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それはなんでもないある日の出来事だった。 いや、なんでもないある日なんて俺が思ってただけで渚にはそうじゃなかったみたいだ。
いつものように日課の筋トレをしている日渚は待ち構えてたかのように夜に走ってた俺と合流してきた。
「今日も頑張ってるねあっちゃん」
「お前こそ性懲りも無く」
「あははッ、言ったじゃん私も結構ハマってるって」
並んで2人で走っていても殺した側と殺された側がこうして肩を並べて走っているなんて殺された俺からすれば軽く恐怖を覚える。
いつどんな攻撃が来るかわかったもんじゃない、俺を殺す気はないと渚は言っているが痛め付けられる可能性はないわけじゃない。
けどあれ以降は何かをしてくるわけでもなくそれが逆に怖い気もした。
折り返しになったので最寄りのコンビニのベンチに俺と渚は座った。
「お前すげぇ体力あるな、まだいけそうじゃん」
「そういうあっちゃんこそ」
これを見るに体力的には前にリレーで走った愛菜以上のスタミナを確実に渚はある、もし今度走ったら愛菜は負けるかもしれないな。
そんなことを思っていると渚は立ち上がった。
「ねえ、本庄さんって最近みんなと打ち解けてきてるんだね」
突然愛菜の話題を俺に振ってきた。
「凄いよねぇ、前は自殺したくせに今は順風満帆って感じで」
いつも愛菜に対しては悪意があるように感じてたが今日はいつも以上だ、仄暗い渚の目がそれを物語っている。
「自殺したくせにってお前は言うけど結局はお前も自殺じゃん? 自分を棚に上げて他人を下げるのよせよ」
「よく言えるねそんなこと」
いつものふざけてニヤついてるような顔じゃなかった、ハッキリと怒っている、そう見えた。
「最近思うんだ、なんで私だけこんな苦しい思いをしなくちゃいけないのかって。 あっちゃんは周りに友達も出来て本庄さんにも認められて。 全部あっちゃんが悪いのに私だけ割を食う、これってなんの罰? なんて仕打ち?」
俺達が生きてた世界ではザマァ!なんておちゃらけたことは言ってはいけない雰囲気だ。
「殺される側にも責任があるっていうのに殺した方はもっと悪いっていうの? 私はあっちゃんのせいで人生めちゃくちゃ、この世界でもあっちゃんのせいで人生めちゃくちゃ! あっちゃんだけズルい、本庄さんもズルい! 何もしてないのに一方的にあっちゃんの気を引いていい気になって!!」
渚の声が大きいのでコンビニから出て行く客、車で停まってこっちを見ている奴、注目され放題だが渚にはそんなのお構いなしだ。
「ちょっと落ち着けよ」
「落ち着いてたッ! 今までずっと落ち着いてたつもりだった! …… でも見てよ」
渚は俺達の口論を見ている奴らを指差した。
「あれもグチャグチャ、そっちもグチャグチャ、全部グチャグチャ…… ねえ、あっちゃんにはみんながどう見えてる?」
渚は涙を流して笑いながら俺を見た。
何言ってんだこいつ? 元々意味がわかんない奴だけど更にわからん。
「そっか、あっちゃんにも私の気持ちがわからないんだ? 私だけなんだ、私だけが悪者なんだ?」
「だからもっとよくわかるように言ってくれよ」
「あはは…… はッ、もういいッ!!」
渚が走り出した、俺も後を追いかけていた。
なんなんだよッ、急に騒ぎやがって! つかあいつ本当に速いな愛菜以上だ。
それよりクソッ!! なんで俺は渚を追い掛けてんだよ? あんなわけわかんない奴放っておけばいいのに脚が勝手に動いて……
ん? それより渚の走って行く方向ヤバくないか?! 国道に出ちまうぞ、まさかッ!!
「渚ーーッ! それ以上行くな!」
「うるさいッ!! じゃあついてくるなッ!」
そうしたいのは山々なんだが脚が勝手に動いちまうんだよ!!
夜の国道、車は途切れていたが渚は道路で足を止めた。 俺はなんとか追いついて渚を歩道まで引っ張った。
「死ぬ気かお前!? 俺を許せないんじゃなかったのか?」
「許さないッ! だから今度は私が死ぬッ!! あっちゃんのせいだからッ!!」
「ふざけんなッ! お前が死んだら俺は万々歳だ! お前みたいに平穏を脅かすような奴が死んでくれればな」
「だったら離してよ!」
本当だよ、だったらこいつの好きにしてやった方がいいじゃないか、死人に口なし。 俺はやっとこいつを振り切れるいいチャンスだってのになんで俺はこんな厄介者を止めてるんだ?!
「なんであっちゃんは最低な人なのにあっちゃんだけが見えるの?」
「は?」
渚が少し大人しい声で言ったから俺は油断して掴んだ手を緩めた瞬間渚は強引に俺の手を振り解いた。
「バカッ!!」
渚が再び国道に走った先には車が向こうから走ってきて渚が飛び出す瞬間にぶつかるタイミングだった。
「渚ぁああッ!!」
「あっちゃんッ?!」
渚の戸惑う顔が見えて俺の手が渚の胸に触れて押した瞬間俺の体は渚から遠ざかっていた。
ああ、轢かれたな。
不思議と痛みはなかった。 ただ渚の驚く顔と体が5メートルくらい浮かんでスローモーションのようにゆっくりと時間が流れていった。
これが走馬灯…… ? 前は見れなかったな。
「あっちゃん、なんで?!」
渚の叫ぶ声が聴こえた、目を動かして渚の方を見るとこちらに向かって手を伸ばしている渚の姿があった。
これって俺の身体が勝手に動いたことが関係してるのかな? 俺にとって、ついでだけど渚と一緒にここに飛ばされた。 俺のこの世界でのゴールってこういうことだったのか?
渚が何か感じてたように俺は渚をここまでにしてしまったことへの罰?? これが俺の終わり……
そんなことを考えていると渚の後ろが妙に明るいことに気付いた。
あれ? このシチュエーション、俺は渚を助けたことになったんじゃないのか?? なのになんで渚の後ろには車が来てるんだ?
は!? ちょっと待てよ!! ここって2車線、隣からも車が来てたってこと、そしたら俺は渚を押すんじゃなくて引くべきだった。
渚は気付いてない、気付いててももう遅い。
なんだったんだよ俺の行動は…… 愛菜、せっかく恋人になれると思ったのに。 愛菜、愛菜ッ!!
愛菜と渚、2人の顔が頭の中に浮かんだ。
◇◇◇
…… 目を開けると相変わらず色のない景色があった。
天井??
「渚ッ!!」
「良かった、渚……」
そこには顔が醜く歪んだ私の両親らしき人の姿があった。
「今先生が来るからッ!」
それから何が何だかよく覚えてないけどまた私の意識は薄れる。