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初恋はレモンよりもかぼす味I

 聞かなければよかった。

 シゲヤスはそんな猛烈な後悔に苛まれていた。

 興味本位で聞いてみただけだったというのに、それはあまりに大きすぎる爆弾だった。これならばいっそ、リンドウに好意を抱いていてくれた方がいくらか素直な反応ができた。

「あのバカ」

 蒼に非はまったくない。それはわかっているが、現状これ以上面倒な恋慕はない。

「いや、さっさと明かしてしまわなかった俺の責任か」

 シゲヤスは大きなため息を一つ付き、どうしたものかと頭をかいた。

「しかし、このタイミングであいつがいなかったのは、よかったのか、悪かったのか」

 不在中の副団長の捜索を命令した身としては複雑だったが、それでも今やつがこの場にいるよりはマシだった。愛娘を探しにいくと飛び出した時は、副団長としての責務を果たせと嗜めたが、いまはそれに助けられている。

「おはようございます。シゲさん」

 野太い声で挨拶をしてきたのは、筋骨隆々の兵長筆頭リュウゲンだった。

「おう、おはよう。昨日は楽しかったな。久しぶりの酒の味はどうだった?」

「ええ、うまかったです」

 リュウゲンは超がつくほど真面目な男だ。酒を飲んで飲まれることもなく、常に冷静で実直。それ故に、誰からの信頼も厚い。昨夜の一件横暴にも見える振る舞いも、事態の緊急性を考えれば咎められることではない。

「・・昨夜は本当に申し訳ありません。シゲさんの友人を危うく手にかけるところでした」

 深々と頭を下げるリュウゲンに対し、参ったとばかりに頭を抱えるシゲヤス。上司の身内に不敬を払ったことをリュウゲン自身が重く受け止めすぎているのだ。

「もういい。お前は本当に真面目なやつだ」

「・・俺はただ、不器用なだけです」

「お前は守る側の重圧というものがわかっている。自分を律することも大事だぞ」

「承知しました」

 リュウゲンはゆっくりと頷く。

 リュウゲンにとって、自分がどういうふうに見えているのかは理解しかねる。しかし、シゲヤスにもこの街を守る団長としての鉛のような重圧も、一緒になってまとわりついてくる責任もある。それが、軽くないことがリュウゲンはよく理解しているのだ。

「もういい。お前も暇じゃないだろ」

「それが団長、もう一つお耳に入れておきたいことがありまして」

「なんだ?」

「海岸付近でカラスの群れを確認したと報告がありました。接近している様子はなさそうですが、念の為、カイの隊に警戒するようにと伝えてあります」

 カラスといえば、昔はゴミ捨て場に集る厄介者でしかなかった。しかし、この世界の生き物は人間を除き、約1000年分の進化を遂げている。自然の大部分を支配していた霊長がいなくなったことで、より巨大に、より狡猾になっている。それが、もとより知能の高いカラスとなれば、生身ではまず勝ち目はない。

 それなりに戦闘能力のある兵士ならまだ対応もできるだろうが、怪鳥を追い払うことのできるものは限られる。

「カラスか・・わかった、無理はするなと伝えておけ」

「はは。カイならば心配はないかと思いますが、北側の警備レベルを上げておきます。北側では副団長の目撃情報もありますし、これを機に帰ってきてくれれば助かるのですが」

「まったく、あいつがI番の珍獣だ。アイは帰ったと聞けば、飛んで戻ってくるだろうに、間の悪いやつめ」

「ヘイジらしいですよ。普段はあんなに厳しい父親を装ってるのに、まさかこんな無茶をするなんて」

「俺もあいつの行動を否定するつもりはない」

 娘のことを心配しない父親だったならば、副団長など務まるはずもない。

「だが、昨日が何日なのかも忘れているようなら、少し反省させなければならんだろうな」

 一瞬、シゲヤスの表情に闇が差す。瞬きほどの激昂にリュウゲンは空全体が暗転したかのような錯覚を覚えた。

 シゲヤスがなにかに向けて怒りを発すことはほとんどない。しかし、その感情が何か一つに向けられたらと思うと、リュウゲンはそれだけで額に汗を滲ませる。

 普段の温厚さからは計り知れないが、この人が世界を滅ぼすことができる男。その力は、この世界に生き残っているすべての人間が身を持って理解している。

「それじゃ、なにかあったらまた知らせてくれ」

「御意」

「・・それと、一つ相談なんだが」

「なんでしょう」

 思い話の連続だったが、この時の繁泰の表情が最も真剣で、それだけでことの重要さが感じさせる。息を呑み、シゲヤスの続く言葉を待つ。

「お前は、愛するものが自分の知らない間にいなくなっていたとしたら・・そういう状況に置かれている男になんと言ってやるのが正解だと思う」

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