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「逃げないでよあっちゃん、まだ話は終わってないよ?」
「お前みたいな人殺しと一緒に居られるかよ」
「人殺し? ふふッ、そうだねあっちゃん。 私は人殺しだけどそれはあっちゃんもだよ」
は? 俺が人殺し??
「あーあ、また一からやり直せるって思ったのに今度は私がって思ってたのになんで前のあっちゃんなんだろう」
「どういうことだよ?」
「私もあの後死んだらさ、不思議なことが起こったの。 死んだ自分の中から魂が抜けたって言えばいいのかな? そのまま私は周りを見るとまだ辺りは騒いでてさ、あっちゃんのことも見てみたんだ。 触ってもどうせ通り抜けるんだろうなって思ったら触れてさ、そしたらあっちゃんの魂かな? 同じようにあっちゃんも出てきたの」
は? そんなの俺全然覚えてないぞ、気付いたら戻ってただけだし。
「その後は私よく覚えてないんだけどそれがいけなかったのかな? ついでにまえのあっちゃんになったんだね」
ついで…… だとしたら俺が戻ったのは渚のついで。 渚が触れなければ俺はあのまま死んでいたってことか? だったら、だったら俺がここに居る意味は?
「あはッ、困惑するよね。 私もあっちゃんが前のままだったのは凄くショックだったよ、今あっちゃんの口から直接聞いて本当にショック」
「なのに嬉しそうだな?」
「まぁそれはそれで私が傷付いた分あっちゃんも傷付いてもらわなきゃって切り替えたし」
「悪いけど俺はお前のこと」
「覚えてすらいないもんね」
渚はわかってるかのように俺の言葉を遮る。
「それはそうとしてさっきの話の続き、あっちゃんは凄く派手に遊んでたよね、あっちゃんと本気で付き合った人の気持ちも考えないで。 ねぇ、あっちゃんの本性知って別れた人の気持ち考えたことある? ねぇ、ないよね?」
「だからってその後死んだとは限らねぇだろ」
「そうだね、でも私は違う。 あっちゃんのせいで私は死ぬほど追い詰められて死んだの、あっちゃんが殺したも同然。 あっちゃんも人殺しだよ」
ぐッ…… だからって殺人を犯してしまうお前とは根本的に何か違うだろと言い返してやりたいが渚の仄暗い目を見ると引っ込んでしまった。
「そりゃああれだけ女遊びしてたら誰が誰だか覚えられないだろうけどさ、私はずっとあっちゃんを見ていたのに…… 本庄さんも同じ目に遭わせるつもり?」
「違う、俺だって懲りてんだ。 だから女遊びなんてしてないだろ俺は!」
「そうだとしても、心を改めたとしてもなんで面倒そうな本庄さんなの? 美人は本庄さん以外にも居るのに。 もしかして何か運命めいたものでもかんじたりしたの?」
「お前に言う義理はない」
「そっか、卒業してからの本庄さんのことを知らないあっちゃんらしいね」
「お前に何がわかるんだよ?」
「本庄さんね、死んでるんだよ25歳の時に」
は? は…… !? 愛菜が俺が死ぬ10年前にもう死んでたって?
「あははッ、いい顔するねあっちゃん。 そんなことも知らないで本庄さんと付き合おうとしてたなんてマジで笑える」
渚にドンと胸を押されて壁際に背中をつくと渚は両肩の壁に手をついた。
「ねえ、どんな気分だった? 刺された時。 悔しかった痛かった怖かった?」
「ふ、ふざけんなよ人殺しがッ!」
「だからあっちゃんも人殺しだって言ってるでしょ? 本庄さんがどうやって死んだか知りたくない?」
うッ、それは気になる。
「どうやって死んだんだ?」
「自殺みたいだよ」
自殺? 愛菜が自殺??
「まぁわかる気もするけどね」
「お前なんかにわかるのかよ?」
「わかるよなんとなく。 ああ、あの人って弱いんだなぁって」
「弱い? 愛菜が?」
「だってそうじゃない、周りを遠ざけてそれでも構ってくる人にはわざと酷いこと言ったりして。 そのくせ仲良くなったあっちゃんにはいっぱい甘えて。 男の人にはそんなところも可愛いって思たりした? でとそんな人弱いに決まってる、だからそんな人とあっちゃんは釣り合わない」
俺は渚の手を振り払った。
「バカバカしい、お前にそんなの決める権利なんてない。 大体それは昔の愛菜だ、今は違うはずだ」
「今も昔も同じようなあっちゃんが言うと全く説得力ないね」
「俺と愛菜が上手くいきそうだから嫉妬したお前はこんなことカミングアウトして邪魔する気なのか?」
「へぇ、本当に好きなんだ?」
バカにしたように渚は笑った。
前の因縁がここに戻ってきた今でも続いてるとは思わなかった、そして俺が戻って来たのは渚のついでという事実……
「お前のことは嫌いになった」
「そうなんだ、あははッ」
何がおかしいのか渚はケラケラと笑っていた、嫌いと言われたのに不気味でたまらない。
「お前ってやっぱ頭おかしいんだな」
「ふふッ、嫌いって言われたのに笑ってるから? そうじゃないよ、どうでもいい存在から一歩前進したと思ってさ」
「は?」
「手の早いあっちゃんだから昔は私と寝たこともあるんだよ? けどあっちゃんは人に対してまったく関心なかったしただセックスをこなしてただけ、付き合ってても気持ちがまったくない最低な人。 でもようやく私を認識してくれたね」
「バカじゃねぇの、一歩前進どころか後退したし」
そう言うと渚はスカートのポケットに手を突っ込み俺に近付く。 凶器かと思って俺は身構えるが……
「そんなビクビクしないでよ、今は殺そうなんて思ってないから」
渚がポケットから何かを握って俺の手を掴んでそれを乗せた。
「お、おいッ!!」
それはポケットに入るくらいの小さな果物ナイフ、やっぱり凶器持ってたんじゃないかと思うがこれを俺に渡す意味は?
俺が持たされたナイフを凝視しているとフワッと渚の髪の毛の匂いが舞ったと思うとキスされていた、それも大人の。
しまった、ナイフは俺を油断させる囮だった?
「新太」
そんな時急に愛菜の声がした。
「ああ、タイミングバッチリ〜」
口が離れると渚は小さく俺に言った。
まさか、愛菜が俺の後を追って来ると思ってわざと?
愛菜は信じられないという顔をしてその場から走り去ってしまう。 俺はすぐさま愛菜を追いかけようとした、だが……
「させないよ? 私が全力で食い下がればいくらあっちゃんでもすぐには振り解けないはず」
腕をガッチリと掴まれ渚を振り解いた頃には愛菜が走り去っていてから大分経っていた。




