いらっしゃいませお客さん
川のせせらぎを聞きながら山の間を走るバス。
市内から二時間ほど山の中を走るとうっすらと綿帽子を被った木々を見かけるようになる。
暖かいイメージのあるこの地方だが、毎年この時期になると雪で全てが覆われる。
何時かは、交通機関も通信機関も機能しなかったほどの山奥である。
そんな山奥には日本有数のつり橋があり、こじんまりとした民宿が何軒も立ち並んでいる。
その一つが民宿「山の里」である。
この「山の里」には不思議な話が伝わっている。
ここであるものを見るとお金持ちになると言うのだ。
そんな、まことしやかな噂を気にもせず女将の竹子は今日も歌を口ずさみながら、せっせと働いていた。
奥からいそいそと掃除機を担いだもう一人がやって来た。
「ちょっと彩芽ちゃん、さっきのお客の二人まだ帰ってこんのかぇ」
ここからつり橋までは歩いて10分ちょっとにもかかわらず1時間以上前に行ったまま帰って来ないお客の2人が気になっていた。
「あーほんまですねぇ、お部屋の掃除も終わって、何時でも持っていけるようにお昼の用意もしとんのにねぇ」
「まさか、どっかで倒れとったりせんよなぁ」
「それは無いんとちゃいますか。それより今日はあれ、おらんのですか?」
キョロキョロと彩芽が回りを見回すと女将が部屋の隅を指差し
「なに言いよん、そこにおるでぇ、ちょっとあんた何を呑気にしとん」
そう声をかけると
「のんきって…暇だからに決まってるし」
と言いつれない態度をとった。その時突然
テレビもね~ラジオもね~
と着信音が流れ慌てて彩芽が携帯電話に出た。
「ハイハイ、やだあどしたん」
と言いながら奥へと走っていく
「ビックリしたわぁ…ってか、彩芽ちゃんまだ四十代やのにあの着信音ってどうなん?うちでさえ着信音はいきものがかりやのに、まさか流行りか今の流行りか?」
「いや、あくまで趣味だろ!」
あれが突っ込みをいれると
「ほうか、さすが彩芽ちゃん!しかもいっつも掃除機を担いだまんまやし、重ないんか?」
そういい首をかしげながら女将が言うと
「あれも…趣味」
「ほうかほうか、あれも趣味やったんかぁなるほど」
と女将は納得した。
そんな女将のもとに、さすがに掃除機は片付け電話を切った彩芽が慌てた様子で戻って来て
「おっ女将さん!」
「どっどしたん」
「おっ叔母が」
「叔母さんが?」
「独り暮らしの叔母が倒れたんですぅ!」
「そっそれは大変でぇ」
「すいません今から病院に行ってきて良いですか?でもお客さん」
「ええって、ええけん早よ行き気いつけていくんよ」
「すんません、ほんなら」
そう言いバタバタと荷物を取りに行く彩芽を見ていた女将はパンッと手を叩き、いそいそと厨房へいくと色んな物を中に詰め込んだでっかいおにぎりを何個も作り出した。
出たぁ女将の爆弾おにぎり
旨いんだよなこれ
にやにやするあれを尻目に、おにぎりに海苔を巻きタッパーにつめると彩芽がやって来た。
「彩芽ちゃん、これ食べて」
とタッパーを差し出すと驚きながら彩芽は受け取り
「これ女将さんの特製おにぎりやないですか」
と目を白黒させていると
「これ食べて気張り、あんたが倒れたら、もともこもないけん」
と言うと彩芽は嬉しそうに頷き
「ありがとうございます、ほな行ってきます」
と慌ただしく山の里を出ていった。そんな彩芽を見送る女将とは対照的におにぎりがほしくてウロウロしている、あれ。
「ちょっと何うろちょろしとんよ」
「いやいや、そんなに心配しなくても大丈夫だよ死にゃあしないから、それよりおにぎりを」
「ほうか、あんたが言うなら大丈夫やな。ほんまにおにぎり持たせてよかったわぁ看病はお腹すくしな、あれだ飲み物渡すの忘れた」
とバタバタと去っていった。
「いや、だから…おにぎり…おにぎり欲しかったのに」
と落ち込みながら玄関に行き、拗ねながらソファーに乗っかった。
そこに1時間前につり橋に行ってなかなか戻らなかった二人が疲れきって帰ってきて
「ふーやっと帰りついた。瞳も高所恐怖症なのによく帰ってこれたわねぇ」
と良いながら一人があれのいるソファーにドカッと腰かけた。
「奈々子ったら私をおいて先に行ったくせに、この鬼!でもさまさかあんなに怖いなんて…女将さんたらあんなの楽勝楽勝っていってたけど…」
サイドテーブルに荷物を置いていた瞳は振り返り奈々子を見て驚き息を飲んだ。
ムッとした奈々子が
「ちょっと何よそのへんな顔‼」
「え?」
「化け物でも見たような顔しないでよ」
と言われてひきつりながら
「奈々子…そこ…」
瞳が指差した方を見るが奈々子には何も見えない。
「そこって何?」
その奈々子に向かってあれが変顔をしながら除き混んでいる。思わず瞳は吹き出した。
「ちょっと何が面白いのよ」
はっと気づいた瞳が
「ごめんごめん、奈々子は見えないんだった」
と呟くと
「ちょっと大丈夫?まさかつり橋が怖くておかしくなったの?」
そこへ彩芽を送り出し少し落ち着いた女将が戻ってきて、面白そうなので隠れて見ることにした。あれは調子にのって奈々子の頭に角のポーズをしたり遊び始めた。
「いやだから、そうじゃないんだけどねプププ」
「はぁ?ちょっとあのねえいい加減にしてよぉ」
奈々子の大声にビックリして転げ落ちたあれを見て瞳は大声で笑いだした。奥では女将が声を殺して大笑いをしていた。
あれはバツが悪そうに部屋の隅に逃げ込んだ。
「もう笑わないで‼」
「ハッハッハ分かった分かった」
「まったく瞳ったら、それより女将さんたら、楽勝ってのは嘘だったわね。いったいなんなのよあの高さに揺れかた!下が丸見えじゃない超~怖すぎる私二度といかないからね女同士では」
女同士に引っ掛かった瞳が
「ちょっと女同士ではってそれどういう意味なの!まさか私を差し置いて結婚なんてしないわよね?」
慌てて奈々子が誤魔化すように
「それは秘密‼瞳あなたまさか、また彼とケンカでもしたの」
そろそろ聞きあきた女将が二人の話に入ろうと近寄って声をかけた。
「あんたら、いつまで漫才やっとんよ‼」
ピタッと止まる二人。そーっと振り返ると微笑む女将がいた。
「ほっといたら本当にいつまでもいつまも。でつり橋は超怖すぎる~だったんか?」
二人は困ったように笑いながら
「まあ」
と答えた。そんな二人を優しく見つめながら
「仕方ないわな、ほなけどようかえって来なさった。お帰りなさい保坂瞳さんに高橋奈々子さん」
その優しい包み込むような微笑みにほわ~っとあたたかくなった二人。
「ただいま」
でも瞳がはたと気付き
「ってちがう!女将さんいつからそこにいたんですか?」
と聞くとニヤリと笑いながら
「チョー怖すぎる!の前ぐらいじゃけど」
あまりの事に顔を見合わせる瞳と奈々子を見て、あれが楽しそうに笑いだした。
奈々子が
「だったら声かけてくださいよ」
と言うと女将は悪びれもせず
「ほなって面白かったけん。でも後半がまだまだじゃな、あれではお客さんが飽きるで~もっとネタを絞り混まんと」
「やっぱり私もそこを何とかしたいんですけどね」
と話し込む二人にあれも混ざりそれを見た瞳が唖然として
「そこ違うでしょ、ってか私達お笑い芸人じゃないですから。それに、あなたはなんなのよ」
とあれに向かい声をかけるが三人は不思議そうに振り返り
「なにいってるの?瞳?」
「お笑い違うんでか?」
「お笑いですわ!これからプロを目指します!」
「さすが‼志が違うなぁ‼」
当たり前のように言う二人に
「だから違うそれ誤解ですから、もう奈々子まで乗っからないでよ。いや、それよりそれ!そこにいるの何なんですか?」
瞳が指差したその場所を見ながら女将が
「え?何ですか?」
とぼけた答えをした。また必死に
「だから、そこにいますって」
と言うと奈々子が
「瞳ったらなに言ってるのよ…ん?いやもしかして本当に…」
思い出した奈々子は
「そうだ瞳って霊感があるとか言ってたことあるわよね。てことは…まさか途中で変なものでも連れてきたの?それともそれともなの?」
とウキウキしながら言う奈々子。
「ほう霊感があるんかえ、そりゃあなんとまぁ」
女将がチラッとあれを見た。あれも楽しそうに女将を見た。
「確かに少し霊感はあるけど、え?そうなの?何かつれてきたの?それとも本物?」
突然不安になる瞳に女将が微笑みながら
「この辺りは妖怪伝説があってな、妖怪がウヨウヨしとるって話じゃし他にも霊とかおるんじゃ。もしかしたらなんか連れてきたんちゃうか」
驚く瞳とウキウキしている奈々子に
「そんなことより、突然なんやけど二人にお願いしたいことがあるんよ。これから雑誌の人が取材に来るんやけど、その雑誌のモデルになってもらえるで?」
と、突拍子もないことを言い出した。ポカンとする二人に畳み掛けるように
「旅行雑誌のモデルでよ面白い二人にうってつけやわ。ほら楽しそうに食べてるところとか、お風呂に入っとるとことか。ギャラは払うけん」
突拍子もない話に、驚きうろたえながら瞳が
「そっそんな急に、それにギャラってどうする?奈々」
と言い奈々子の方を見ると、嬉しそうにランランと瞳を輝かせていた。
「やる気かい‼やる気なのか‼」
「当たり前よ‼」
そう言い、女将の手を握りしめ
「出来る限りの、協力をさせていただきますわ!あ、写真は右斜め45度でお願いします!」
といい、力強く握った手を降った。
「さあ行くわよ。衣装を決めなくっちゃ。早く瞳‼」
楽しそうに部屋に向かう奈々子に
「ちょっと待ってよ」
と叫んだが聞こえてなかった。
瞳は急いで奈々子のあとを追いかけようとして立ち止まり、女将に声をかけた。
「あの、まさかとは思うんですが、その人って地縛霊ですかね?」
あれが、ぽかんと瞳を見て呟いた。
「まだ、正体に気付いてなかったの?」
そんなあれを見て
「ヒャヒャヒャ、なんなんでしょうかねぇ~」
と女将が答えた。
「地縛霊じゃないの?天使いやいやたしかあれは半纏てやつよねそんなの着てるし、あっ子なきジジイ?いやあれはジジイだし…まさか…イヤでも…ブツブツ」
ブツブツ言いながら瞳が去っていった。
「ってかこの格好でなぜわからないんだあの人わざとか」
腕を組み腑に落ちないと言わんばかりにぶつくさいっているあれ。女将は楽しそうに
「今時ここまであからさまな格好ってのも逆に分からんのかもなぁハッハッハ」
「笑ってる場合じゃないってば‼」
「すまんすまん」
そんな時に電話がなりひびいた。女将が慌てて電話をとった。その電話は30年前に喧嘩して家を出た息子からだった。
「ハイハイ山の里です。え?誰て?お前20年ぶりに電話かけて来てなんや!うちには息子はおらんのじゃ‼え?慶一が、家出した?そっちに行ってないかって?ええいお前んちのことや知らんわ。自分の家のことは自分で何とかしたらええじゃろ知らんわ」
勢いよく電話を切ったものの女将は座り込んだ
「女将」
あれが慌てて抱えあげるが方針状態の女将は
「どないしょ。慶一が慶一が家出したって」
と呟いた。
「慶一ってけんか別れしてる息子さんの所のだろ」
落ち着くように促すが、女将はあれにしがみつき
「なあ、まさか誘拐されたりしとらんよな?変な大人についていっとらんよな」
「変な大人ってもう二十歳すぎだし」
と言うと
「なに言いよん‼あの子は、まだまだお子さまなんじゃ、慶一~慶一~どこにおるんよ~慶一」
と泣き崩れた。
あれは仕方ないなと思いながらも、優しく…いやニヤリと微笑みながら
「さあ、これから楽しみ楽しみ」
と呟いた。




