90-家路
煙を撃った感じだった。
弾が当たった衝撃のようなものはなく、抵抗なく貫通したようだ。
しかし、漂っていた白いものは狂気を増幅したかのように縦に広がっていき、金切り声のような音でも出すのかと思うと、そのまま霧散を始めた。鈍く光る魔石を落として。
らしく、なってきたな。それと、意外と体が動いてくれたことに驚いた。
ま、最初から怖くなんかなかったし。対処できるものがなかっただけだし。やはり、あるとないとは違うということなのだろう。
「倒しました。まだ、いるかもしれません。注意してください」
「シグレ、倒したって。何を?」
「プロ!」
「…」
「白い何かです。みなさんと違って楽しそうな表情はしていませんでした」
「シグレ、白い何かって何だよ?幽霊が出るには、まだ早いぜ」
モンスターが徘徊しているアースに、幽霊出現に早い遅いはない。そこにいるかいないかだけだ。でも、ま、俺も早いと思う。
「シグレさん、幽霊も魔石落とすんですね。回収しました」
アオイちゃんがライトを手に報告してくれた。全く逞しい娘さんだこと。
ここは、病室らしい。いろいろなものが散乱している。に、人形は勘弁して欲しい。床の残骸がベッドだったのかもしれないが、今はどうでもいいことだろう。
ライトの灯りが室内を走り回っている。風通しのよさそうな窓もあるが外は真っ暗だ。
【気配察知】先生では、幽霊を捉えることはできなかった。魔石も霧散を始めてからマテリアルのように現れている。
中の人がいない【心眼】先生から弱点らしい弱点を教えてもらえたわけではない。レベルが低いからなのか【心眼】先生の限界なのかはわからない。このハンドガンの特性を知っていなければ、ナギさんにもっと抱き着いていた自信があった。グヘヘヘヘヘ。
「アオイちゃん、幽霊、いたの?」
「ええ、いましたよ。苦しそうな表情でした。センパイの右斜め上辺りにフワフワしてました」
マユミさんが、なぜか今、飛び退いた。大分、反応がズレている。そして、そのまま動かなくなった。病院の雰囲気には慣れていたようだが、それだけだったらしい。
「みなさん、早くここを出ましょう。ここは、この人数には狭すぎます。ゴーストを見ても慌てて撃ったりしないように。危険ですから」
幽霊じゃなくてゴーストか。あれが、ゴースト。ま、大した違いはないが。ゴーストスイーパーシグレの真価を発揮するときか?ハンドガンを握る手に自然と力が入る。
「あなた、それをしまってください」
「え?俺も、ゴーストに対処できますよ。ナギさんも見てましたよね?」
「対処できるのはわかりました。でも、暗すぎるのです。突然ゴーストが出てきてゴーストを撃ったと思ったら、その先の仲間も撃ってしまう可能性があるのです。普通のモンスターと違って弾の威力が落ちませんから―」
た、確かに…
「ここは私に任せてください。みなさんもいいですか?銃以外で対処できるなら、そちらでお願いします。極力、銃は使わないように」
ゴーストに対処できるからと少し調子にのっていたかもしれない。ライトがあってもゴースト越しに射線がうまく確保できるとは思えなかった。
「了解したぜ。店員さん。おまえら、病院の外まで銃を撃つなよ。幽霊、いやゴーストだったな。無視して進め。服屋の店員さんが何とかしてくれる」
「プロ、店員さんは戦えるんですか?」
「そ、それなりに」
はい、嘘をつきました。この中の誰よりも戦えてバカ強いです。
「「「おおお」」」「…」
「それじゃ、おまえら行くぞ。シグレ、後ろは任せたぞ」
「マユミさん、いつまで固まっているんですか?置いて行きますよ」
マユミさんが謎のポーズから復活したと思ったら、いきなり右手首を掴まれる。そっちは、ハンドガンの方だから。せめて左を。って、聞いてもらえそうになかった。非常に余裕がない表情になっていて要望どころではない感じだ。
「シグレ、早く。早く、シグレ」
「シグレさん、行きましょう。センパイは、ダメになりました」
「それでは、私が先頭を歩きます。ついてきてください」
「了解です」「はーい」「早く」
病室から廊下に出た。前方を行くカナメ隊の照らす灯りが見えたが、すぐに見えなくなる。
先頭はナギさん、その次が俺とマユミさん、最後尾がアオイちゃんという菱形陣形でカナメ隊の灯りがあった方に向かった。
灯りがないと真っ暗な廊下をナギさんが正面を照らしてずんずん歩く。それに遅れないように俺は足元を照らしながら続いた。マユミさんの灯りは落ち着きがない。
「ここから、階段です。足元に注意してください」
「え?ナギさん、こんなときに怪談ですか?」
階段でしょ?
「ちょ、マユミさん。下に行くんです。その怪談じゃありません。ナギさんがこんなところで、そんな面白いことするわけ―」
「むかし、むかし、おじいさんとおばあさんが怪談で階段を… プッ」
「ナギさん!」
「わ、わかっています。足元、気を付けてください」
「シグレさん、ナギさんは変なところにツボがありますね」
「もうホント、それ。マユミさん、行きますよ」
「…」
あっ、無口キャラが増えた。初めて会ったときのマユミさんを思い出す。懐かしい。あの頃は可愛かっ… 今と同じだ。
そんなマユミさんを引っ張り階段を降りると前方のカナメ隊の灯りが忙しく動いていた。
「あなた、ちょっと行ってきます」
「気を付けてください」
「ナギさん、気を付けて」
マユミさんが無言でナギさんの背中を照らしていた。あの重そうなバックパックを置いていかなかったということは加速せずに対処するのだろう。
左右の不気味に口を開けている何だかわからない部屋を無視してナギさんのあとを追う。
突然、後ろで銃声がした。ような気がした。気のせいかもしれないが、一応確認しておこう。
「アオイちゃん。今、銃撃った?」
「大丈夫ですよ。部屋から出てこようとしていたのを天国に案内しただけですから」
「そ、そう。無理はしないでね」
「はーい」
見る影もない姉と違って妹は絶好調だ。頼もしい。アオイちゃんは、大きな戦利品袋を右肩にかけて左手でライトを持ちつつ右手のサブマシンガンも支えていた。
マユミさんが俺の手を引っ張って何かをアピールしている。さっさと進めということだろう。喋ればいいのに。
今度は俺がマユミさんを引っ張るように前へ進む。
すると、ナギさんが魔石を拾っていた。というか出口はすぐそこで、外ではカナメ隊の灯りが見える。
「アオイちゃん。魔石2個です」
「ありがとうございます。ナギさん」
「ナギさん、カナメ隊は大丈夫ですか?」
「ええ、問題ありません。ゴーストを避けて楽しんでいましたよ」
つ、強いな。いや、これは… ゴーストって、モンスターとしては弱い?
「ナギさん、ゴーストの攻撃方法とか知ってますか?」
「さぁ?よくは知りませんが、体当たりでしょうか?触れていると体に異常が生じていくらしいです。しかし、短時間なら大丈夫みたいです」
「そう、ですか」
「ムン君は、何か叫びそうなんですよね。あれも、攻撃だったりしませんか?」
「どうだろう。叫ばれたくはないけどね」
ムン君、ときたか。あの有名な絵画のことを言っているのだろう。考えることは一緒のようだ。
しかし、わからないでもない。わからないでもないのだが、アオイちゃん。あの人は叫んでいるわけじゃなく”叫び”を恐れているんだよ。今のマユミさんのようにね。
「マユミさん、外も暗いですが出口ですよ」
マユミさんが俺を引っ張って急いで外に出る。そして、深呼吸を始めた。
「空気が美味しい。生き返るわ」
お、復活した。昔よりタフになっているのか。俺の右手も解放される。強く握りすぎなんだって。
「そっちは、大丈夫みたいだな。こっちは、軽く運動させられたぜ」
「大丈夫です」
「そんじゃ、俺ら、先行くぞ。モンスターが出ても俺らの方に撃つなよ」
「わかってます。カナメさんもこっちに撃たないでくださいよ」
「おぅ。じゃ、行くぜ」
カナメさん達、カナメ隊は廃病院前の道を北東に進むのではなく、さらに南西に進み出した。どうやら、俺の知らない道を通って帰るようだ。この闇の中知らない道を歩くことになるとは。
「これは予想外でした。カナメさんが俺の知らない道を進んでいます」
「シグレさん、ワタシは大丈夫です。夜でも問題ありません」
「私は、大丈夫じゃないけど。まぁ、いいわ。掴むものがあれば」
マユミさんと目が合ってしまう。掴まれるのは俺のようだ。今度は左手にして欲しい。下ろして持っていた対物ライフルを担ぎながら目を逸した。
「あなた、大丈夫です。こちらだと、防衛櫓12-0001に向かっていると思います。カナメさんは、そちらから来たのでしょう」
防衛櫓12-0001か。これまた初めての防衛櫓だ。ま、ナギさんが大丈夫だと言っているなら大丈夫なんだろう。
ナギさんは、い、一応妻を自称しているのだから襲ってきたりしないだろう。でも、ちょっとだけ釘を刺しておこう。
(ナギさん、俺の知らないところで闇討ちとかやめてくださいよ。簡単に死んでしまいますから)
(なっ。あなた!殺しますよ。死にたいんですか?)
(死にたくないから言ってるんでしょ?この先闇討ちに最適な場所があったりするかもしれないし)
(私は、あなたの妻ですよ。闇討ちなんて、いつでもできます。実行に移していないだけです)
(え?っていうことは、もう俺はナギさんから殺される心配をしなくてもよくなったんですか?)
(それはそれ、これはこれです)
意味わからん。どっちやねん。
知らない道をナギさんが先頭なのは変わらず2列目が俺、マユミさん、アオイちゃんとトライアングルの陣形で進んでいた。
マユミさんはいつの間にか俺が対物ライフルを支えている左腕を掴んでいた。まだ、力はそんなに強くない。これなら跡は残らないだろう。
切り替え、切り替え。
廃病院から5分くらい歩いただろうか。前方のカナメ隊の灯りが、忙しく動き出した。舗装された道の真ん中より少し左、道沿いには少し背の高い草が続いているのがわかる。
「シグレ、行ったぞ。気を付けろ!」
カナメさんの声がイヤホンから聞こえた。
「あなた、来ます」
二人共何が来るのかを教えて欲しい。肝心なところだ。ま、たぶん、モンスターなんだろうけど。
「ナギさん、どこからですか?」
「左です」
マユミさんが掴んでいた手を離し素早くAKを構えて中腰になった。俺も右手でハンドガンをホルスターから抜き、【気配察知】先生に感覚を委ねる。
「来た。もっと、左」
モンスターのスピードは速い。右手のハンドガンで素早く狙う。右肩のライトがおかしな方を向いてしまい狙いたい方を照らすことができなくなってしまった。
が、そのまま【気配察知】先生の反応の中心辺りをイメージしてトリガーを引く。
マユミさんは、俺の言葉に従ってAKを左に向けていき、それに伴い周りの光景を露にしていた。そこにモンスターが浮かび上がる。
AKの銃声が聞こえた。俺も狙いを瞬時に調整しトリガーを引いた。
誰の、どっちの弾が当たったかはわからないがウルフは霧散を始める。
そこに新たなウルフが浮かび上がった。すかさずトリガーを引く。
「今度は私の勝ちね」
「どちらの弾が当たったとか全然わかりませんでした。よくわかりますね」
2体目のウルフが霧散をしているところに、マユミさんの余裕の表情が割って入る。廃病院の中と違って随分余裕あるじゃん。どういうこと?
【気配察知】先生は沈黙していた。今ので終わりのようだ。でも、一応。
「ナギさん?」
「モンスターの反応はありません。魔石は私が回収して来ます」
え?この暗闇の中、草むらの中の魔石、探せるの?ナギさん、スゲー。
ハンドガンをホルスターにしまう。すると、タイミングを計ったかのように左手が掴まれた。マユミさんだ。マユミさんの方を見ると、当の本人は視線を合わせようとしない。
「シグレ、大丈夫か?怪我はないか?」
「大丈夫です。そっちは大丈夫ですか?」
「あぁ、問題ない。なら、先を急ぐからな」
「了解です」
カナメさんが教えてくれて心の準備ができたので助かった。やはり報告は大事だな。重要な事柄が欠けていても。カナメさんが俺の中で何かのポイントを稼いでいた。
「アオイちゃん。どうぞ」
「ありがとうございます、ナギさん。それにしてもウルフって何だか懐かしいです」
「そう、それ。久しぶりだよね」
「それでは、私達も移動します」
「了解です」「はーい」「わかったわ」
久しぶりのウルフだった。絶滅してはいなかったらしい。口を開いて飛びかかってくる姿が懐かしくてトリガーを引くのが遅れたかもしれない。
さっきのは本当にマユミさんの方が早かったのだろう。それがわかるマユミさんが恐ろしい気もした。マユミさんの方に顔を向けると、マユミさんの顔も移動していた。うん?
「シグレ、あれ」
道の先に、高い所から光の筋がいくつも下りているのが見える。オアシスのようにも感じた。救われる光景だった。
「あれが夜の防衛櫓なんだ」
「ワタシも初めて見ました。何だか綺麗ですね」
「あれが、防衛櫓12-0001です。さぁ、行きましょう」
到着した防衛櫓ではカナメ隊が待っていた。イヤホンをポケットにしまい対物ライフルを置いてライトを消す。いつの間にか左手が自由になっていることに気づく。ついでに対物ライフルから弾も抜いた。
「シグレ。ここで、お別れだ。今日は楽しかったぜ」
「先導、ありがとうございました」
「ま、おまえらには借りができたからな。何かあったら東方まで来てくれ。力を貸すぜ、暇だったらな」
「覚えておきます」
「それじゃぁ、な」
「プロ、お疲れ」
「プロ、バイバイ」
「またな、プロ」
「ノ」
「プロじゃありませんって。みなさん、お疲れさまでした。また、どこかで」
「みなさん、お疲れさまでした」
「また、会うかもしれないわね」
「ありがとうございました」
さてと。あとは帰るだけだな。
あれ?あれあれ?アオイちゃんが持っている戦利品袋。あれにはひときわ大きい魔石が入っている。巨大ヤドカリの魔石だ。
魔石はモンスターを引き付ける。大きくなればなるほど、その力も強い。
急に背筋に冷たいものを感じた。よくここまで、あれだけの数のモンスターで済んだものだ… ダンジョンの中も。ダンジョンから出て廃病院からここまでも。
幸運が続いたのか?それとも単にモンスターが少なかっただけなのか?
き、切り替え、切り替え。
「シグレ、どうかした?」
「い、いえ。ナギさん、道がわからないので引き続きチームハウスまで道案内を」
「それは構いません。が、マユミさん、アオイちゃん、ちょっと、こちらへ」
ここにきて何があるというのか?少し離れたところで三人が何かをしていた。
マユミさんが左手を勢いよく上げている。
あ、戻ってきた。
「しょうがないですね。譲ります」
「何を言ってるの、アオイちゃん。譲るも何も負けたじゃない」
「アオイちゃん、ありがとうございます」
「それじゃ、シグレ、帰るわよ」
対物ライフルを担ぐとマユミさんが、また俺の左手を掴んできた。そして、右手はナギさんが。アオイちゃんは、2列目のようだ。都市内なのに、問題行為だった。
「もう、都市ですから。掴むのは、ちょっと」
「大丈夫よ。街灯がないところは、ちゃんと暗いし」
「私は別に問題ありません。妻、ですから」
「ほら、センパイ。シグレさんもずっと掴まれるのは、嫌そうです」
「アオイちゃんは、敗者。敗者の弁は見苦しいわよ」
「ぐぬぬぬ」
「まぁ、まぁ。それで、傭兵事務所に寄って換金しますか?」
「あなた、それは明日でいいでしょう。さぁ、帰りますよ」
問題行為をされたままナギさんの指示通りに歩いた。明るいところはナギさんの抵抗を感じながらも歩く速度を上げる。なるべく傭兵に見つからないように目立たないように。
チームハウスの玄関の前だ。謎の疲れが俺を襲う。思わず”風呂に入って、風呂上がりにビールが飲みたい”と言いそうになったのを必死に堪えた。以前のような惨事は避けたい。
対物ライフルを下ろし疲れた右手で玄関の扉を開ける。また、鍵が…
「君、こんな時間まで何をしていたのかな?お姉さんに話すこと、あるんじゃない?」




