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93-朝現れる魔物2


 居間に行くとナギさんが準備を終えたのかソファーに座っていた。隣には、重そうなバックパックが置かれている。たぶん、中身は味噌だろう。



「出発してもいいんですよね?」


「ええ、あなたを待っていました。行きましょう。ヒロコさんがモンスターになってしまう前に」



 全くだった。朝からモンスターの片鱗を味わったばかりだ。


 急いで玄関に向かう。対物ライフルを置いて靴を履いたら、すぐ対物ライフルを探す。


 先に玄関を出てナギさんが出るのを確認したら扉を閉めて鍵をかける。



「あなた、実際鍵をかけなくても泥棒とか入らないと思います。今まで入られたことはありませんし聞いたことも見たことも。猫が魚を咥えているところなら見ました」


「そうですか。では、これからはきちんと鍵をかけてください。アナザーは鍵がかかっていないと勝手に入って家探しして行きますから」


「えーと、見たら殺しますけど」


「そうしてください。アナザー全員がそういうことをするわけではないんですが。ふと、気がついたら勝手に入っていたとか。やるアナザーはいると思います」


「泥棒ですよ。アナザーの世界では泥棒が許されるんですか?」


「いえ、許されません。が、他の世界に行くとそういうことをする奴がいるんです。成敗されてしまえばいいんです」



 えーと、俺も散々国民的RPGでやらかしました。前科はたくさんあります。ここでは、やらないように気を付けてます。


 不思議な顔をしているナギさんを隣に階段を降りる。


 公園の入口の前を通るときに少し中を覗いてみた。


 噴水の石像と目が合ってしまう。どうしてそう感じたのかわからないが、そんな感じのした噴水の石像はやさしい顔をしていた。



「あなた」


「今、行きます」



 裏通りを出て傭兵通りに入れば、薬屋はすぐそこだ。



「ナギさん、店から入っていいんですよね?それ以外の入口、俺知りませんよ」


「店でいいんじゃないでしょうか」


「それなら」



 時間は10時を過ぎているので薬屋自体は営業を開始していた。普通に薬屋に入る。



「シグレさん、ナギさん。いらっしゃい」



 カウンターには、アユミさんがいた。そして、その隣には…



「少し遅くないかい?」



 機嫌が悪くなる手前のヒロコさんがいた。少しモンスターになってしまったかもしれない。



「ちょっと、ナギさんに戸締まりの重要性を―」


「まぁ、いい。行くよ。もう10時過ぎてるからね。ヤドカリに遭えなかったら、君に八つ当たりするから」



 相変わらず君呼ばわりする上に八つ当たり宣言とは、少しどころか半分くらいモンスターになってるな。誰かが真人間に戻す必要がある。俺には無理だが。



「じゃ、行きますけど。おにぎり買って武器屋に寄りますから」


「えええ。おにぎりはいいとして武器屋は。君、武器屋ってカンダだろ?」


「そうです。今からスズキの方に行くって言ったら怒るでしょ?」


「怒りはしないね。行かせないだけだから。うーん、あんまり、カンダのオヤジには会いたくないなぁ」


「なら、ちょっと、待ってください」



 腰のバッグを外して対物ライフルの残弾を数える。



「3発くらいなら、次でもいいんでおにぎりだけ買って行きましょうか?」


「そうしよう。カンダのオヤジに会うと不幸になる」



 ま、マスターも同じことを思うでしょうけどね。



「それじゃ、出発ということで。アユミさん、いってきます」


「みなさん。いってらっしゃい」


「アユミちゃん、あとのことよろしくね」


「いってきます」



 薬屋を出て傭兵通りを傭兵事務所に向けて歩き出した。


 なぜか、俺が先頭だ。道に詳しい二人が後ろを歩いていた。おかしい。ここはまだいいが、その先が問題だった。それに、目立っている。


 立ち止まり担いでいた対物ライフルを下ろし振り返る。



「異議あり!」


「君、いきなりどうしちゃったのかな?空気で頭打ったとか…」


「あなた、目立っていますよ」



 まずい。つい、少し大きな声を出してしまったかもしれない。霧での加減が難しい。自分から目立っては意味がないじゃないか。反省して少し小さな声で。



「異議があります」


「だから、何?」


「なぜ、二人が俺の後ろを歩いているんですか?道に詳しい二人が、もしくはどちらか一人が先導してくださいよ」


「そ、そんなこと。しょうがない。ナギ、お願い」


「ヒロコさん。よろしくお願いします」


「じゃ、二人が俺の前ということで、よろしくお願いします」


「もう、仕方ないね。君は早く道を覚えるんだよ。ナギ」


「はい、承知しました」



 簡単な道なら覚えるかもですね。


 二人の後ろというより主に体の大きいヒロコさんの後ろを歩き傭兵事務所の前までやってきた。



「ヒロコさん、あそこの露店でおにぎりを」


「えっ!おにぎりってあそこで買ってるのかい?」


「そうです。シグレのお気に入りのようです」


「ヒロコさん、あの露店に問題でもあるんですか?味は保証しますよ」


「いや、味は問題ないよ。そりゃ。でもね」


(よりによって、なんでそこで。他にもあるだろ)


「それじゃ、俺、先に買ってきます」


「あ、ちょ」



 さっさとおにぎりを買ってしまおう。


 露店の横に対物ライフルを置いておにぎりを握っているおばちゃんに声をかけた。



「おはようございます」


「おはようさん。今日はいつもの二人がいないんだね」


「ま、まぁ、いろいろありまして」


「今日は違う女の子かい。景気がいいね。あっちは見たことある。で、もう一人は…」



 露店のおばちゃんがフラフラっとヒロコさんの方に近寄っていく。うん?



「ヤバッ」


「ヒロコちゃんかい?ヒロコちゃんだろ?」


「お久しぶりです。レイコおばさん」


「本当に久しぶりだね。今まで何処で何をしてたんだい」


「レイコおばさん、仕事してください。そういう話はまた今度に。今はこの通りの先で薬屋をやってますから」


「すぐそこじゃないか。立派になったのはいいけど随分薄情だね、ヒロコちゃん。おばさん、そんな風に育てた覚えはないんだけど。それで、結婚は?」


「だから、仕事を。ほら、君も何か言って」



 いやぁ、あのヒロコさんが押されてるぞ。何か気分がいい。おばちゃんなら、この魔物をテイムできるのでは?



「えーと、積もる話があるのなら今日は探索やめにしますか?」


「あなた、あまり調子にのらない方が。死にますよ」



 ヒロコさんがおばちゃんの後ろ、頭の上から凄い顔で俺を睨んできていた。モンスターだった。三人は殺せそうな表情だ。



「すみません。おにぎりください。鮭と梅と唐揚げを」


「あんたが、ヒロコちゃんまでつれて歩いているとは… 隅に置けないねぇ」


「そういうのはいいので、おにぎりを」


「わかってるよ。久しぶりにヒロコちゃんに会わせてくれたからね。今日はタダでいいよ」


「いえいえ、タダとかそういうわけには」


「いいから、いいから。また、ヒロコちゃんつれておいで」


「あなた、遠慮よりお礼を」


「あ、はい。ありがたくいただきます。それでは、また」



 おばちゃんにいただいたおにぎりを弁当箱にしまいリュックサックに入れる。


 対物ライフルを担いでいる横でナギさんがおにぎりをもらい、ヒロコさんはいろいろ言われながらおにぎりをたくさんもらっていた。ちゃんとしまえるのだろうか?



「それじゃ、あんた達。危ないことするんじゃないよ」



 ヒロコさんが足早に露店から離れていく。それをナギさんと追いかけた。



「ヒロコさん、おばちゃんがああ言ってくれてます。危険なことはしないでくださいよ」


「レイコおばさんは誰にでも言ってるから。挨拶だから。君は真に受けないように。それと減点1だから」


「え?」


「あなたが、もう減点1っと」



 はい、減点1になりました。何だか嫌な予感しかしません。しかし、ヒロコさんのことだから気を付けることは無理だろう。


 切り替え、切り替え。


 落ち着きのないヒロコさんが面白いっと。



「それで、トウノショウの廃病院なら12でいいんだよな?ナギ」


「ええ、それでいいと思います。あなたは、何かありますか?」


「べ、別に何もありません。よろしくお願いします」



 12というのは防衛櫓12-0001のことなのだろう。都市の出口にある防衛櫓。その防衛櫓につけられた番号のうち最初の二桁は重ならないということだな。


 ということは全部で12棟あるのかな?いや、南には6はなかったな。5や7かもしれないが…



(イヴ、12棟じゃないよね?いくつだっけ?)


(39、いえ40ですね。シグレに教えてあげたら)


(どうやって?)


(あなた、先生でしょ)


(…)



 傭兵事務所の前を離れヒロコさんとナギさんの後ろ、主にヒロコさんの後ろをお気楽についていく。


 道路には魔力自転車が走り、時折荷台に大きなシートが被せてある大型の車も目に映った。その大きなシートの中を想像するのがなかなか楽しい。


 そうこうしているうちに防衛櫓12-0001についたようだ。



「あなた、招待を送りました」


「ありがとうございます」



 ナギさんが手際よくグループ会話の準備をしてくれていた。情報端末で承認しつつイヤホンを耳につける。


 時間は10時36分。この時間の防衛櫓は夜に見せてくれた神々しさが影を潜め、いつもお世話になっている馴染みのある防衛櫓になっていた。状況が違うとこんなに感じ方が違うとは…



「そんじゃ、出発するよ。ナギ、よろしくね。私の記憶だけだとちょっと不安なんで」


「はい、承知しました。あなた」


「はい、はい」



 陣形は変わらずリバーストライアングルのまま防衛櫓12-0001をあとにした。


 昨日は暗くてわからなかった光景が白っぽく広がっている。それをじっくりと確認しながら歩いた。といっても雑木林や草むら荒れた畑があるだけだ。舗装された道路を視界に入れなければファンタジーの世界に見えなくもない。


 そんな光景を眺めながら歩いていると、今自分が何をしているのかわからなくなってくる。



「ナギさん。あれ、アントっぽくないですか?」



 右手の荒れた畑の奥にアントのような何かがいた。黒くて細長いものがゆらゆらしている。ように見える。



「スカウトアントだね」


「あなた、これを持っていてください。退治してきます」



 ナギさんが重そうなバックパックを下ろして俺の足元に置くとアントの方に向かっていった。加速はしないようだ。



「ところで君は、アントに慣れたのかな?」


「す、少しは。銃を使わずに倒したことも、一応あります」


「ふーん」



 いやぁ、疑われてるなぁ。神託の像とかいうものがある世界なのに嘘はつきませんって。確認のできない親族の体調が悪くなったりするだけです。


 ナギさんがいつものようにアントの進行方向へ交差するように近づいていき、サクッと倒したようだ。


 アントは本当に何処にでもいるな。まるで… おっとまずい口に出してしまうところだった。周りを確認する。マーフィーさんに感づかれたかもしれない。



「君は、何をしているんだい?」


「いえ、別に。何も」


「あなた、ありがとうございます。退治終わりました」


「お疲れさまでした」


「お疲れ」



 ナギさんが俺の足元のバックパックを担いで、また歩き始めた。ヒロコさんと俺も何事もなかったようにナギさんに続く。アントの出現はいつまで続くのか…



 10分くらい歩いただろうか。見慣れた廃病院に到着した。人の気配がない。防衛隊の兵士も傭兵も見当たらない。雰囲気もいつも通りだ。



「誰もいませんね」


「みな、ヤドカリ目当てだな」


「そうは思いませんけど」


「ここは暗くなるとゴーストが出ます。ゴーストはここから出てこない上に倒しても特にドロップが良いわけではありません。倒す方法も少々特殊です。従ってアース人は近づきません」



 アナザーも近づかないだろうな。普通なら。



「でも、ダンジョンの情報はもう知れ渡っているかと」


「そうだね。早くしないとヤドカリが全滅するかも」



 それは、どうだろう。



「ヒロコさん。ヤドカリは簡単に倒せないと思います。銃で倒すならシグレが持っているような銃がないと。歩行戦車はこの異界には入れませんし。夫ながらシグレがおかしいんですよ。普段からあのような銃を持ち歩くなんて。非常識とも言えますね」



 し、失礼だな。この自称妻さんは。



「ちなみにヒロコさんはヤドカリを見たいだけで戦うわけじゃありませんよね?」



 ヒロコさんの細い視線が俺の方に向けられる。続いてナギさんの視線が… ナギさんの視線は判断できないっと。



「戦うに決まってるだろ。君は何を言っているんだい。付き合いが長いくせに、そんなこともわからないとは。ナギ、旦那の教育がなってないよ」


「すみません。付き合いが長いのに記憶力が残念で。夫にはちゃんと言っておきます」



 付き合いは非常に短いし、あれを近接戦闘でどうにかできるとか普通は考えません。いたって常識人の思考です。



「えっと、一応ヒロコさんに大怪我とかされたり、もし死なれでもしたら…」


「したら」


「ちょっとだけ悲しくなるんですが」


「ちょっとだけね。こっちが悲しくなってくるね」


「ですが、ヒロコさん。あの巨大ヤドカリはかなり危険なモンスターです」


「ナギまで、そんなことを。そういうのは私が自分の目で見て判断するから。さぁ、行くよ。ナギ、案内」


「はい、承知しました」



 出そうな廃病院にライトも点けずに侵入する。目的の場所は2階で差し込む光だけで問題なく歪んだ空間、門の場所に行くことができた。


 ヒロコさんは脇目も振らずにここまで来ていたようだが、薬とか探さなくていいのだろうか?それとも既に探したあとなのだろうか?


 歪んだ空間の奥には明るい景色が揺らめいている。



「君、ナギ、異界に突入だ」



 ヒロコさんの声が、出そうな廃病院の2階の病室に小さく響いた。



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