ある日の晩酌
「なにが悲しくて、80過ぎた爺さんと毎年飲まなきゃならんかね」
もう何度目になるかわからない愚痴をこぼし、盃の酒を一息に煽る。旧世界にいたころには缶酎ハイのような甘い酒ばかり飲んでいたが、この世界でそんなものが作れるはずもなく、果実や米からできた自然な製法の酒を仕方なく飲んでいる。
「いやなら他所に行け。だれもお前を呼んだ覚えはない」
「意地悪いわないでくださいよ」
ただのバイト先だった場所。当時、なにものでもなかった俺が、所属していた劇団以上に入り浸っていた場所は、20年であっという間に埃っぽくなってしまった。
「また、店やろうとか思わないんですか」
本音半分じ、冗談半分の質問をシゲヤスに投げかける。現状、人類が生き抜く防衛の要、兵団の副団長から団長に対する問いとしておかしなことなどもちろん理解している。
それを、わかっているシゲヤスが即答しないことも、俺だけは理解している。
「・・ここは、蒼がつくった場所だ。俺がいまさら茜屋をどうこうしようとは思わない」
「そうですか」
世界最強の男。シゲヤスがなにと引き換えにその力を手に入れたのかを知らない民衆は、彼のことを英雄と持て囃し、常に最前線で戦うことを要求している。彼が、なぜそんな業を背負うことになったのか知りもしない人間の笑顔を見ていると、湧いてはいけない感情が顔を出してしまう。
コップになみなみと注いだ酒を一息に飲み干し、頭の中をからっぽにする。
「お前も、慣れないことして苦労してるな」
「もう慣れました。さすがに、もう10年になりますからね。弱音を吐くのもこの日だけ。明日からはまじめな副団長やりますよ」
「アイも頑張ってるんだ。とっくに兵長クラスの実力はあるだろう」
「・・いいんですよ。アイはまだまだ子供です。外に出たら、あっという間に死んでしまう」
「まあ、そういうことにしておこう。しかし、もう16だろう?そろそろ親離れする時期じゃないか」
「今日は本当に性格悪いですよ。俺より強い奴にしか娘を渡すつもりはないんで。でも、まあ・・」
そこで一度言葉を区切る。酒を飲み過ぎたのだろうか、頭がうまく回らず、なぜかある人の顔がずっと頭から離れない。あのどれだけ悪態をついても、浮いた雲のようにふわふわと呑気な顔をしたお人好しの顔。
「店長みたいな人だったら、あいつも惹かれちゃうのかな」
途中からは机に突っ伏して、呂律も回らなくなっていた。そのまま、何度も見た夢の中に意識が沈んでいった。