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95-昼昂ぶる魔物2


「ヒロコさん。じょ、丈夫ですね」


「ええ、ヒロコさんですから」



 全く理由になっていない理由を自信を持って喋るナギさん。


 ビスケットを咥えているヒロコさんに巨大ヤドカリが近づいていく。


 横から狙えるポイントがないか探しながら巨大ヤドカリを目で追った。


 巨大ヤドカリが止まる。と同時に移動にも使用していた左鋏が、そのまま移動の勢いがのったような力強さでヒロコさんに振り下ろされた。


 ヒロコさん、当然避けるよね?


 そのヒロコさんはビスケットを噛み砕きながら右ストレートを巨大ヤドカリの左鋏に合わせていた。



「ちょっ」



 拳と鋏がぶつかると同時に衝撃が周囲に走る。霧や砂が避けるように舞っていた。


 巨大ヤドカリの左の鋏は地面に突き刺さり、ヒロコさんは右手を引き楽しそうな顔でポーズを取っている。



「流石です」



 ナギさんの軽い一言が、ヒロコさんの違和感を大きくしていく。ひょっとして、こういうのがヒロコさんの普通なの?


 今度は右の鋏が横薙ぎでヒロコさんを襲う。それを、ヒロコさんは右足で蹴り、蹴り、蹴り上げた。蹴るんだ。えええええ。


 またまた、ぶつかると同時に衝撃が走る。大きく鋏が上に打ち上げられスキをさらしているがヒロコさんは楽しそうにそれを見つめているだけだった。


 確信した。ヒロコさんもユニークスキル持ちか、それに近い何かがある。ナギさんに続いてヒロコさんもか。頭が痛くなってきた。



「あれですね。ヒロコさんもナギさんみたいに凄い力を持っているんですね」


「ええ、そうです。見てわかるようにヒロコさんには特別な回復能力があります。ヒロコさんはそういうことを話してくれないので詳しくはわかりませんが…」



 え?そっち?回復って。


 回復なんだ。うーん、何かひっかかる。



「回復能力があるならゴブリンの火の玉での怪我をポーションで治療しなくても良かったのでは?」



 俺は覚えているぞ。霧占いとやらで遭遇した杖持ちゴブリンの放った火の玉を拳で弾き、その拳をナギさんがポーションで治療していたのを。



「ああ、あれですか。記憶力が残念なわりにそういう細かいことは覚えているんですね」


「記憶力が残念ではないことがわかってもらえたようで嬉しいです。で、あれは?」


「あれは、あなたにヒロコさんの力を悟られないように芝居をさせていただきました。あのときのあなたは信用に値しませんでしたから。しかし、いろいろありまして今は夫ですから隠す必要もないでしょう」



 芝居って貴重なポーションを使ってまですることなのか?


 確かに能力を簡単に他人に知られるのはまずいと思う。思うのだが、もう少し違う方法があったのでは。ポーションは貴重すぎだろ。ま、おかげで疑問には思わなかったんだけども。



「ポーションは貴重でしょ?もう少し違う方法があったのでは」


「私達の中で一番ポーションを使用しているあなたの言葉は重みが違いますね。確かに貴重なのですが、私やヒロコさんは普段使用しないのであのときの判断が間違っていたとは思いません」



 俺が一番使用して、すみませんでした。しかし、俺のせいじゃないと思います。反省は少しだけしています。



「もう、その話はいいです。ヒロコさんのあの馬鹿力は何ですか?おかしいでしょ」


「ああ、そっちですか。【筋力】が凄いんでしょう。詳しくは知りません。私が知っているのは、あのビスケットくらいです」


「え?ビスケットに何かあるんですか?」


「君、さっきから聞こえてるんだけど。私の心配はもういいのかい?」


「もう心配とかそういうのは終わりました。今は謎解きの時間です」



 ヒロコさんはさっきから巨大ヤドカリと戯れていた。巨大ヤドカリの攻撃を全てパンチやキックで弾いている。命の危険性があるようには見えない。



「謎解きねぇ。こっちもそろそろだから。君、止めを刺していいよ」


「いや、自分で刺してくださいよ。できるんでしょ?」


「君にはどういう風に見えてるかわからないけど、ビスケットでバランスを取っているだけだからね。止めとなると、できるかもだけど大怪我するかもね。私でも回復に時間がかかりそうな。君が抱き枕になって看病してくれるなら、ちょっと張り切るけど」



 楽しそうにスパーリングしているのかと思ったら意外と危ないのか。


 しかし、病人の抱き枕なら気持ちよく抱き枕になっていられるかも?グヒヒヒヒヒ。



「あなた、口がおかしな角度になっていますよ」



 いかん、いかん。つい。



「ちなみに抱き枕にしている間は、あっちには帰してあげないから。戻れるのは1日4回5分だけだね」



 それでは、あっちの俺が死んでしまう。



「えっと、巨大ヤドカリの横からでは無理なので正面をこちらに向けてください」


「抱き枕は?」


「正面です。よろしく、どうぞ」



 さっきまで攻撃を躱していなかったヒロコさんが振り下ろしを避けて位置を調整しだした。しかし、横薙ぎは楽しそうに蹴り上げている。



 よーし。巨大ヤドカリの正面がこちらに向いたな。あとは胸への射線を確保するだけだ。



「次に横薙ぎがきたら蹴り上げて、ヒロコさんは身を低くしてください」


「どこを狙うんだい?」


「胸の下辺りです」


「了解」



 向きを調整され死のカウントダウンが始まっているのにもかかわらず巨大ヤドカリは単調な攻撃を繰り返していた。


 対物ライフルのサイト越しに巨大ヤドカリを見る。また、右の鋏から横薙ぎが… と思ったら左の鋏も横薙ぎとなり左右の鋏が同時にヒロコさんを襲う。



「ヒロコさん!」


「問題、ない、よ」



 ヒロコさんは左右から迫っている鋏を高く跳躍して躱していた。垂直跳びで世界が取れそうな高さだ。そこから真下の二つの鋏に片足ずつ着地して、すぐにまた跳び上がる。



「今だよ」



 二つの鋏は砂浜にめり込むかのように下へ、ヒロコさんは高く上に舞い上がっている。


 射線が確保された。そのまま巨大ヤドカリの胸の下辺りを狙いトリガーを引く。


 サイトの向こうでは巨大ヤドカリの霧散していく粒子と着地したヒロコさんが重なって神秘的な光景が作り出されていた。眼鏡の位置を直しているヒロコさんが少しかっこよく見えてしまう。眼鏡がおかしいんだな、きっと。


 すかさず、次弾を装填する。



「「お疲れさまでした」」


「うん、少し疲れたかな。君はちゃんと1発で仕留めたね。加点してあげよう」



 よしっ、ナイス、俺。バイバイ、とても口では言えないことさん。


 対物ライフルを置いてヒロコさんのもとへ向かう。ヒロコさんはドロップとして残された鋏の上に座っていた。


 ナギさんが手早く魔石とマテリアルの回収をする中、俺は謎解きを再開する。



「それで、ビスケットには何があるんですか?」


「知りたいのかい?」


「知りたいです。お姉さん」


「知ってもいいんだね?」



 え、あ、そういう感じのヤツ。なら、考え直そう、か、な。



「あ、いえ」


「これはね―」


「ちょっ」


「短時間【筋力】を上昇させる食べ物なんだ。自家製だよ」



 あーあ、聞いちゃった。どうしよう。


 ブーストアイテムのようだ。この様子だとヒロコさんしか知らないヤツかもしれない。



「へぇ、そういうの、あるんですね」


「流石にヤドカリは強かったね。なかなかいいものを持ってたよ。私もこれなしだと危なかったね」


「それで、どのくらいの時間上昇するんですか?」


「君、それも聞いちゃうの?もう、戻れないよ」


「あ、じゃあ、いいです」



 ふぅ、危なかった。こっちの方向はダメっと。



「そのビスケットを食べれば俺でも巨大ヤドカリと殴り合えるんですか?」


「それは無理だろうね。他にも【筋力】を上げるスキルとかないと… ふーん、そうやって何かを聞き出そうとしているの、かな?」



 おっと。



「いえいえ、ただの好奇心です。他意はありませんよ。アハハハ」



 ヒロコさんから、これ以上聞き出すのは何かを犠牲にしてしまう可能性があるな。これくらいにしておく方がいいだろう。知ったところで俺には関係なさそうだ。



「ヒロコさん、大きな魔石とマテリアル2個でした。どうします?」


「え?どうしますって?」


「ナギ、魔石を。マテリアルはしまっておいて」


「はい」



 ヒロコさんは巨大ヤドカリの大きな魔石を受け取ると立ち上がり、魔石を力いっぱい海に向かって投げた。遠投でも世界が取れそうだ。


 あ、でも、失速した。



「うわー。躊躇なく200万YENを捨てるんですね」


「過ぎたものは災いを招くんだよ。覚えておくんだね」



 うーん、深い。俺一人だったら、この判断はできないだろう。凄いとは思うのだが真似することは難しい。だって200万YENだもん。



「さて、味噌汁でしょうか?」


「おやつの時間には早いけど、とれたては別腹だから問題ないね」


「あ、俺も問題ないです」


「それじゃ、あなた、お願いします」


「了解。今から対物ライフルで殻に穴を開けるので、そこからヒロコさんは殻を馬鹿力で剥がしてください」


「お姉さんに向かって馬鹿とは何かな?」



 面倒くさいなぁ。



「人並み外れたもの凄い力で殻を剥がしてください」


「ま、いいだろう。あれだけ殴ってヒビくらいしか入ってないからね。ナギだったら穴、開けられるんじゃない?」


「いえ、私にできるかどうか。シグレができますから無駄な時間を使う必要もないでしょう」


「ふーん」


「はい、はい、みなさん離れてください。危ないですよ」



 対物ライフルのところに戻りうつ伏せになって構える。狙いは鋏の真ん中辺りでいいだろうな。


 サイト越しにナギさんとヒロコさんが離れているのを確認してトリガーを引いた。


 砂浜には2発の弾が転がっている。一応、次弾を装填しておき、残りの弾1発を腰のバッグに戻した。



「穴、開きましたか?」


「問題ないよ。あとはまかせな」



 ヒロコさんのもとへ戻ろうとしたら、ヒロコさんが大きな鋏を一つ引っ張ってこちらに向かって歩いていた。あ、それ、動かせるんだ。


 対物ライフルをリュックサックが置いてあるところに持っていきヒロコさんの加勢をしにいく。



「俺も手伝います」


「大丈夫だから、火の番でもしたら」


「あ、はい」



 そりゃあ、ね。俺の力じゃ足しにもなりませんね。燃やすものを探しながらベースに寂しく戻った。


 ヒロコさんが鋏に開いた穴から豪快に殻を剥がして身を取るのに忙しい。


 ナギさんは味噌汁をつくる準備で忙しい。


 俺は… 火が消えてしまわないように忙しいです。




「「「いただきます」」」



 何度食べても美味しいものは美味しい。とれたてという調味料が、さらに美味しくしているとみた。


 喉にこう何ていうか潤いが欲しい。



「ビールが飲みたくなりますね」


「ありますよ」



 おおおおお。



「流石ナギ、私の分もあるんだよな?」


「冷えてませんが、瓶1本ならあります」


「ヒロコさんは日本酒なんでしょ?マテリアル産のチープなビールなんて飲めないんでしょ」


「そういうこと、言うんだ。お姉さんは悲しいよ。減点1」



 おぃぃぃぃぃ。俺、一言多いんだって。ビールと自分の体、どっちが大事なの?俺さん、よぉ。


 とても口では言えないことが、またひょっこり顔を見せた。



 結局、ヒロコさんと二人でビールを分けた上に減点といいとこなしの食事だった。



「「「ごちそうさまでした」」」



 時間は14時38分。ヤドカリとビールの余韻を楽しみつつ次のことを考える。



「これから、どうします?お土産を詰めて帰りますか?」


「何を言ってるんだい、君は。まだ、ヤドカリと戦うに決まってるだろ」


「え?さっき、あれだけ楽しんでたじゃないですか。ヤドカリの身は、持って帰れないほどあるし。まるまる手をつけていない鋏が一つ残っていたりもします」


「あなた、諦めてください。ヒロコさんは、まだ体を動かし足りないようです」


「そうだぞ、君。こんなに力いっぱい使って戦える相手なんかほとんどいないんだから。修行をしておかないと強くなれないぞ。スキルは使ってこそ成長するというもの」



 そうだった。ステータスのことをすっかり忘れていた。俺の散々停滞していたスキルもヤドカリさんのおかげで伸びたんだった。


 ここは1発でもたくさん撃っておかないと。



「そうでした。ヤドカリ、倒しましょう。頑張ります」


「それじゃ、旦那もやる気になったようだし、ナギよろしく」


「はい、承知しました」



 対物ライフルをさっきと同じ位置に置きうつ伏せになって待つ。


 ヒロコさんが十分に巨大ヤドカリと渡り合えることがわかったので、さっきより随分と楽になった。こんなに強いなら最初から言ってくれれば、こっちも楽だったのに。


 ヒロコさんが俺の横を通りゆっくりと歩いていく。。


 既にナギさんはさっき巨大ヤドカリを発見した場所から同じように廃墟に近づいては蹴りを食らわせていた。


 よし、順調だ。【気配察知】先生も沈黙中。しかし、サハギンはどこから来るのだろうか?海か?それとも、砂浜のどこかにサハギンの巣、住処みたいなものがあるのか?


 ヒロコさんは、ここでは巨大ヤドカリとしか戦うつもりがなさそうだから、そういう探索みたいなのはヒロコさんがいないときか頼み込むしかないが… 何かが犠牲になりそうだ。やめておこう。


 視界の中ではナギさんが、また大きく飛び退いていた。



「そちらに向かいます」


「いつでもOKだよ」


「胃は正常です」



 ナギさんがヒロコさんにヤドカリを渡し俺のそばに戻ってきた。


 ヒロコさんは最初から巨大ヤドカリとスパーリングを始めている。既にビスケットを食べているようだ。俺はそのビスケットの時間切れ、ヒロコさんの合図待ちだ。


 ハンドガンで1発試射をしたい衝動に駆られる。データをとっておきたい。が、今撃つと間違いなく減点だろう。とても口では言えないことにガッチリ、ホールドされてしまう。



 今回、ヒロコさんは飛ばされていない。だいたい巨大ヤドカリの正面はこちらに向いていた。


 まだかなぁ。



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