98-晴れ、ところによっては
生きている。のか?
体に痛みはない。手足も動かせそうだ。抱き枕でも、ない。
昨日のことを思い出してみる。背中に柔らかい…
そうだ、ヒロコさんだ。俺がログアウト、強制終了をする前に気絶させられたんだった。そんな手があるとは… すっかり忘れてた。やりおる。
ま、ヒロコさんが起きていた時点で作戦は失敗だったからな。次はヒロコさんが寝ていることをちゃんと確認できる方法を用意しよう。
それにしても、やはり生きているようだ。ひょっとして頭にVRギアがついてたりして… なかった。よし、よし、問題なし。
ゆっくりと目を開けてみる。
やっぱり、問題ありだ。目の前に下着姿のメイさんが寝ている。枕元にはきれいに折りたたまれた服が置かれていた。受付服っぽいな、ここで寝ないで仕事に行けばいいのに。
朝から目の保養になってくれるのはありがたいのだが… もうちょっとなんじゃないか、もうちょっと…
「あなた、おはようございます」
「は、はい。おはようございます。別に何もしてません。見えそうで見えないだけで、触ったりなんて… 考えるだけにしてました」
「私のを触っただけでは足りないようですね。別にメイを触ってもいいんですよ。私は怒りませんから」
ナギさんが朝から問題発言の連発だ。俺にはナギさんに触れた記憶が全くない。けしからん。い、いや、どうせナギさんの意地悪だろう。華麗に躱しておこう。
「ナギさんに触れてもいないし、メイさんにも触れません」
情報端末を探して時間を確認する。何かトイレに行きたいような気がしないでもない。
時間はっと。
「もうすぐ10時じゃないですか?なんで、もっと早く起こしてくれないんですか?」
「メイが来るまで私も寝ていました。だいたい、あなたに起こしてくれと言われていませんし、私にもぐっすりと抱き枕を抱いて眠る権利があります。そうしないとあなたを殺してしまうかもしれません」
「頼みはしませんでしたが、俺を一人にしなくても」
「それに、ヒロコさんの手足を躱しつつ抱き枕を手中に収めるのにかなり神経と時間を使いました―」
アホだ。無駄にスキルの時間を使うアホがおる。
「結果、あまり眠れていません。なのに私の苦労も知らず、このメイときたら幸せそうに。あなたは、メイに抱き枕にされなかったようですね。それとも事後ですか?」
ナギさん、言葉ぁぁぁ。言葉を選んで。聞こえ方がセンシティブです。
しかし、事後なのだろうか?全く記憶がない。ナギさんのこともだが、ちゃんと覚えておいて欲しい。もったいないじゃないか。
「そんなこと知りません。それと、俺は一度向こうに帰りますから」
「あなた、何時に戻るのですか?朝食は?」
「えーと、10時半頃には。それと朝食はいりません」
「承知しました」
それでは、改めてログアウトボタンをポチッとな。
VRギアを外す。まず、トイレだ。満潮に近い。
ふぅ、スッキリした。冷蔵庫からほうじ茶を取り出しパソコンを起動。
時間は10分くらいしかない。ほうじ茶を飲みながら軽く巡回する。
「お、第二次大戦、明日からじゃん」
第二次大戦の開始日時が決定したようだ。俺には関係ないのだが、少し前の自分を思い出してワクワクしてしまう。ある意味一番楽しい時期なのかもしれない。それと、第一次大戦の方にもアップデートがあるようだ。ほほう。
開始都市が気になるな。第一次大戦と同じなのだろうか?もし、違っているとしたら… それは、それで恐ろしい。
このゲーム、舞台となるアースこそ同じだが都市が分散、独立している。それは都市ごとに個別のリソースが必要になってくるということである。地形データは当然都市ごとに違う。その都市もすべて同じ形ということもない。同じなら掲示板では残念な話題が飛び交っていることだろう。
第一次大戦の都市の数でも既におかしいところに第二次大戦の都市が加わると、どうやって地形データをつくっているのか考えるだけで頭が痛い。もしかして、本当に地球を3分の1とはいえまるまるつくったのか?まさか、そんなの、人間技じゃ…
「あっ」
もう10分経っていた。ログインしないと。アース人、NPCに怒られてしまう。
パソコンの電源を落とし冷蔵庫にお茶をしまう。
体を少し伸ばしてベッドに、そしてVRギアを装着し再びアースへ。忙しい。
自分の部屋に戻ってきた。出待ちなし。メイさんは… いない。布団も片付けられている。目の保養はお終いのようだ。
手には情報端末がない。なぜかポケットに入っている情報端末を取り出し時間を確認する。10時30分、ジャスト。素晴らしい。
まず、居間に顔を出そう。ナギさんが悪いことを考える前に。
部屋を出て居間に移動するとダイニングテーブルでヒロコさんとナギさんがお茶をしていた。飲んでいるものがお茶かどうかはわからないが。
「おはようございます」
「おはよう。今日も君のおかげでぐっすり眠れたよ」
「私は疲れました。当分、ヒロコさんと寝ませんから」
ヒロコさんがナギさんの方を向いているが、そのナギさんは閉じているのか開いているのか判断のつかない目だった。朝から火花を散らしているのかどうかは当人だけにしかわからない。
「メイさんは、どうしました?」
「仕事に行かせました。あまりに気持ち良さそうに寝ていたので無理やり起こしてあげました。始業時間はとっくに過ぎているというのに、どうしてあんなにスヤスヤと」
メイさん、自由だな。ありのまま生きているといってもいいかもしれない。見習いたい気がしないでもないが、俺には無理そうだ。
ヒロコさんを避けてソファーに座ろうとすると、ヒロコさんが自分の隣の椅子をパンパン叩いている。見えないように顔の角度をゆっくりと変える。
「君、昨日寝る前に、まさかとは思うけど逃げようとしなかった?」
すぐにヒロコさんの隣に座る。そんなことあったのだろうか?思い出せない。ああ、思い出せない。
「ナギさん、俺にもお茶とかもらえますか?」
「少々お待ちを」
「私が君を抱き枕にしたあと、君、向こうに帰るとかナギに言ってなかったかな?」
「そ、そうでしたか?急に意識が遠のいて覚えていないんです。美人に挟まれて嬉しさのあまりすぐに寝てしまったのかもしれません。ヒロコさんも快眠できたようだし、めでたしめでたしですね」
「君は情報端末なしでも向こうに帰れるんだろ?ま、次やったら… 君の代わりに君の大事なものを抱き枕にするから。君の大事なものが凄く頑丈だと、いいね」
「えーと、何のことかよくわかりませんが、き、肝に銘じます」
たぶん、俺の大事な対物ライフルやハンドガンを壊す気だ。ハンドキャノンは大丈夫だと思うが対物ライフルとハンドガンは代わりがない。
それでも、ハンドガンはギリギリ何とかなるかもしれないが、俺の主砲、対物ライフルはどうにもならない。これは非常時のために設計図を確保する必要がありそうだ。
「あなた、どうぞ」
「ありがとうございます。それで、ヒロコさんは家に帰らないんですか?」
いつものお茶の香りだ。温かいお茶を口に入れる。うん、落ち着く。
「君は、何を言っているのかな?ここも私の家なんだけど。家族だろ?ここは、とても寝心地が良い」
「ヒロコさん、毎日シグレを独占するのはどうかと思います。私を含め正式な妻がいるんです。それにアユミさんも寂しいでしょう。もう帰った方が」
自称なのに、さらりと権利を主張してくるな。それに複数いるようにも聞こえる。ナギさんは半分夢の中なのかもしれない。
「ナギ、言うねぇ。朝方抱き枕を貸してあげたたろ?」
「それまでが問題なんです。私まで捕まるところだったんですよ」
「大丈夫だって、私はポーション常備してるから」
また、二人の目が合って、いるんだろうな。こういうときは、目を開けてもいいんじゃないの?ナギさん。目を開けると時間を消費しちゃうのかな?
しかし、意外とナギさんは俺側でヒロコさんと戦っている。問題ワードもあるがヒロコさんの抱き枕よりはいい。
「そうだ、そうだ。独占反対」
「君は減点による罰なんだから、そういうこと言う権利はないんだよ。嫌なら減点にならないようにすればいいんじゃないのかい」
それは無理だということが昨日判明しました。
「あなた、減点には気を付けてください。私でも擁護はできませんよ」
だから、無理なんです。ナギさんも昨日の惨劇を見てたでしょ?
「それで、君は今日どうするんだい?また、ヤドカリかい?」
「いえ、時間が時間なので今日は補給を済ませたらゆっくりしようと思います。ヤドカリなんて、また食べたくなったときまで行く気はありません。まさか、ヒロコさん、今日も?」
「いや、私も久しぶりにビスケットを連続使用したからね。今日は家でゆっくりするよ」
「私は秘密です。申し訳ありません。今日はあなたに付き添えません」
表情を変えずに静かに喜ぶ。悟られるのはまずい。
よっしゃぁ。今日は一人で行動できるぞぉ。心の中で大人しくガッツポーズをきめる。
「君、顔が変だよ」
「よく言われます。気にしないください」
まずい。最大限注意を払ったのに顔に出たか… そんなはずはない。本当に顔が変なんだろう。なんだかチクッとした。
「ナギさん、水筒にお茶だけ用意してもらえますか?」
「はい、既に用意はできています。今持ってきます」
「あ、大丈夫です。台所にあるんですよね?自分で持っていきますから」
少し温くなったお茶を飲み席を立つ。
「それでは、お先です」
台所でお茶の入った水筒を確保し部屋に戻る。
今日は戦闘をするつもりがないので対物ライフルはお留守番っと。
水筒をリュックサックに入れ、ハーネスを装備する。
ハンドキャノンもお休みで、全く武器を持たないとトモミさんに出会うと面倒なのでハンドガンだけは装備しておく。ハンドガンのマガジンを抜いて弾を確認する… 新型弾だ、問題なし。
リュックサック、バッグを装着して対物ライフルを見送れば準備完了だ。
狭い部屋を見渡す。窓の端にまとめられたカーテンのおかげか、物置から少し脱却できたように見える。
『ぎゅるるぅぅ』
お腹の催促が激しくなってきた。もう行こう。
玄関に行くとナギさんがいた。静かにあの目を俺に向けている。
少しやりにくさを感じるが靴を履くのに支障はない。自分が靴を履かせる、とか言ってくるかとも思ったが、そんなことはなかった。
変な妄想が先回りしだした。空腹が極まってきたせいだろう。
切り替え、切り替え。
「それじゃ、いってきます」
「いってらっしゃいませ」
玄関を出て階段を降りる。何を食べるか迷ってしまう。ナギさんの手料理は大変美味しくて助かっているのだが、俺みたいなファーストフードでできているような人間にはファーストフードを食べないとダメなのだ。何がダメなのかは俺にもわからない。
しかし、ナギさんに毎日朝食いらないとか言うと苦無でチクチクされそうで怖い。というか殺されるんじゃないか?
それは、ないか。半殺しで部屋の置物にされるとかか?自分で考えていて寒くなってきた。や、やめよう。
寂れた公園に入る。今日は一人なのでここでゆっくりしても誰にも何も言われない。久しぶりの感覚だ。忘れていた何かが俺を侵食していく感じがする。
噴水の石像は今日も変わらず水を注いでいる。肩がこりそうなポーズだ。
そんな噴水の石像を眺めながら水場で水を飲む。やっぱり、美味しい水だ。しかし、チームハウスの水道の水と同じだな。当たり前か。雰囲気的に、こっちの勝ちだが。
ベンチにも座ってみる。こちらも久しぶりの感触だ。癒やされるなぁ。
こういうのは普段爆弾管理で苦労しているから味わえる安らぎなんだろう。戦士には休息が必要というのを身をもって知ったな。しかーし、爆弾は勘弁して欲しい。みんな爆弾からクラスチェンジしてくれないかな。
可愛くなった爆弾達が踊っているのが目に浮かんでくる。
ダメだ。空腹が限界だ。うーん、近いところだと… カメチャブか。いいや、そこで。カメチャブも随分久しぶりだ。今日は久しぶりで攻めるのもいいかもしれない。
噴水の石像に心の中で挨拶をしてカメチャブの店へ向かう。
裏通りから傭兵通りへ出ると魔物の巣、薬屋はすぐそこだ。
もうヒロコさんしか恐れる必要はないので、そのヒロコさんがいない薬屋の前は大手を振って歩ける。
のだが、薬屋の前に見たことのあるおばちゃんがウロウロしていた。中に入ればいいのに、どうしたのだろうか?
特に急ぐでもなく普通に近づくと、おにぎりの露店のレイコおばさんだった。こんなところで何をしているのか?
「おはようございます。入らないんですか?」
「あ、あら?いつもの、ヒロコちゃんをつれてた… 傭兵の…」
「シグレです。どうしたんですか?」
「私はアズミ レイコ。レイコでいいよ。ヒロコちゃんの知り合いみたいだし。で、そのヒロコちゃんに会いに来たんだけど、この薬屋でいいのかい?」
レイコおばさんは大きな風呂敷に何かを包んで持っている。まさか、全部おにぎりだったりしないよな?
「そうです。でも、今ヒロコさんはここにはいません」
あっ、いいこと思いついた。抱き枕の仕返しにレイコおばさんをプレゼントしよう。そうしよう。
「え、そうなのかい。せっかくのお土産が…」
「あ、大丈夫です。安心してください。居場所は知っているので案内しましょうか?すぐそこですよ」
「ほんとかい、シグレ。ありがたいね。今度おにぎりサービスしてあげるよ。ほら、早くつれてってちょうだい」
「了解です。ついてきてください」
シシシ。ヒロコさんに目に物見せてくれよう。
レイコおばさんをつれて、再び裏通りに入る。流石にレイコおばさんと二人で歩いていても俺の変な噂を豪華にすることはないだろう。
裏通りから傭兵通りに抜ける傭兵とすれ違うが、いつもと違ってコソコソする必要がない。安心、安心。
「この階段の上が玄関です。どうぞ、どうぞ」
「こんなところにヒロコちゃんがいるんだね。店をほったらかして何をやってるんだい?」
「何をって、お茶とかを飲んでたりじゃないでしょうか」
さて、玄関の前についた。ここからが勝負だ。俺がレイコおばさんを普通につれてチームハウスに入るとヒロコさんにバレバレだから、ここはレイコおばさんをナギさんにパスしよう。ナギさんが、まだ出かけてなければいいのだが。
おもむろに呼び鈴を鳴らす。ヒロコさんはナギさんがいたら玄関に出てくることは99%ない。ナギさんが出かけていれば、ヒロコさんが出るか居留守だろう。ナギさんじゃなければプランBに変更だ。
扉が開いても出てきた人に遭遇しないようにスタンバイする。1%のヒロコさんが来ませんように。
すると、扉がゆっくりと開いていく。扉の近くには気配がない。ナギさんだな。順調、順調。【気配察知】先生が沈黙で教えてくれていた。
「どちら様でしょうか?」
ナギさんなので、扉からひょいっと顔を出す。
「あなた、どうしたんですか?呼び鈴なんて鳴らして忘れ物ですか?」
「いえ、ヒロコさんにお客さんをつれてきたので、よろしくお願いします。レイコおばさん、どうぞ」
「そういうことですか。承知しました。こちらへ、どうぞ。レイコおばさま」
「え、ええ。何だか落ち着かないねぇ。大丈夫なのかい?シグレ」
「大丈夫ですよ。ナギさん、ヒロコさんいますよね?」
「ええ、いますよ。ですが、あなた、バレたら減点じゃ済みませんよ」
「そこは、ナギさんがバレないようにフォローしてください。俺は親切心でレイコおばさんをつれてきたんですから」
(あなた、その親切心は理解されませんよ。バレたら手足を折られて完全な抱き枕です)
背筋を悪寒が走り抜ける。まずい、予言めいたナギさんの言葉が、俺のしたことの大きさを教えてくれた。
久しぶりに、やっちまったかもしれない。いや、これはヒロコさんをお世話した人への親切だ。悪いことではない。迷っている人を目的地へ送り届けただけなのだ。きっと、都市警察も褒めてくれる。はずだ。
(ナギさん、頑張ってフォローをお願いします。バレた場合は親切部分を強調してください。悪意は全くないとも)
「はぁ、無理だと思いますけど」
「レイコおばさん、それじゃ俺はもう行きます。ヒロコさんと久しぶりの積もる話でもしてください。俺が案内してきたことは秘密でお願いします」
「秘密だね。私は秘密大好きだよ。それと案内、ありがとね。今度サービスするから、また、店に来るんだよ」
「はい、必ず行きます。では」
あまり時間をかけるとヒロコさんが玄関に来るかもしれない。急いで退散する。
レイコおばさんは少し不安そうにチームハウスに入っていった。積もる話攻撃で苦しむがいいヒロコさん。そして、ざまぁ。
足早に階段を降りると振り返らずに裏通りから傭兵通りへ出る。
空は霧でどんよりしているが俺の空は快晴になった。
今日は朝から天気が良い。しかし、雲行きは怪しかった。




