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食事中はお静かにⅡ

湖に向かって少女は全力で駆けていく。なびくその銀色の髪と対照的な漆黒の毛先から湖畔を舞う渡り鳥のような美しさがある。

 しかし、そんな少女の顔には恐怖に歪んでいる。まるで、なくしてはいけない大切なものを落としてしまった子供のような今にも泣きそうな切ない表情だ。

 水面に映る自分の姿は、もはや別人のようだ。

「なんで、どうして・・」

 その変化に一番驚いているのは彼女自身だった。髪の根本まで真っ黒だった髪は毛先数センチを残し白銀の美しい髪に変化している。

 もしかすると、彼女の本来の姿はこちらなのかもしれない。

 カエデはそれからもしばらく、湖の水面に映る自分から目を離さなかった。その目は何かに縋るような、未練がましさがあり、能面のような表情に乏しいカエデからは予想もできない。

 カエデの奇行に俺は一瞬何が起きたのかわからなかった。それはアイも同様なようで、錯乱したカエデほどではないにしろかなりの衝撃に混乱しているようだった。

「どうして、ベレス化が退行した?」

 アイの姿は俺と初めに会った時の姿のままだった。しかし、一時的にだがカエデのように髪の毛が漆黒に染まり、オーラとでも表現できる威圧感があった。それも、何がきっかけになったのか、マジックでベタ塗りしたような艶のない髪が、流麗な美しさを取り戻している。

 それが何を意味しているのかは、当然ながら俺よりも2人の方がよく理解していた。だからこそ、この反応なのだろうか。

「よかった、んだよな」

「ええ。もちろん」

 アイの目は今にも崩壊してしまいそうなほど潤んでいる。驚きの後に押し寄せてきた喜びをようやくのように実感した感じだった。

「・・お前のせいか」

 背後から氷のような冷たい殺気を感じる。振り向くとそこには、憎悪に満ち胡乱な目をしたカエデの姿があった。アイスピックのような鋭い視線は今にも飛んできそうなほど凄みがあり、カエデはそれを抑えることができなかった。

 どこに隠し持っていたのか、短刀をしっかりと俺の額に狙いを据え突進してくる。

「おいおい待て!」

 突然の攻撃に俺は手に握ったままだったフライパンで短刀を受ける。当然弾き飛ばされるものだと予想していたのだが、それは思わぬ形で裏切られた。

 弾かれたのはカエデの方で、俺の方は反動で少しよろけた程度だった。

「どういうつもり」

 砂の上に転がったカエデをアイは素早い動きで取り押さえる。

「私に何をした!こんな・・こんな姿・・」

「お、俺が悪いのか?」

 俺が2人に何かしただろうか。やったことといえば、目玉焼きを作って、調味料をいくつか能力で出現させたくらいだが。

「もしかして、これ食ったせいでベレス化が解けたのか?」

 そんなバカなと思ったが、おそらくそれが正解なのだろう。2人にはまだ詳しく説明していなかったが、この調味《シーズニング》には万能の解毒という効果が付与されていた。

 その効果で、完全な変身を遂げてしまっていた3人が、一段階だけとはいえ人間に戻ったと、そういうことだろうか。

「カエデ、お前は一体何者なんだ。どうして、俺をベレス化させようとするんだ」

 本当は料理をつつきながら穏やかにするはずだった話を、まるで尋問のような形で問いかける。しかし、その質問にカエデは答えない。

 その答えは何となくわかっている。

「主人とは一体誰だ。何で、この世界に来たばかりの俺のことをそいつは把握しているんだ」

 カエデの言う主人が何者なのか。もしかすると、俺をこの世界に呼び寄せた張本人かと思うと少しだけ語気が荒くなる。

 しかし、またしてもカエデは答えない。武力で全てを解決できるほど俺たちとカエデの力の差は歴然だった。それを覆すほどベレス化の解除は、カエデに弱体化させた。

「とりあえず、コロニーまで連れて行きましょう。この姿なら、おそらく入っても大丈夫なはず」

 鋼鉄の拘束具がカエデの体から自由を奪う。

「それじゃ、これお願いね」

 簀巻きにされたカエデをアイは容赦なく扱う。投げられたカエデを俺は受け止め、同情の目を向ける。拗ねてしまったカエデはそっぽを向きそれ以降口を開かなかった。

「早く行きましょう」

 両手を空にしたまま歩き出すアイ。それに対し、卵の入ったビニール袋、アイの作った刀剣、そしてのたうち回るカエデを抱えたまま、俺は足元も怪しい状態でアイの跡を追いかけた。

 

 地平線の彼方に太陽が沈んでいく。切り立ったこの場所からは、果てしなく続く広大な大地が一望できてしまう。茜に染まる森林と大海の美しさは、俺のいた世界ではほとんど見られない光景だった。人工物の一切ない世界の自然の豊かさに不安とも高揚とも言い難い感情に胸が締め付けられる。

「あれよ」

 1キロほどの森を抜け、ようやく俺たちは目的の地に到着した。

「・・夢でもみてるみたいだ」

 この世界に来てからすでに、夢のようなできごとの連続だったがそれは本当に幻想《ファンタジー》と呼ぶに相応しい場所だった。

 宙に浮く天空の城。崖の先端から伸びる細い道だけがその城に続く道であり、地上との繋がりは一切ない。支えるものは何もなく、宙に根を張ったような理の外にある存在。

「あれが、私の住んでた街。べレスを寄せ付けない最強の団長に守られる天空のコロニー」

 

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