が解れた感じだった。

「・・アイももう大きくなりました。この町では年齢関係なく、力を持ったものが評価されます。だから、あの子はもうとっくに一人前なんです」

 気恥ずかしかったのか、放り出してあったおたまをもちあげ、コンロの火を点けた。兵団の厨房にあったガスコンロも素晴らしいものだったが、ここに備え付けられているものは、それをはるかに上回っている。この世界に似合わないオーブン付きのガスコンロ。もちろん、旧世界の茜屋でも愛用していた思い入れのある機材だ。

 ヘイジは砂糖を一握りおたまの中にいれ、そっとガスコンロの火におたまを近づける。すぐに砂糖が溶けはじめ、ほんのりと焦げ色がつき始める。ふっと甘い匂いが香り、期待のボルテージは一気に上がる。

 ふつふつと泡が出たところで、先ほどの重曹を小指を爪先ほど入れ、そのまま勢いよくかき混ぜる。琥珀色で透明感のあった砂糖はぼこぼこと泡を出し、もとの3倍くらいの大きさまで膨らむ。

「うまいね」

「まあ、これくらいはできるさ」

 かつっとおたまの底を台に軽く打ちつけると、見事に焼きあがったカルメ焼きが転げ落ちる。

「いまなら、店長よりもうまいかも」

「言うねえ」

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