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96-夕疲れる魔物


「ヒロコさん、これを」


「ほい、ほい」



 ヒロコさんが一際大きい魔石を海へ放り投げた。軽く投げているようだが飛距離は凄いことに。ヒロコさんの遠距離攻撃手段は手榴弾の投擲で決まりだな。


 途中で失速して海に落ちる魔石。さよなら、200万YEN。落ちた場所の海面が不気味にうねっている。何かが食らいついたのだろうか?


 海の方を眺めているのは俺だけのようだ。驚きを静かに隠す。ヒロコさんが知ったら、今度は主釣りをするとか言いそうだ。餌は巨大ヤドカリの魔石だな。よし、黙っておこう。



「マテリアルはいくつでした?」


「三つですね。どうかしましたか?」


「いえ、特に」



 図体のわりにドロップするマテリアルが少ない気がする。もう少しドロップしても。それともこれで十分多いのだろうか。


 マテリアルの数は魔石の大きさみたいにわかりやすい相関関係ではないのだろう。それに高確率で鋏がドロップする。巨大ヤドカリがもっと簡単に倒せればアサヒ都市の食に貢献できるのに。


 簡単に倒せれば…



「それで、ヒロコさん。大丈夫ですか?」


「久しぶりに一日に二つ食べたからねぇ。少し大丈夫じゃないかもね」



 もう、いい歳ですからね。



「もう、いい歳ですから」



 思わず自分の口から出てしまったのかと思うくらい同じタイミングだった。心の代弁は心臓によくないですよ、ナギさん。



「ナギ、歳は関係ないよ。久しぶりだったからだ。体が鈍っているんだろうね。しかし、そろそろ身を固めるのもいいかもしれないね」



 なぜか、ヒロコさんが俺の顔を見てくる。ゆっくりと顔を背けた。


 自称の妻さんがいるだけでも問題なのに、それが二人とか。呪い殺さるかもしれない。アースにテレビやビデオがなくてホント良かった。



「あなた、私は三人が四人になったところで気にしませんから」



 三人じゃないし。



「あれ?メイは違うのかい。嫁入り修行でもしてるのかと思ったんだけど」


「そういえばいましたね、そんなの。仕方ありません。じゃ、増やしましょう。あなた、五人です。面倒みてください」



 五人なんて。毎日俺が振り回される未来しか浮かばない。硬派な俺の都市防衛ライフが水泡に。


 俺がいない方がうまくいくでしょ。女性陣だけでチームを組めば… あ、俺がまた、ホームレス傭兵になるな。うーん。そうなったらバイクで暮らすか。



「そういう妄想はいいですから帰るなら準備をしませんか?」


「あなた、現実から目を背けても解決しませんよ」


「まぁ、ナギ、男にも考える時間が必要なんだろうよ。考えさせてやりな」


「こういうのは勢いが大事です。考えても好転しません」



 おかしい。既に決定事項のように聞こえる。そもそも俺の意思とかは何処へいってしまったのだろうか?



「俺は火を消しますから二人も帰る準備を」


「わかりました」


「君、火なんてそのままでいいんじゃない?ここ、異界だろ?」


「火をそのままなんてダメです。後始末は大事なんです」


「ふーん。いいこと言うね。加点しちゃおうかなぁ―」



 おおお。思わぬところでチャンスが。やはり日頃の行いか…



「やめた」



 ブーーーーー。我慢だ、俺。これは挑発だ。のってしまい何か言うと逆に減点が待っている。つんのめりそうになるのを堪えつつ火を消しに行く。


 ナギさんと挑発に失敗したヒロコさんはお土産用のヤドカリの身を弁当箱や昨日は見なかった容器に詰めていた。それでも、1体目の鋏一つ、2体目の鋏一つ合わせて二つの鋏がまるまる手つかずに残っている。このまま消えてしまうには非常にもったいない。ここで何とかできないものか。


 切り替え、切り替え。


 昨日と同じように火を消した。火を消すのに使ったコッヘルをナギさんに返しリュックサックを装着する。


 時間は16時06分。対物ライフルを担ぎ二人のもとへ。



「俺の弁当箱にもヤドカリの身を詰めた方がいいですか?」


「大丈夫でしょう」


「私も大きい容器を持ってきたからね。アユミちゃんがこれにってしつこくて。それにしても残っている鋏がもったいないね」


「ホント、もったいないですね。ここで缶詰加工とかできると都市の人にも分けてあげられるのに」


「あなた、たまにはいいこと言いますね。少し感心しました」


「ふーん。缶詰ねぇ。それは、いいことを聞いたなぁ。ふーん」



 あ、嫌な予感がする。ヒロコさんのあの目、悪いことを考えている人の目だ。



「そ、それじゃ、帰りましょうか。今の時間ならゴーストも出ないと思うし」


「そうかもしれません」


「ま、出てもゴーストなら問題ないよ。うーん、缶詰かぁ」



 缶詰にとらわれているヒロコさんを後ろに俺とナギさんが前を歩き砂浜を離れる。廃墟に混ざって存在する巨大ヤドカリの鋏がとても滑稽に見えた。


 お世話になった廃病院の横を通りダンジョンの出口を目指す。なぜか、この辺りにはモンスターがいない。このダンジョンはモンスターがモンスターを襲っていたりもするし謎の多いダンジョンだった。




(どうして、こうなった)


(あなた、このダンジョン。何がしたいんでしょうか?)


(うーん、何がしたいんだろう。僕の方こそ教えて欲しいよ)


(ダンジョンがエネルギーを使ってモンスターを生み出し、そのモンスターの行動によって生物のエネルギーを回収しダンジョンコアに転送、成長する。ある程度成長するとダンジョンコアは分裂、それを運ばせて新たなダンジョンとなり個を増やす。そういうモンスターですよね?ダンジョンは)


(そうだよ。メンテナンスフリーで世界に広がっていく、とてもできのいいモンスターのはず、なんだけど。こいつは、どうしちゃったのかな)


(同士討ちするモンスターを生み出している上に、あのモンスター大きすぎて外に出られずエネルギー回収の邪魔でしかありませんね。出られないのは、このダンジョンに魅力があればさして問題ではないとしても)


(いやいや、ちゃんと人間、アナザーを倒しているから。アナザーはポイント高いから。シグレは倒されなかったようだけど)


(私のシグレは、あなたの思惑にはまったりしません。それで、いいんですか?あのままで)


(アナザーを倒せているなら問題ないんだよ。サハギンがアナザーの餌にならなかっただけだから)


(サハギン以外にもいるようですけど。それらがヤドカリの餌になっても?)


(うーん、こういうダンジョンがいても個性があってよくない?)


(私に聞かれても。まぁ、一応試練にはなっているので、あなたがそれでいいなら私は別に。シグレも楽しんでいるようですし)


(楽しんでるって、あの個体、アース人のヒロコっていうのかな。あれがヤドカリと戦うときシグレ、困ってたでしょ?かなり)


(それがいいんですよ。シグレはもう合格です。今後は私のシグレとして楽しませてもらいますから)


(早いって、もっといろんなシチュエーションを)


(私にはわかるんです。そういう存在ですから。あなたは、試練に影響しそうなあれを何とかしてください)


(そういう存在って。僕とあまり違わないくせに。一応調べた方がいいかな?ダンジョンコアまで行かないといけないけど。誰か貸してくれる?)


(嫌です。私の娘達が危ないでしょ?)


(危ないっていわれても仕事だから。だったら、君のシグレにお願いしようかな)


(何でもチケットなしで聞いてくれるといいですね。フフフ)


(何でもチケットなんて、また手に入れればいいんだよ。僕は先生だからね)


(今は教師もいることを忘れてもらっては困ります。シグレの何でもチケットは私のです)


(もう1枚持ってるんだから我慢してよ。贅沢はダメだよ。僕にも分けて)


(こういうのはいくらあっても邪魔にはなりませんから。それにしてもアナザーがチケットに逆らえないなんて機能、よく組み込んでいましたね。そこは褒めてあげます)


(え?そんな機能入れた覚えはないよ。不思議だよね、あれ)


(…)




「ナギさん、このダンジョン、異界をどう思います?」


「どう、と言いますと」


「同士討ちするモンスターはいるし、全然モンスターがいない場所もあるし、ゴブリンの異界とはちょっと違いますよね?」


「そもそも、私にとって異界自体が既におかしいものですので、その中で何が起こっていてもそういうものとしか捉えていません」


「それは、そうなんですけどね」



 視界に入ってくる霧の中の信号機や街灯。意味なく点滅を繰り返すそれらを眺めながら歩みを進める。目印になってありがたいのだが、侵入者に寛容なダンジョンって。あまりお目にかかった記憶がない。



「ナギ、シグレは侵入者を排除するのが目的のはずの異界が、侵入者を排除する気があまり感じられないところに疑問を持ってるんだよ」


「あなた、そうならそう言ってくれれば。しかし、それが問題ですか?」


「いや、問題じゃないよ。だから、問題なんだけど… ま、いっか」



 都市には影響ないし、巨大ヤドカリも逃げようと思えば逃げることは難しくない。このダンジョン、都市にとってメリットが多いな。今のところは、だけど。



 ダンジョンの出口に到着。モンスターの出現はなし。いたって、平和だ。



「それじゃ、出ましょうか」


「そうですね」


「ヒロコさん、大丈夫ですか?」


「うん?問題ないよ」



 歪んだ空間を通ると昨日とは違って明るい病室に出る。ムン君の出待ちはない。


 ダンジョンに入るときも明るかったのだが、ヒロコさんが急いでいたのでゆっくりする余裕はなかった。と思う。


 とりあえず、対物ライフルを置いてリュックサックから水筒を取り出しお茶を飲んだ。落ち着く味だ。


 すると自分のを飲めばいいのにヒロコさんが俺の水筒を奪っていく。



「ありがと」


「ヒロコさん、次は私に」



 ヒロコさんが二人の視線が集まる中、ゴクゴクと俺のお茶を飲んでいく。



「ヒロコさん、この病院の探索は済んでるんですか?」


「ああ、とっくに終わってるよ」


「ちなみに、それ俺のお茶ですよ」


「美味しいよ。加点はしてあげないけど。はい、ナギ」



 ちっ。



「ありがとうございます」


「だいたい、病院みたいなところは真っ先に探索するからね。都市周辺の病院で探索してないところはないんじゃないかな?」


「ですよねー」



 どの辺りまでが周辺になるのかは気になるな。



「あなた、お返しします。空ですけど」



 軽くなった水筒をリュックサックにしまい対物ライフルを再び担ぐ。



「それじゃ、ヒロコさん。先、どうぞ。俺は後ろに引っ込んでおきます」


「うん?加点を狙わないのかい?かっこよく先導してくれれば、あるかもよ?」


「ありませんね。もういいです。とても口では言えないことも、だいたいわかってますから」



 抱き枕なんでしょ。



「ふーん。そう。じゃ、ナギ、行くよ」


「はい、抱き枕なら私もお世話になります。ヒロコさん」


「じゃ、久しぶりにナギと寝るか。シグレを挟んで」



 ほーら、やっぱり。この会話もグヘヘヘヘヘに聞こえなくもないが、こっちは命懸けだ。最初から抱き枕にされた場合、夜トイレに行きたくなったとき解放してもらえるかが非常に重要な問題だった。解放されなかった場合、リアルの俺の部屋が地獄に。


 いや、待てよ。解放される必要はないのか。そのままログアウトすれば。


 そうか!ヒロコさんに捕まっても、ヒロコさんが寝た後にログアウトすればいいのか。おおおおお。俺にはログアウトがあったんだ。


 ヒロコさんが寝る前にログアウトすると抱き枕として信用問題に発展する。タイミングが非常に重要だ。いやぁ、未来は明るいなぁ。



「ナギさん、ヒロコさんが寝ているところに近づいて大丈夫なんですか?」


「あなたがいるので私には被害がないと思いますが、初めてのことですから細心の注意を払いたいと思います」



 俺は途中でログアウトの予定です。



「メイさんはどうするんですか?」


「メイはすぐに寝るし、寝たらなかなか起きないので問題ありません」



 ナギさんが、こう言っているのにヒロコさんは涼しい顔をしていた。自分のことなのに。メイさんは、その、残念でした。



「それじゃ、帰るよ」


「わかりました」「了解」



 ダンジョンの入口がある廃病院を離れ来た道を来たときと同じ陣形で戻る。


 モンスターは出現せず道を覚えるには十分な余裕があった。これで、次は一人で来ても何とかなるだろう。たぶん。


 17時少し前に防衛櫓12-0001に到着。対物ライフルから弾を抜きイヤホンを外す。



「ナギさん、水をもらえませんか?」


「少々お待ちを」



 ナギさんが重そうなバックパックを下ろし水筒を取り出し蓋を開けて渡してくれた。



「どうぞ」


「ありがとうございます」



 蓋が開いているので、何も考えずにそのまま飲む。


 水かと思ったら、こちらもお茶だったので少し違和感のある味がしたが喉は潤った。俺の水筒がお茶だったのだから、当たり前といえば当たり前だ。



「それじゃ、次は私が」



 ヒロコさんが、また水筒を横取りしようとしてきた。が、ナギさんにインターセプトされる。



「これは、私のですから。ヒロコさん自分の水筒を使ってください」


「ナギのケチッ」


「それでは、帰りましょう」



 ナギさんがヒロコさん置いて歩き出す。



「ヒロコさん、帰りますよ」



 少し子供っぽくなっているヒロコさんの横を抜けて、俺はナギさんを追いかけた。



「君、ケチなナギはほっといて今日は二人で寝よっか?」


「あなた、ヒロコさん相手にそんな余裕はありませんよ。死なないように気を付けてください」



 これも、ヒロコさんじゃなければ非常にグホホホホホな内容なのだが。


 いろいろシミュレートしてみたが、やはり問題はヒロコさんの腕力だった。あの力の前では何をやっても無駄としか答えは出なかった。ヒロコさんの寝付きの良さにかけるしかない。


 しかし、考えようによっては、これは【耐久】を上げるチャンスかもしれない。寝る前は【耐久】上げ、寝たらログアウト。完璧な作戦だ。



「ヒロコさん、傭兵事務所で換金してきます」


「いっといで」



 既に傭兵事務所だった。ヒロコさんはいつものように応えてはいたが、なぜかコソコソしている。建物の壁沿いで顔だけ出して何処かを窺っているようだ。


 しかし、ヒロコさんの身長は俺より随分高い。逆に目立っているような気がしないでもなかった。



「何してるんですか?」


「いや、レイコおばさんがいるとヤバイだろ?」


「別にっていうか、この時間におにぎりの露店はありませんけど」


「そうだけど、もしものことがあったらヤバイだろ?」


「いや、でも、今までも夕方以降にあの露店をこの辺りで見た記憶はありませんね」


「それは、昨日までだろ?今日は違うかもしれない」



 珍しく面倒くさいヒロコさんがいた。今日までどうしてきたのか不思議でしょうがない。ほっとこう。



「お待たせしました。既に口座に振り込んでおきました」


「ありがとうございます」



 情報端末を開いて振り込まれた金額を確認する。82000YENの文字が視界に飛び込んできた。対物ライフルを3発撃ってこの稼ぎだ。美味しい、美味しすぎる。今度は何を買おうかな。



「で、ヒロコさんは何をしてるんですか?」


「レイコおばさんに見つからないようにしているつもりらしいです」


「それじゃ、そのままにしておいて私達は帰りましょう」


「そうですね」



 ナギさんと二人で裏通りからチームハウスへ向かった。


 ヒロコさんは、今も、いないレイコおばさんから隠れているのかもしれない。



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