ふたつの月
むかし、夜の空に星はなく、月がふたつありました。
ふたつの月は意地悪で、夜なのに太陽より明るく輝いたり、騒々しい音を立てたり、上からものを落としたりして、夜空の下の生き物を困らせて楽しんでいました。
鳥も魚も獣も、眠る事ができず、病気になるものもでるほどでした。
鳥たちの中で一番知恵のあるフクロウが、高い空にのぼり文句を言おうとしました。
でも、ふたつの月はうるさがって、フクロウを空中追いかけ回して追い払ってしまいました。
海の生き物たちの中では、クジラが名乗りをあげました。
「世界で一番大きなわしをないがしろにはできないだろう。
なにしろわしの背びれは月に届きそうに大きい」
自慢の立派な背びれを海より突き出して、
「おい、ふたつの月よ。
おまえたちだって、眠りをじゃまされたらどうだ。
いいかげんに騒ぐのをやめたらどうだ」
とクジラが諭すのに、ふたつの月は耳も貸さず、
「こんなところに大きな氷山が浮いているぞ。
仲間に返してやろう」
とうそぶいて、海から突き出た大きな背びれをつかむと、尖った氷山のてっぺんにひっかけてしまいました。
クジラの自慢の背びれは、そのはずみに裂けてとれてしまいました。
野や森の獣たちも集まって話し合い、力自慢のクマとゾウが、ふたつの月をこらしめることになりました。
さて、そのころ森には黒い獣が暮らしていました。
黒い獣には目がなく、大きな口で何にでも噛みついてしまうので、「オオカミ」と呼ばれていました。
目がないオオカミは、月がどんなものか知りませんでした。
それで、他の獣たちの話をきいているうちに、どんなものか知りたくなりました。
できれば噛みついてどんな感触で、どんな味なのか確かめてみたいと思ったのです。
クマとゾウが、ふたつの月をこらしめる夜、月がふたつそろって空のてっぺんにきました。
クマが高い山の頂上で思い切り吠えると、大地が震え、木の実は落ち、海には大波が立ちました。
鳥も魚も獣も、わかっていても身震いするほどの恐ろしさでした。
でもふたつの月は、それを笑って見ているだけでした。
おどろきもしません。
続いてゾウが、このあたりで一番高い木に体当たりして大きく枝をゆらしました。
しかし枝は届かず、月たちの遥か下をくすぐるように揺れるばかり。
それを見た月たちは、ひとつは高い山の上に、もうひとつは海の上に移動して、ふたつして昼間の太陽より明るく輝きました。
月を見上げていたものたちは、皆まぶしさに目を痛め、地にうずくまりました。
ふたつの月は、その様子を見て大笑いしました。
その時です。
高い山の頂上から、月にとびついて噛みつくものがいました。
オオカミでした。
オオカミは、こっそりクマの後ろについて高い山に登っていたのです。
目の見えないオオカミは、月の光で目を痛める事もなく、笑い声で月の居場所を知ったのでした。
月はオオカミを落とそうと、大きくふくらみましたが、かえって鋭い牙がくいこんでしまいました。
あせった月が大きく身体をゆすると、その拍子に山にぶつかりました。
ものすごい音がして、月は粉々にくだけました。
月のかけらのうち、ふたつはオオカミの顔にくっついて輝く一対の目になりました。
口の中に残ったかけらは、はずみでお腹にすべりこみました。
他の幾千幾万のかけらは、飛び散って星になりました。
今では月はひとつしかありません。
星々の間で、青ざめて静かに夜を照らしているばかりです。
フクロウは月を見張るために、昼間眠り、夜は起きているようになりました。
クジラの背びれはあれ以来、なくなってしまいました。
オオカミは、二つの輝く目のおかげで、なんにでもかみついて確かめるということがなくなりました。
でも飲み込んだかけらのせいでしょうか。
月を見ると仲間によびかけるように、遠吠えをするようになったということです。
<了>
今回は子供向けに書いた短編。
本来絵をつけて絵本にしたかったのですが、メンドく……主に画力が足りずに小説という形式になりました。
そんなあとがきをDEVILMAN crybaby を観た余韻に酔いながら書いてます。
すごいわ、この作品!
あ、もうひとつ。
これだけだと物足りないと思うので、今日はもう一本SFの短編「おへその海」も同時アップします。