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家出少女のただいまⅡ

「痛い」

 小さな頭をさすりながらアイは細くぼやいた。自分から啖呵を切っておいて、本当に殴られるつもりはなかったのかと、少々呆れてしまう。

「ふん、お前みたいな鉄頭が痛いなんて、そりゃ錯覚だ」

 俺たち3人の前を扇動して歩く男、ユウイチ兵長は嫌味を混ぜて鼻を鳴らす。

 石畳の道は荒削りで、薄暗くなってきたこの時間帯は足元が怪しい。日はすっかり落ちてしまい、灯りのほとんどない通りには住人たちの姿は見えない。

「この辺は人が住んでないのか?さっきから、ずっと裏道みたいなとこ歩いているけど」

「誰がしゃべっていいと言った、捕虜一号」

 俺とカエデは今、アイが連れてきた捕虜ということで連行されている。と言うことになっている。

「もう、兵たちもいないんだから、普通に接してくれていいんだけど」

 兵たちの手前、突然の来訪者。しかも、すでにベレス化がかなり進行している俺たちの存在は、簡単に許容できるものではないらしい。

 現に、元々このコロニーで育ったはずのアイも、歓迎というより洗礼のような扱いを受けている。

「・・本当、変わったな。出ていく前のお前が一番、魔人を嫌ってただろうに」

「変わってないわ。今でもベレスは私の敵だし、魔人と揶揄されてもしょうがない」

 今度はアイの方が嫌味を吐く。アイがずっと使っていた『魔人』というのは、ベレス化した人間の蔑称なのだろう。考えてみれば、初めてあった時もアイは自分のことを化け物だと言って自分を蔑んだ。

 どうやら、それが彼女がこの街を出ることになった原因のようだ。

「悪かったよ。俺はお前のことを魔人だなんて思ってない」

「そうね。私も、ユウイチになにも言わなかったこと、反省してる。ごめんなさい」

 素直に自分の非を認めたアイに、何も悪態を思いつかなかったのか、ユウイチは黙ってしまった。虎のように獰猛だった兵長の姿はそこにはなく、年相応の少年の素直になれない青さが滲んでいた。

「頑張れ、兵長」

「お前に兵長と呼ばれる筋合いはない!」

 下世話な笑みを浮かべる俺の顔が気に入らなかったのか、顔を真っ赤にしたユウイチは、両手の塞がった俺に容赦のない正拳突きを放った。

「ちょ・・」

 痛みで腹を抱え、腕から滑り落ちたカエデは抵抗することもできず顔から地面に落ちた。

「何やってるんだか」

 その後、俺はアイに肩を借り、よろよろとした足取りで何とか目的の場所まで辿り着いた。

 途中、一軒だけ灯りの灯った飲食店らしき建物が見えた気がしたが、胃が捩じ切れるかと思うほどの痛みにそれどころではなかった。


「失礼します」

 道中で冷静さを取り戻したユウイチは、重々しい扉を開け中に入る。案内されたのは、街の中心にあった、城と見間違えた、兵団の本部だった。

 広い講堂にはすでに7名の人物が卓を囲んで着席しており、俺たちの到着をすでに把握していたようだった。しかし、左右5名ずつ着席する中に1つだけ空いた席がある。

「お疲れ様。ユウイチくん」

 初めに反応したのは、最も扉に近い位置に配置された席に座る、俺と同じくらいの年齢のいかにも優男と言った印象の男。

「お疲れ様です。ジュンさん、団長は」

「ああ、団長はいつものとこで飲んでるよ。今日はほら・・」

 おいおい。おそらく、コロニーとしても緊急事態に類する状況だろうに、最重要人物である団長が不在。それは、俺たちにとって吉と出るのか、凶と出るか。

「そうでしたね。けど、どうしましょう。そうすると、こいつらの処遇は・・」

「そんなもの、団長の裁可を仰ぐ必要もない」

 立ち上がったのは、団長の席の左側の席に着いた白髪の男。雰囲気から相応に歳を取っていることはわかるが、その隆起した筋肉が衰えを全く感じさせない。

「団長、副団長不在の今、私がその者らの処遇を下す」

 鋭い眼光がアイと後ろに控える俺たちを捕らえる。まだ、彼の間合いには入っていないはずだが、この距離でも逃げ出したくなるほどの威圧感を帯びている。

「いいんですか、リュウゲンさん。団長に怒られますよ」

 彼の隣に座っていた物静かな女性が諌めるが、リュウゲンはそれを切り捨てる。

「団長には私が後から説明しよう。副団長を納得させるのは難しいだろうが・・なに、そもそもアイくんには少々お灸を据える程度だ。無事で帰ってきただけでも、あの男は泣いて喜ぶだろうさ」

 証言台に立つ被告の胸の内はおそらくこんな感じだろうか。この部屋に入ってから俺たちは一言も言葉を発していない。しかし、俺たちの置かれた状況は、当人を置いてけぼりにしたままどんどん悪い方へと流れていく。

「待ってくれ。俺たちに敵意なんて・・」

「魔人風情が口を聞くな!」

 凄まじい怒号に言葉がかき消される。

「貴様らがこれまで、私たちになにをしてきたのか忘れたとは言わせん」

 脇に収まっているカエデにちらりと視線を向ける。魔人と言われているのは、カエデやその主人たちのことを指しているのだろう。

 そして、俺もその一団として裁かれようとしている。

「リュウゲンさん、まずは話を聞いてください。この人は、魔人化してしまった人たちを人間に戻す能力が発現したんです」

「な、なんだと・・」

 怒りで熱を帯びていたリュウゲンの顔から、ふっと熱が消える。それはリュウゲンだけではなく、ほかの団員たちにも連鎖し、断罪は止められないかに見えた講堂内をアイの発言が一気に塗り替えた。

「どういうことだい」

 ジュンさんと呼ばれていた青年が、口を開く。

「私は、一度完全なべレス化を果たしてしまいました。後ろの2人も同じく、あの漆黒の髪はみなさんご存知でしょう」

「・・10年前の侵略。あれは地獄という言葉でも形容できない」

 苦々しげに語るリュウゲン。10年前に起きたという戦いと団長シゲヤスの活躍のことしか、アイからは聞かされていなかったが、この様子だとその凄惨さは言葉にし難いものがあるという感じだ。誰もそのことに触れようともせず、1人として明るい顔をしているものはいない。

「貴様。本当にそんなことができるのか」

「・・できる」

 気圧されながらも、俺ははっきりと言い切った。

「もし、嘘だったらどうなっているかわかっているだろうな」

「なんとなくな。それじゃあ、厨房を貸してもらいますよ」

 為す術もない状況から、なんとか一歩踏みとどまった。そんな能力は存在しない。しかし、今は微かに見えた希望のために足掻く以外の選択肢なんて有って無いようなものだ。

 かくして、命のかかった調理《たたかい》が始まる。

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