初恋はレモンよりもかぼす味Ⅱ
「カエデ、いい加減おきろ」
すでに日が登ってはいるが、少しは眠った方がいいと判断した俺は寝室へと向かった。瞼が重くこのままベッドに倒れ込みたかったのだが、ベッドの上にいる先客のせいでそれは叶わなかった。
昨夜の宴の時点で姿が見えなかったカエデが、シングルベッドの上ですーすーと気持ちよさそうに寝息を立てている。小さく手足を丸めているので、こうしてみると小動物のようなかわいらしさがある。
「まったく、お前は」
この少女の小さな手が、自分の胸を貫いたことがいまだに信じられない。跡こそ残っていないが、内側を抉られる感触は確実にこの胸の内側に刻まれている。
カエデが敵なのか、味方なのか現状判断しかねる。自分を殺そうとした刺客であるが、同時に危険を顧みずに助けてくれた。何が目的なのか、なぜ逃げることもなくおとなしくてしているのか、何もかもがわからない。
能力を明かしてまで助けてくれたことは本当にありがたかったが、そのせいで余計に彼女の目的がわからなくなった。アイの能力で拘束されている間も、逃げようと思えばいつでも逃げられたことになり、カエデの意思で俺たちに着いてきたことになる。
目を覚ましたら聞きたいことは山ほどあり、今すぐにでもそれを実行したいのだが、目の前の少女はいっこうに目を覚ます気配がない。
眠気もピークを迎え、すでに限界に近い。
「しょうがない。吉野さんに部屋借りるか」
ベッドから腰を上げようと手をついた。すると、暖かく柔らかい感触が蒼の手を包み込んだ。カエデの小さな手が自分の手と重なり、力はないが確かに蒼の手を握っている。
目を覚ます様子はなく、無意識に握ってしまったようだ。改めてみても、カエデはまだ中学生くらいの子供で、人の命を奪う悪人には見えない。優しく髪を撫でてみると少しこそばゆそうに唸った。そういえば、俺の妹ということにして街に入ったわけだが、シゲヤスには流石にバレるだろう。なんとかうまい言い訳を考えてやらなければいけない。
ベッドの手すりに軽く体重を預け、カエデの白銀の髪に視線を戻す。朝日に煌めく白銀に目を奪われたまま、蒼の意識は途絶えた。
「・・主人、いかないで。私を、ひとりにしないで」