第三話:祭りは準備をしている時が一番楽しい1
「総火演」の準備も本格的に始まった。いつも通り闇酒場に集まったシュンシュウ達、今日はいつもと雰囲気が違うようで・・・。
「今年もこの季節がやってきた!転科を狙う者はより頑張ればならないし、他の勢力からの引き抜きを狙う者もより頑張ればならないが、このクラスで参加するのは二つ」
クリスティーナは競技日程と参加する競技ついて書かれたデータをクラスの面々に送信して説明を続けた。
「まず、二日目にこのD会場で行われる水場障害物競走。ハッキリ言ってこれは完全に噛ませ犬役だ。普通科と戦闘科の比較するための競技。うまくやれば映画にスカウトされる楽しい競技だ」
クラスの面々は皆、クリスティーナから目線をそらした。なぜなら彼女はこのやりたくない雰囲気を察したとき、目線のあった者に無理やりやらせるという癖があるからだ。
しかし、そんなことに気づかない者が一名。
「シロサキ・イツキ。お前が出ろ」
(あぁ見つかっちまったなイツキ・・・)
(イツキさんごめんなさい・・・)
クラスの面々も生贄を捧げるような面持ちでいた。
「え!?いいんですか?」
「勿論だ。詳しくは———」
と他に以前出たことのあるクラスの人間の名前を呼んで、彼らに説明を聞くよう促した。
「おい、イツキいいのかよ」
「何よ、シュンシュウ。代わって、って言ってももう遅いよ」
「説明、聞いてたか?」
「私の耳が工事中に見える?」
「「総火演」見てたならわかるだろ、相手はガッツリ水陸両用の「魔力変換機」を使ってくる」
「シュンシュウこそわかってる?私が水を扱う「魔術」の使い手ってことを」
すると後ろで聞いていたルチアが身を乗り出した。
「イツキさんならもしかしたらあるかもしれないね。シュンシュウ君」
(びっくりした。急に乗り出したらドキッとするだろ!)
「ま、お手並み拝見といこうか」
「あれ?シュンシュウは出場しないの?」
「俺は文字通り賭けて戦うぜ!」
「うわ、サイテー」と言っている顔を2人がしていた。
ざわつきだした教室内を静めるようにクリスティーナは壁を「魔術」で壁に穴をあけた。
「直すのは僕なんだけどな・・・」と一人の男子生徒がつぶやいた。
「もう一つは五・六日目に行われるクラス対抗戦だ。ま、これは聞くまでもないな」
クラス全員の顔は真っすぐ向くことはなかった。
小暗い(おぐらい)商業区にある海浜公園。そこにある森は見るとどこか空恐ろしい雰囲気を感じる。当然夜というのもあるが人類は勿論、神仏妖魔ですら好んで入ろうとは思わない。その森の中にある廃墟と化した認知されていない教会がある。その中へ入る一人の女性の影があった。その廃教会は森の中でも海岸沿いにあって近くには高く険しい崖がある。
その女性は明かり灯す球体を出現させる「魔法」を使って教会にある長椅子を調べ、そこに隠されているボタンを押すとその長椅子が動き出した。そこには地下へとつながる階段が現れた。その女性が中に入ろうとすると備え付けられた燭台に火がともり始める。
階段の先には人力で開けようとするなら辟易して帰りたくなるような重々しい鉄扉があった。その女性は首から下げたかつてドックタグと呼ばれていたIDタグの裏側に刻まれた紋章を扉にかざした。すると静謐な森の中にあるとは思えないほど騒音と目の前にあった鉄扉が木製のウエスタンドアに変わった。
中には海が見える壁一面ガラス張りの第一学園の中でも、屈指の観光スポットである絶景を一望できるテーブル席。後ろに様々な国、時代の銘柄のお酒が並んだ棚があるアイランドキッチン。神秘を感じさせる近辺の島々を眺めながら、生命を感じさせる潮風を楽しめるテラス席。闇酒場「HERMIT」である。
第一勢力:第一学園において、現代でも類稀なる法律がある。それは禁酒令と言われるお酒を飲むことを禁じる法律がある。「適化」と呼ばれる「魔法」に適応するための第一勢力における進化の形。「適化」すれば依存性の強いアルコールを欲することもなくなるためこの法律が施行されても過半数が可決するのは必然である。しかし、「適化」のリスクとして、人間の機械化や欲望の完全抑制による無気力化といったリスクが他の不死身とは違う特徴として持つ。よって一定数「適化」することに抵抗を示す人も少なくはない。
「ルチアさん!」
様々な人でごった返した店内のテーブル席からイツキが声と手を上げた。どうやらルチアのために席を一席とってくれていたらしい。
「ごめんなさい、遅れちゃって」
シュンシュウ、イツキ、イツキに似た人、キンヤ、そして赤毛の獣人、褐色の色男、行儀の悪い女性が座っていた。
(あと一席空いてる・・・誰かくるのかしら)
「まあまあ、この時期は忙しいんだから。俺も警備隊の方もあるから忙しいしな」
「キンヤが忙しいのは期間中じゃないの?私とシュンシュウはたいして変わらないけど」
「フフフ、私だって対して変わらないです。まあでも、本来やるはずのない仕事はあるのは確か。ね?バーディ科長?」
ルチアから一番遠い席に座っていた女性がお酒少し吹いた。
「な、なんだ、気づいていたのか・・・」
(テーブルに足をかけて座る女性なんてあなたくらいです)
「あたしに事務仕事なんて向いてねえよ」
「わかってます、わかってます。あなたあっての第72期普通科みたいなもんですから」
「そうだな、科長が変わってるとこの科にいる奴らは揃いも揃って異端児ばかりだな」
「言うじゃないシュンシュウ。さすが一番の異端児」
「おしゃべりはそこまでにして、何か頼んだらルチアさん?」
「そうするわ」とルチアがメニューを見る前に赤髪の獣人の男が「すんませーん」と店員を呼んだ。
「早えよ、ダンさん。まだルチアがメニュー見てるのに」
「なんだよどうせ頼むやつはいつもと変わんないんだから、別にいいだろ。女には優しいのな、ロング」
「ああ、いい女には優しくなるのが紳士の性ってやつさ」
ダンは「・・・いい女ね」と不敵に笑った。その様子を見たロングは「なんだよ」とダンに一瞥した。
呼ばれてきた店員さんに、ダンと呼ばれる赤毛の獣人の男はおかわりを頼んだ。すると店員さんはルチアに注文を聞いた。
「ルチアちゃんはどうすんの?やっぱりいつもの?」
「せかすなよ、別にあとでもいいよ」
「いや、いつものにします」
店員さんは「ウーロン茶ですねー」と注文をとって、空いたグラスを片して戻っていった。
(この二人は見ていると面白いな。褐色美男子のロング君、彼は様々な勢力を転々としながらも、確実な戦果を挙げて新世代でも指折りの精鋭と特集されていた。婚約者が二人いる話はこの集まりでは、もはや話のネタにもならないほど定着した椿事だ。ロング君とは対照的に精悍な性格で、その性格を裏切らない濃血色の体毛の獣人のダンさん。オオカミと人間を7:3にしたようないでたちで体長3Mに達するような巨躯を持っていて、彼が座る席はいつも特別製だ。彼は呪われた獣人の数少ない一人だった。そんな二人が言い合うところを見ると何とも言えない面白さがあるなぁ)
普段、会話することも少ない彼らも含めたこの集まりはかなり久しぶりだった。きちんと会話できるように彼らについて色々と思い出したが、実のところ二人を同時に相手するのはあまり得意ではないルチア。ロングとはただならない関係もあって気楽に話せるし、ダンさんも人並み以上に話せる。だけれどもこの二人がそろっての会話となるとなんとも入りがたい雰囲気に圧倒される。しかし、席順的にも会話せざるを得ないので少し観察をするようにこの場を静観していた。
「だったら今日も飲み比べだ!ロング」
「負けたら何する?ダンさん」
(いつも流れだ。どうせまたダンさんにロングが泣く羽目になるな、これは。見ている分には楽しい二人なんだけどな・・・。)
「もうまた、酔いつぶれて暴れんでしょ、やめてよもう」
「まあまあいいじゃん。そうカリカリしてっとシワが増えるぜ、イツキ」
「はあ?何言ってんのシュンシュウ?私はカナカ。イツキはあっち」
カナカと呼ばれるイツキと瓜二つの女性が指さした方向を見てみると、ビュッフェ形式のこの酒場でもの人気のコーナーのデザートで目をらんらんと輝かせていた。
「そんなこともわからないの?シュンシュウは」
「いや、お前ら全く一緒どころか爪先の遺伝子まで一緒じゃねえか」
「シュンシュウの言いたいこともわかるぜ」
「・・・ダン」
「女性としてはきちんと中身でわかってほしいと思いますけどね」
「ルチアちゃんの言う通り!ほんと女心のわからないやつ」
「ねー」とルチアとカナカの二人が顔を突き合わせていたところに、大量のチーズケーキを持ってきたイツキが戻ってきた。
「ねー何の話?」と咀嚼音と混ざって聞き取りにくい。
「つまみ食いしながら来るなよ」
「よっぽどチーズケーキが好きみたいだな、イツキちゃんは」
「まあねー。で、何の話?」
「いやぁ、シュンシュウが私とイツキちゃんを間違えてさぁ」
「ええ!ありえない・・・」
イツキが持っていたチーズケーキの山からいくつかが、バーディと喋っていたキンヤのひざ元に降り注いだ。
「ありえないのはこっちもだよ!」
「ごめんキンヤ、わ・ざ・と」
「おい、表出ろ。チーズケーキ嫌いにさせてやるぞ、イツキ」
「悪いのはシュンシュウだから」
「なるほどな。バーディ頼む」
すると、スルメをかじっていたバーディの左差し指から赤と黒の雷撃が甘い糖分の塊をシミごと消滅させる。彼女が得意とする雷に触れたものを完全消失させる「魔術」その一端である。
「一杯、おごりな。シュンシュウ」
「だから、なんで俺!?てかよ、みんなはどっちがどっちか分かってんのかよ?」
「私はしっかりわかっていましたよ。」
「ルチアまで・・・。ほんとかよ」
するとカナカとイツキの制服が同じ制服に変わり、「どっちがカナカでしょう?」という本人はおろか、この場にいる全員が問われても答えがたい問題でシュンシュウを困らせ始めた。
(この二人はダンさんとロング君とは違う、別の意味で面白い。シュンシュウさんが間違えるのも無理はない。瓜二つどころか本当に同一人物。制服が違わなければ、わかるわけがない。イツキちゃんの生体情報を基に創られたクローン的な何かで、彼女自身は霊体的なAI的な何かが乗り移ってる的な、搭載されてる的な。と曖昧なことばかり言っていたが結局よくわからない。シュンシュウさんとバーディさん、ダンさんは何か訳知りのようだけど・・・)
「というか、教室に入った瞬間見たときは、これが噂のドッペルゲンガーかと思ったもん」
「フフフ、いいサプライズでしょー。イツキちゃんが一番可愛かったからね」
「ぶっ、自分でいうのかよ」
「シュンシュウ!」
「シュンシュウ!」とカナカとイツキは全く同じ声帯で叫んだ。
「二重音声みたいなのやめろぉ、声まで一緒なんだから」
するとイツキとカナカは横並びになって口をパクパクと動かし始めた。
「今、どっちが喋っているでしょう?」
「そんなもん、聞きゃあわかるだ―」と言いかけたところでシュンシュウは気づく。
(こいつら音でわからないように「魔法」をかけてやがる・・・)
「どう、わかる?」と聞いている仕草まで、キッチリ・ピッタリ一緒に動く、まるで鏡コントのようである。シュンシュウは悩んで左を指さした。
「ブッブブー」と制服をイツキとカナカにかかっていた「魔法」と「魔術」を解いて、制服それぞれのものに戻した。
「外しちゃったね、シュンシュウさん」
「いやあ、わかんないでしょあんなに隠蔽されちゃあ」
「それでもわかるのが絆ってもんです」
「そーだ、そーだ」とルチアに回った二人が片手ずつ上げて両手で抗議する。
「お二人とも「魔法」や「魔術」を使われる時、毛先がそれぞれ違う色で輝くじゃないですか」
(イツキさんはいつでも蒼く輝いてますが・・・)
「それも、そうだな。いい加減慣れないとな」
再び「そーだ、そーだ」と手を上げる。
「お前らが慣れすぎなんだよ」と言いながらローテーブルにあったピスタチオの殻を、イツキとカナカおでこまで親指で飛ばす。
(痛がる仕草までシンクロしてる)
「私はねー、イツキちゃんと会った時から妹みたいに可愛くてねー」
「えーカナカがお姉ちゃんー?」
(イツキは本当に芯の強い女になったな。それもそうかあんだけのことがあればな・・・)
「そういえば、ロングさんは?」
「そうだな、さっきから席外してるな。あいつの彼女から呼び出されたんじゃないか?」
「かもな、二人もいりゃ相手も大変だろ」
ダンとシュンシュウの間を切り裂くように、二種類のカクテルを持った褐色の美しい右腕を挟んで「ちがうよ」とロングが会話に入ってくる。
「なんだいたのか、俺との飲み比べから逃げたのかと思ったぜ」
「なんだとは言い草だな、俺はただ美しい花を愛でていただけさ」
するとテラス席から手を振る若い女性が二人。
「相変わらずの花愛好家なこって」
ルチアから見てテーブル席の奥側で喋っていたバーディとキンヤがこちら側まで来ていた。
「ロング、そんなにタマとボウを持て余してんなら、あたしが蹴っ飛ばしてやろうか」
「いちいちうるせぇ奴だな、ていうかバーディかなり酔ってんな。キンヤ、止めなかったのか?」
「俺に止める度胸があるとでも?」
「それよりも二人とも」とロングの手の中にあるグラスをシュンシュウとダンに取らせるように催促させる。
「おう、サンキューな」「あんがと」とそれぞれお礼を言い、二人は乾杯してお酒を酌み交わす。
「あ、ルチアも持ってくれば良かったか?」
ここにあるグラスの中でルチアとバーディのグラスだけが空になっていた。というかバーディは座っていた席の周りにたくさんの空き瓶が無造作に置かれている。
バーディが「あたしはー?」とふらふらになっている腕でグラスを揺らす。
「私たちはー?」とカナカとイツキも二人で肩を組み、グラス振り回している。
「そのくらいでやめとけよ、酔っ払いども!グラスだけは割るな。割るならキンヤのケツだけにしとけ」
「なんでだよ!?もとから割れてるよ!」
そんなくだりの最中、ルチアは淡々と店員さんを呼んでいた。
「えーと、おかわりで」
「かしこまりました」と店員は指を鳴らして、壁の回転扉から複数人の黒子と思われる格好したスタッフが現れて、バーディが飲み干した空瓶と空きグラスを手早く片して、彼女の周辺に散らばったお酒やつまみの食べカスを持って厨房へはけて行った。
「そういえばルチアさん」
「どうしました、イツキさん?」
「なんでソフトドリンクだけなの?」
すると先ほどまでのお祭り騒ぎの店内がイツキの言葉を皮切りに静寂に変わる。バカ騒ぎの常連客は明後日の方向を見つめ、店内をスイングで彩るイカしたジャズミュージシャンも演奏を止めた。パリーンと厨房からグラスや皿を滑らせて落ちた音が聞こえる。
「みんな、どうした・・・の?」
みんなの視線はどこかルチアの方を見ないようにしているようにイツキは感じた。ルチアは今までの面持ちとは違う、好々爺然とした雰囲気を纏わせる。
「まあね・・・お酒は人を狂わせるのよ」
「ルチアさん!?」
(一体何があったの・・・!?いつも精悍だけど、どこか大人なまるで父親のような・・・ダンさん!)
イツキがダンに一瞥すると合った目線をそらした。
「・・・イツキちゃんよ」
イツキは「うん」と固唾を飲んだ。
「世の中には知らなくていいこともあるってことだ」
「ダンさんまで!?・・・シュンシュウ教えてよ」
「・・・いや」
「ちょっとー、子ども扱いしないでよ!」
しばらく口を閉ざしていたシュンシュウが「そうだな・・・教えt——」と言いかけたところで、ルチアのわざとらしい大きい咳払いをする。
「フフフ、それは知ってほしくはないかな?」
(ルチアさんの目が少しも笑ってない・・・こわ!)
「ヒントを言うなら、夜の自信を失う・・・かな」
「ロングさんどういう意味?」
ロングは殺気を感じた。そのプレッシャーがあの日の夜を彷彿とさせる「ロング君?」という言葉から「何を口走ってんだ」という本懐を感じたロングは条件反射的に「すいませんでした!」という反射的謝罪を繰り出した。
(ルチアさんマジパネェ・・・。ロングさんって確か、第三階級以上の階級は勢力内上位25%しかいない中で、第三階級「武官」階級だったような・・・。これが真のヒエラルキー!!)
とルチアを絶対怒らせまいと決意したイツキであった。
ちょっとした間の沈黙はすぐさまあの男によって崩された。
「呼ばれて、飛び出て、ジャジャジャーン」
「帰ってください、ジャンカルロさん!」
「なんで!?」
「冗談・・・・です」
「んー。何かがあったようだが、諸君にとってもちょっと気になるものを持ってきた!」
「ジャンカルロ、それなりのもんだろうな」
「まあ見たまえ、72期普通科諸君」
ジャンカルロは手元にあった端末を使って、シュンシュウ達全員が見えるようなサイズのホログラムモニターを出した。別の話題になったと、店内の人々は再び騒音にまみれるがその後、シュンシュウ達が織りなす騒動に巻き込まれるとは誰も想像していなかったし、その騒動の先で人類を二つに分かつ戦いへと繋がるとは知る由もなかったのである。
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