表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

魔王様、私を愛してくださいね

作者: 下菊みこと

聖女イレーヌ。彼女は魔王様への生贄に選ばれた。


「ああ、これでやっと解放されますね」


生贄に選ばれたはずなのに、イレーヌは怯えるどころか開放感に満たされていた。


「毎日毎日、貴族のお偉いさん達のためだけに聖魔力を使い続けて身体はぼろぼろ。力無い平民達へ癒しの力を届けることは禁止されて、教会の権威を高めるためだけに利用される。ああ、最悪な環境でしたがようやく死ねますね」


イレーヌは涙を流して喜ぶ。


「早く魔王様に食べられて、楽になりたい」


イレーヌは全てに絶望しており、死こそ救いだと心から思っていた。だから、これは誤算であった。


「よく来たな、我が花嫁よ」


「花嫁?」


イレーヌの住んでいた大陸から海を渡って、小さな島国である魔王國へ足を踏み入れた彼女。そんな彼女を、なんと魔王自ら出迎えた。そして花嫁と呼ばれてきょとんとする。


「なんだ、何も聞かされていないのか? 聖女は魔王の花嫁となり、魔王國の瘴気を祓うのが仕事だろう」


「え」


聞いてないぞとびっくりするイレーヌ。魔王は、イレーヌに何の予備知識も与えず魔王國に差し出した帝国に呆れ果てた。


「……本当に何も聞かされていないんだな。聖女は入国した初日、つまり君にとっては今日。聖魔力をギリギリまで解放して、魔王國の瘴気を祓う。それにより魔王國はしばらくの間……数十年ほど、立ち込めていた瘴気から解放され、国民である魔族も瘴気の影響を受けなくなり攻撃的な性格が落ち着く。普通の人と同じ生活を送れるようになるのだ。そして、私を含め魔王やその候補となる魔族の子供たちも危険な衝動から解放されるので他国を侵略したりもしない。君が魔王國の国民達のために聖魔力をギリギリまで使ってくれれば、みんな幸せ大団円なんだ」


それを聞いてイレーヌは思う。口に出して聞いてみることにした。


「魔族の正体って、もしかして瘴気に晒されて体質や気性が毒された普通の人間です?」


「理解が早くて助かる。その通りだ。だから、力無い民のために聖魔力をギリギリまで使ってくれないか。聖魔力を使うと疲れるのもわかっているが、その分アフターケアはする。また、君を我が花嫁として丁重に扱うことも約束する。頼む」


色々と衝撃的な事実に、イレーヌは驚く。帝国ではそんな話は聞いたこともなかったが、魔王から嘘をつく気配は感じ取れない。イレーヌは魔王を信じる事にした。


「わかりました。力無い民を守れるのなら、喜んで」


イレーヌはそう言うと、その場で魔王國全体に聖魔力を流す。倒れるギリギリまで聖魔力を使うと、先程まで感じていた魔王國の瘴気が全く感じられなくなった。目の前の魔王も、魔族の証である紅い瞳が澄み切った青色に変化する。ああ、魔王の話は本当だった。役に立ってよかったとイレーヌは微笑み、それを見た魔王はイレーヌに惚れ込んだ。聖魔力をギリギリまで使ったため疲労困憊のイレーヌを、魔王はお姫様抱っこで魔王國の宮廷に連れて行く。


「イレーヌ、本当にありがとう。助かった」


「いえいえ」


「これで魔王國は私とイレーヌの子が出来て、よく育ち世代交代するまでの間は安泰だ。その頃には新しい聖女も生まれよく育ち、私達の子供と結婚しまた瘴気を祓ってくれることだろう」


「なら、私はお役御免ですね」


「いや、私の子を産むと言う一番大事な役目がある。…・・・だが、それ以外は自由だ。君はこの国で私と同等の地位が約束される。世継ぎさえ儲けてくれれば、好きに生きてくれていい」


魔王の言い方にちょっとむっとするイレーヌ。魔王國の事情もわかって、魔王國の役にも立ち、魔王のことも良い人だと思ったので〝後継を産む〟ためだけにここにいるのではなく魔王の〝妻〟としてここに居たいと思った。


「魔王様」


「どうした、我が花嫁」


「イレーヌとお呼びください」


「……イレーヌ」


「よろしい」


魔王はイレーヌをまじまじと見つめる。なんだか、イレーヌは今まで魔王の周りにいた女性より押しが強い気がする。


「魔王様はお名前は?」


「アドリアンだ」


「アドリアン様、私と愛を育んでください」


「え」


「アドリアン様と幸せな夫婦になりたいです」


イレーヌの強い視線に、アドリアンは戸惑う。


「……私で良いのか? 君ならばもっと良い相手を愛人にも出来るだろう」


「アドリアン様がいいです」


常々力無い人々のために役に立ちたいと思っていたイレーヌの夢を、叶えてくれた穏やかで優しい魔王様。イレーヌはアドリアンに好感を持っていた。


「そうか。ならば妻としてより丁重に扱わねば」


「ふふ、そうしてください」


こうしてイレーヌとアドリアンは、夫婦としてのスタートを切った。アドリアンの予想通り、イレーヌは魔王國に来て早々に疲労困憊なので、アドリアンはあえて結婚式は後日にすることを決めていた。イレーヌはそんなアドリアンの気遣いにまた惚れ込む。


「アドリアン様。大切にしてくださってありがとうございます」


「我が花嫁なのだから当たり前だ」


そしてアドリアンは宣言通りイレーヌを妻として丁重に扱う。そんな甘い砂糖菓子のような日々に、気付いた時にはイレーヌはアドリアンにぞっこんだった。アドリアンも無邪気に懐くイレーヌを好ましく思っていた。


「イレーヌ。そろそろ体調も回復した頃だろう? 結婚式を挙げたいと思うんだが、どうだろうか」


イレーヌは頷いた。


「アドリアン様との大切なイベントですから、断る理由がありません」


そして結婚式の準備が始まった。








「汝は夫を支え、国のために生きることを誓うか」


「誓います!」


「汝は妻を愛し、国のために生きることを誓うか」


「誓う」


「では、ここに二人の婚姻を認める! 誓いのキスを」


魔王國の貴族達に見守られて、誓いのキスを交わし正式に婚姻を結んだイレーヌとアドリアン。そのまま婚姻届も司祭に提出し、受け入れられた。貴族達からの万雷の拍手と歓声。イレーヌは聖女として、アドリアンの妻として、とても好意的に受け入れられていた。


「平民達のためのお披露目パレードもある。結婚式で疲れているだろうが、もう少し付き合ってくれ」


「はい、アドリアン様」


そしてイレーヌとアドリアンは平民達の見守る中、お披露目パレードを行った。ここでも万雷の拍手と歓声が上がり、イレーヌはなんだか幸せな気持ちになった。


「アドリアン様」


「どうした」


「私、今人生で一番幸せです」


イレーヌは孤児で、孤児院で優しい神父やシスターに愛されて育った。ある日聖女であることが知らされ教会に引き取られ、本当は嫌だったが大好きな孤児への寄付を条件にここまで頑張ってきた。そんなイレーヌは常々誰かの役に立ちたかったし、もっとたくさん愛されたいと心から願っていた。そしてイレーヌは、アドリアンの妻として両方とも叶えてしまった。最高に満たされた気持ちになる。これで、アドリアンに愛されればもっと幸せだとイレーヌは思う。


「そうか。私も、こんなに穏やかで幸せな気持ちになれて嬉しい。全ては我が花嫁、イレーヌのおかげだ。心から感謝する」


「ふふ、夫のために尽力するのは当たり前ですよ」


イレーヌとアドリアンは少しずつ距離を詰めていく。











「イレーヌ、今日も孤児院に行くのか」


「ええ、慰問と寄付を。魔王國の孤児院も、帝国の孤児院と一緒でとても居心地が良いのです」


「私達の子がお腹に宿っているんだ。気をつけて行っておいで」


アドリアンがイレーヌの頬にキスをする。交通安全と怪我予防の魔法を掛けたのだ。そして、イレーヌのために護衛を大袈裟なほどつけて見送った。


「アドリアン様は、意外と心配性ですね」


イレーヌはそう言いながらも、満更ではない様子だ。イレーヌはあれから、アドリアンと夫婦として共に過ごし、何度も夜を重ね愛を深めた。今ではアドリアンはすっかりイレーヌにぞっこんだ。


「……怖いくらい幸せです。きっと私、世界で一番恵まれていますね」


イレーヌは孤児院に慰問に行ったり、魔王國の平民達に聖魔力を使いすぎない程度に使って癒したりして、自由に過ごしている。そんな優しいイレーヌをアドリアンは愛している。イレーヌも、そんなアドリアンを愛していた。


きっとイレーヌの幸せは、アドリアンの隣でずっと続くだろう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ