地球最後の日に食べたいものは?
異世界転生。学生の頃、よく読んでいた小説の中ではそういう夢物語が存在し、現実にはない魔法や魔物がその世界には存在した。
おそらく、学生の頃の自分がこの場所にいたならば、歓喜の雄叫びの一つも挙げたかもしれないが、大人になってしまった自分ではただただ恐怖の方が勝ってしまう。
俺のことを人間と呼んだ目の前の女性は、つまるところ自分はそうではないから俺のことをそう呼んだのだろう。彼女の姿は確かに一見、俺たちと変わらない人の姿をしているが、ところどころおかしいところがあった。
瞳はアメジストの宝石のように輝き、耳はとんがっている。これはまるで、小説に出てくるエルフのような風貌だ。むしろ、格好がなぜ一般的な制服なのが気になるほど、俺の中の常識から外れた存在だった。
「あなた、ここがどこかわかっているの」
「ええと、目が覚めたらここにいたんだけど、ここって東京じゃないのかい?」
あまりにも状況が飲み込めないまま、俺はひと回り近く年下の女の子に組み伏せられ、脳はいつまで経っても働かない。ここはどこなのか。彼女は一体なにものなのか。自分1人でどれだけ考えを巡らせたところでその答えは見つからない。
「どうしてこんなところに・・」
どうやら、状況の理解が追いついていないのは彼女も同じらしく、俺の瞳の色や耳を執拗に触って確認している。まだ確信はできないが、どうやら俺は異世界に迷い込んでしまったようだ。
「とにかく、あなたはここにいては命が危ない。面倒だけれど、私が人間のいるところまで案内するわ」
「ありがとう。助かるよ。ところで、これはどういう・・」
とりあえずということで近くにあった木に縛り付けられた。何がとりあえずなのかはさっぱりわからなかったが、縛られている間特に抵抗することもしなかった。
「突然現れた不審者。まだ信用はできない」
確かに、彼女からすれば俺は未知の来訪者ということになる。おそらく彼女には俺が宇宙人のように映っているいるのだろう。ならば、俺は無害であることを証明するためにもおとなしくしている方がいいのかもしれない。
「ぐうぅぅ・・」
そういえば、昨日は夕飯を食べる暇がなかったから、丸一日何も口にしていない。胃が空腹に耐えかねて悲鳴をあげているが、この状態ではもうしばらく食事はできないだろう。
あたりをぐるりと見渡すと色とりどりの果物が実っており、食材に対する好奇心が刺激される。彼女に悪意はないだろうが、この状況は俺にとっての拷問のようなものだ。
「あなたもお腹が空いているの?」
「ああ、こんなに長く食事ができないのは初めてかもしれない」
「そう。私も。もう、一週間以上、水以外口にしてないわ」
「一週間!?」
未だかつて体験したことのないほどの絶食の長さに泣き喚いていた胃が大人しくなるのを感じる。たった1日でもこれだけのひもじさだ。一週間などもはや想像もできないが、それが相当な苦痛であることは間違いないだろう。
「どうしてそんなに長く食べてないんだ。水だけって、他に食べ物くらいあるだろう」
「ないから食べられないんだ!」
凄まじい怒号に防ぐ術なく鼓膜が震える。
「でも、果物だってこんなに・・」
周りにある木の実はどれも見たことがないものばかりだが、この中の全てが食用ではないということもないだろう。それは、彼女も気づいているだが、なぜかその実を見る目には限界の食欲以外の厳しさが篭っているように見える。
「あなた、まだ人間なんでしょ。どうしてこれを食べちゃいけないかなんて、まさか知らないなんて言わないわよね?それとも、私がすでにこんな姿だから嫌味を言っているのかしら」
凄む彼女の右腕が俺の顔に向けられる。手のひらに恐怖など覚えたことはなかったが、全神経が命の危険を感じている。
「待て!俺はそんなつもりじゃ・・」
「限界超過《リミットオーバー》錬金《クリエイト》『鉄』」
彼女の周りの大気が波紋を生み、銀色の渦を作り出す。何もない場所に生まれたその渦はどんどん穂先を鋭くし、槍のような鋒が俺の顔に照準を合わせている。
「おい、やめろ!」
「動いたら死ぬわよ」
無慈悲な言葉に俺は息を呑む。瞬間的に走馬灯のようなものが脳内を駆けたが、縛られている以上なにも対策はない。
直後、耳の直ぐ側で木を叩く轟音が鼓膜を突く。目打ちくらいの金属が俺を縛り付けている木に突立ち、木片を肩に落とした。俺は彼女の言う通り1センチたりとも動きはしなかった。拘束されている以上、彼女の言葉を信じる以外に助かる道はないと踏んだからだ。
「本当に動かなかったわね。右に避けてたら、目刺しの出来上がりだったのに」
意味がわからない。遊び半分で俺の命が危うくなったこともそうだが、何よりも理解できないのはこの鉄の槍がどこから飛来したものなのかだ。
魔法。異世界だとするならば、それだけで説明は十分のような気もするが、俺の頭がそれを受け入れることを拒否しているようだ。
「やっぱりここは、そういう世界なんだな」