88-浜の宿
「何もなかったわね」
「雰囲気的にはあっても良さそうなんですけどね」
この廃病院はゴブリンの巣のダンジョンの廃墟より廃墟していた。
ゴブリンの巣の方は森に侵食された街みたいなのだが、侵食されてかなりの年月が経っている感じで建物内には家具のようなもの、生活感を感じさせるものがなかった。
こちらは、そういったものがちゃんとある。最高に出そうな雰囲気を作り出すのに一役買っていた。しかし、それはそれでおかしい気がしないでもない。
「既に誰かが探索したのでしょう」
「そうでしょうね。宝箱の遭遇率は相当低いらしいですから」
「シグレは、違うみたいね」
「たまたま、です。アオイちゃんやヒロコさんの運がいいだけです。それで、これからどうします?」
「まだ、15時半前ね。ここの外、砂浜辺りを探索してみましょうか?」
「センパイ、賛成!」
「俺も、賛成です」
「あなたが賛成なら私も同じです」
リュックサックから水筒を取り出し喉を潤した。
まだ、新しい銃、ハンドガンを1発しか撃っていない。それも、撃ったのは向こうが透けて見えた看護婦さんだ。撃ったうちには入らないかもしれない。威力的なものもさっぱりだ。
そして、このダンジョンだ。ここは、サハギンの生息するダンジョンってことでいいのだろうか?リザードマンや他のモンスターはいるのだろうか?
その辺りの情報もあれば、メイさんが喜ぶし都市防衛に役立つかもしれない。
「それじゃ、決まりね」
そう言って、マユミさんは意気揚々と待合室を出て行った。
リュックサックに水筒をしまいながら少し未練を残しつつ俺も待合室をあとにする。
マユミさんとアオイちゃんが砂浜を見下ろしているところで、俺は砂浜とは反対の廃病院の裏手側を見た。
何があるかと思ったのだが、何もなかった。背の低い草、草原が広がっているだけだった。
いや、よく見ると、薄っすら建物のようなものが見えなくもない。あとは… いびつな形をした木みたいなのがぼんやりと。
「シグレ、何してるの?砂浜に下りるわよ」
「いや、後ろがどうなっているのかと思って。アオイちゃん、出口はどの辺り?」
「えっとですね。あのギリギリ見えてる建物の、ちょっと奥です。ナギさんに案内されてすぐにここに来たので、ここから見て出口の奥側はどうなっているかわかりません」
「出口辺りで周囲を見た感じだと、草原にポツポツと建物があるくらいだったわ」
「そうですか。ありがとうございます。それじゃ、サハギンのいる砂浜に行きましょうか」
マユミさんが少し奇妙な表情をしていた。アオイちゃんも、かもしれない。
「あなた、砂浜にサハギンはいませんけど。先程もそのようなことを言っていましたが、本当にいたんですか?」
「え?」
いや、さっきはたくさんいたし。
振り返って俺も砂浜を見下ろせる場所に移動する。
あんなにいたサハギンが影も形もなくなり廃墟が突き刺さっている寂しい砂浜になっていた。絵にはなるだろう。
「家に帰ったんですかね?それとも、倒されたのかな?さっきは、本当にたくさんいましたよ」
「じゃ、シグレさんには、今、見えていないんですね」
マユミさんとアオイちゃんの謎の視線が俺に刺さる。ナギさんを真似ているのか、ほっそい目をしていた。
「何ですか。その目。砂浜にはサハギンいませんね。今は」
「シグレには、向こうが透けて見える看護婦が見えるくらいだから、サハギンも透けているのかと思ったのよ」
「じゃ、サハギンは幽霊じゃないんですね」
「普通のでしたよ。ここに来るとき戦った。アレです」
普通だったはず。思い出してみても不思議なところはなかった。
「ま、どっちでもいいわ。出たら出たで倒すだけだし」
「マユミさん。シルバー弾、用意してるんですか?」
「倒すのは幽霊と話せるシグレに決まってるでしょ」
「シグレさん、ワタシも頑張りますから」
よし、よし、俺はどっちでもいいぞ。いや、やっぱりゴーストの方がいい。マユミさんが参加しない分競争率は低い。俺のハンドガンはとにかく火を吹くチャンスを欲してます。
廃病院の前から道になっていそうでなっていないところを歩き砂浜に下りた。
砂浜には廃墟となった建物の他、いろんなものが刺さっていた。車も当然刺さっている。ここに来て確認できた海にも刺さっていた。なかなかの光景だった。しかし、サハギンはいない。
「海、ですかね?」
「波は、あるわ」
「潮の香りは、しませんね」
「貝の味噌汁、とかどうでしょう」
あさりの味噌汁、食べてぇ。ナギさんにお願いしようかな。
緊張感のない話をしつつ砂浜に刺さっている廃墟の横を通り波打ち際に近づく。
押し寄せては引いていく波のタイミングを計りつつ、そこら辺りに転がっている木の枝を投げ込んでみた。
「特に変化なし」
「シグレ、何してるの?これ、塩っぱいわね」
「え?いきなり、口にしたんですか?溶解水だったり毒だったり、とか考えないんですか?」
「シグレさん。センパイが迂闊なのは今に始まったことじゃないです。でも、シグレさんだって、それ投げ入れても意味ありませんよね?どうみても、それ流木の枝ですし」
「アオイちゃん?迂闊じゃなくて味見よ」
「センパイ、美味しかったですか?」
「まぁ、まぁ、ね。ハカタには遠い感じ?」
アオイちゃん、鋭い。いや、でも、いきなり手で掬うのはどうかと思って。
「いやぁ、とりあえず段階を踏んでおこうかなっと」
マユミさんという人柱のおかげで結構段階を飛ばすことができた。楽になるのはいいが、マユミさんはもう少し慎重に行動して欲しい。毒を治せるポーションは持っていないし、こんなんで死なれたらその後の空気はどうするの?フォローできないよ。
海水とおぼしきものを手で掬ってみることに。対物ライフルが濡れないように慎重に腰を落とす。
うーん、海水温は高い。泳ぐのに適しているかもしれない。泳がないけど。
「マユミさん、いきなり泳がないでくださいよ」
「わかってるわよ。うるさいシグレがいなければ泳いでたかもしれないけど」
「シグレさん、本当は迂闊に泳いで欲しいんでしょ?」
おいおいおい。アオイちゃん、どうして俺の考えがわかったのかな?邪念が漏れた?
「そ、そんなことは。ここはダンジョンですよ。いつ、どこからモンスターが出るかわからないのに。お、泳ぐなんて。不謹慎な。水着がないから下着で泳ぐことになるというのに。全くけしからん」
「あなた、水着、ありますよ」
「そうよ、アオイちゃん。こういうところで呑気に泳ぐのは、モンスターに食べられる役の人よ。リア充もよく食べられるわね。ざまぁ、よ」
アオイちゃんの訝しい目が俺を襲う。そんな目で見るのはやめて欲しい。俺が悪いみたいじゃん。男だったら普通に考えます。こういうのがないと爆弾姉妹と暗殺者の近くには好き好んでいたりしません。
「あなた、私が代わりに泳ぎましょうか?」
「いえ、だから、危ないって話を」
ナギさんがボケてくれているのかわからない。しかし、今回はナギさんには休んでいてもらおう。他意はない。
そして、アオイちゃんの責めるような視線を逸らすために顔を背ける。
すると、背けた先、波打ち際と平行にこちらへ走ってくる人間がいた。たぶん、傭兵だろう。距離は7、80メートルくらい?対物ライフルを持ち出す距離だ。
そして、その傭兵の後ろ、霧から… え?何?あれ。
「マユミさん、アオイちゃん、一応ナギさんも。あれを見てください」
「あなた、一応って何ですか?」
「ついでに、あれを見てください」
「あなた!」
俺だけ背中をチクリとさせつつ全員で、走ってくる傭兵の後ろを見る。
霧を突破し、白い尾を引きながら巨大な二つの脚と、それに続く二対の脚が激しく砂浜を引っ掻いている。大きなものを背負って。
あ、でも、そんなに速くはないな。白い尾は模様か目の錯覚か、な?
「もう、そんな季節かしら?」
「食べると美味しい予感がします。勘の女神様の口元が緩んでいます」
「味噌は、まだあります」
「ヤドカリをかなり大きくして殻をその辺りに刺さっている廃墟にすると、あんな感じになりますね。にしても大きい」
波打ち際を離れ対物ライフルの射線を考えつつ地面に置きながら率直な感想を口にする。
「シグレ、弱点」
マユミさんも撃つ気だ。俺は砂の上にうつ伏せになりトリガーに指をかけた。
銃身よりに左ズレているリアサイトとその奥のフロントサイト越しに巨大ヤドカリを望みザックリと狙いを合わせる。
「おい、おまえら。早く、逃げろ。こいつに銃は無駄だ」
かなりガタイがいい傭兵にしては、親切だった。グローバルチャンネルに切り替える余裕もあるようだ。それに、もっと、こう、残念なことを言ってくるのかと思ったら。拍子抜けだった。
「マユミさん、弱点は後ろの廃墟の中のお腹になります。ま、そこを狙うのは無理なんで、あの目みたいなところを撃ってください」
【心眼】先生の中の人は休みだった。普通に頭に浮かんだのは、普通のヤドカリの弱点らしかった。ヒネリは感じられない。
「あの目ね」
「いつでも、どうぞ」
ナギさんが横で俺の腰のバッグから何発か弾を取り出しているのを気にしながら、サイト越しにヤドカリの胸より少し下辺りに狙いをつける。あの鋏が邪魔でしょうがない。
傭兵は30メートルくらいで、なぜかヘッドスライディングをした。走り疲れて倒れたという説もある。いや、それにしてもデカすぎだろ。
左上で銃声がした。俺は、マユミさんが当てたかどうかは問題じゃなかった。あの鋏の奥に通せれば…
ヤドカリとその大きな鋏の動きが一瞬止まった。胴体を狙えるポイントを探して、探して。
「ない」
それなら、その鋏と勝負だ。ヤドカリの左鋏、向かって右側の鋏の先の方を狙い、トリガーを引いた。すぐにボルトを引き次弾を―
マズルフラッシュが砂を吹き飛ばす。
「あなた」
ナギさんが差し出してくれた弾を受け取り、すぐに装填。
ヤドカリは40メートルくらいの位置で左の大きな鋏を撃たれ、その鋏を前に出すのが遅れていた。つんのめっているように見えなくもない。
胸の下辺りに射線が通る。すかさず、トリガーを引く。
マズルフラッシュに吹き飛ばされた砂が落ち着くと…
ヤドカリは霧散を始めていた。よしっいやぁぁ。心の中でガッツポーズをしまくった。
お腹まで弾が届いたかどうかわからないが致命傷にはなったようだ。良かった。思わず強く握りしめていた対物ライフルのピストルグリップから手を離す。
しかし、なぜ俺は逃げようとしなかったのか。自分でもよくわからない。普通は逃げるだろ、あれ。
「あなた、これを」
ナギさんから弾を受け取り一応装填する。ヤドカリの宿はそこら中にあった。
立ち上がり服の砂を軽く払い対物ライフルを担ぐ。
「ふぅ。マユミさん、どうでした?弾は通りましたか?」
「お見事ね。当てはしたけど、効果は疑問ね。どこも硬すぎよ」
「シグレさん、流石です。センパイも、動きが止まってました」
「回収に行きますか」
「ドロップが楽しみです。ワクワクします」
「あなた、アントはダメなのにアレは大丈夫なんですね。あまり違うようには見えませんが」
「ヤドカリは俺の中ではカニやエビの類なので問題ないんです」
「食卓でよくお世話になってますし」
あ、写真を撮るのを忘れた。初めて見るモンスターだったのに。次出たら、絶対に撮る。
周りの家を警戒しながら巨大ヤドカリが霧散した場所を目指した。
マユミさんも気になっているのか廃墟に送っている視線が険しい。
「ナギさん、この辺りの廃墟にモンスターの反応ありますか?俺の方は反応ありませんが」
このヤドカリも殻、廃墟に閉じこもっているで表現が正しいのかわからないが、その状態だと【気配察知】先生では捉えられない可能性がある。
「私の方も無理ですね」
「やっぱり、そうですか」
途中、凄い表情をした人のようなものが転がっていたが無視して歩いた。みんなも同じだった。化けて出ないで欲しい。
「シグレさん、あれを見てください。魔石が―」
いやぁ、大きいなぁ。探さなくてもわかるとは楽なことこの上ない。
隣にはマテリアルが見える。そして。
「これもドロップ、なのよね?こんなこと今までなかったけど」
「そうなんでしょうね」
対物ライフルで撃った左の鋏だけが砂浜に転がっていた。弾が当たったところは穴があき周囲に亀裂を走らせている。
対物ライフルで装甲?殻?に穴をあけることはできたが、それ2枚分、貫通することは難しかったようだ。
写真だ。鋏しか残っていないが、これだけでも大きさが十分にわかるだろう。マユミさんが写ってしまうが対比としては、タバコの箱を置くよりいいだろう。そんなの持ってないけど。
よし、写真はこれでOKだ。しかし、これは、やっぱり。
「美味しそうね」
「センパイ、やっぱり、そう思いますよね。これは、食べるしか」
「味噌なら、あります」
アオイちゃんが両手に大きな魔石を抱えながら食べる気まんまんをアピールしていた。マテリアルが見当たらないが、もうリュックサックの中かもしれない。
「アオイちゃん、マテリアルは?」
「もう、この中です。2個ありました。これは、ちょっと無理で」
「私も、この大きさの魔石は初めて見ました。ちょっと問題かもしれません」
「というと」
「魔石の大きさは、危険の大きさですから」
「そう言われれば… どうしましょう?」
あ、確かにそうだな。都市の近くでこんな大きさの魔石を手に入れたとか言うと…
ま、メイさんが何とかするでしょう。
「メイさんがチームハウスに来るでしょ。あの人に任せよう」
「そうですね。メイに何とかさせましょう」
「じゃ、魔石はメイさんが何とかするとして、この鋏どうします?運ぶのは無理ですよ」
「しょうがないわね。じゃ、ここで処理しましょう」
「え?」
「シグレ、あれ貸して」
「あれって?」
「ナイフ、持ってたでしょ?丈夫なヤツを」
リュックサックの中で眠っているコンバットナイフのことだろうか?
対物ライフルを地面に置いてリュックサックからコンバットナイフを取り出してマユミさんに見せる。
「これ、ですか?」
「そう、それよ。早く貸して」
「どうぞ」
マユミさんはコンバットナイフを受け取るとヤドカリの鋏の亀裂が走っているところに思い切り突き刺した。
しかし、そこまでは良かったのだがマユミさんの力では、そこからどうすることもできなかった。
「そこで、俺の登場だな。このまま出番がないかと思ってヒヤヒヤしたぜ。それにしても、おまえら。俺を無視すんなよ。かわいそうだろ」
さっき、砂浜に転がっていた傭兵によく似ていた。マユミさんに代わってコンバットナイフを握り、何回か亀裂に突き刺したところで殻をこじ開けた。腕力は、凄そうだ。
殻がなくなったところからは、ここにいる人間が食べるにしては多すぎる量の身が顔を出した。
「で、あなた、誰ですか?」
「東方の防人に所属しているカナメだ。よろしくな。さっきは助かったぜ。死ぬかと思った。それにしても、おまえらすげえな。これ、倒せるんだな。ひょっとしてプロか?」
何のプロだよ。
「一人ですか?仲間は?」
「こいつにやられた。かもな。最初は戦ってたんだが、どうにも歯が立たなくてな。逃げてるうちに俺一人になってた。まいったぜ。かなり砂浜を走らされた。もう、腹が減って、腹が減って。早く、食おうぜ」
「しょうがないわね。この量なら一人増えたところで変わらないと思うし。私はマユミ。とりあえず、よろしく」
「ワタシは、アオイです。あなたは… いいです。よろしくです」
「俺はシグレです。よろしく」
「私は、フクタニです。よろしくお願いします」
「女三人に男一人とは、シグレと言ったか。苦労してるんだろうな」
「え、まぁ、それなりに」
「シグレ」「シグレさん」「あなた」
い、いかん、つい、口が滑ってしまった。
「それ、食べますよね?モンスターがいつ出るかわからないんだから、食べるなら急がないと」
「そ、そうだな。なら、俺が火を起こすから料理はそっちの女性陣に任せたぜ。シグレは俺の方を手伝ってくれ」
「了解です」
歳は俺より上に思えるカナメさんと火を起こすことになった。語尾の”ぜ”が多少気になる兄貴肌の人間のようだ。
そんなカナメさんの指示に従い、周辺から石や木を集めて置いていく。
「よし、火、つけるぞ」
カナメさんが火のついた何かを俺が集めた大小様々な木のところへ持っていき、その火が徐々に燃え移る。
そして、火が大きくなった。すると、周辺の廃墟の一部分が突然動き出す。
「何?」
「センパイ、あれ」
「おいおいおい、マジかよ」
急いで対物ライフルの元へ走る。
起こした火の周辺には3体の巨大ヤドカリが現れた。でかいなぁ。写真撮りてぇ。
しばらくそのまま膠着していたが、先に動いたのは巨大ヤドカリの方だった。1体が海の方に向きを変え走り始めた。すると、残りの2体もそれを追うように海に向け走り出す。地面が揺れないことの方が驚きだ。
ここにいる全員が呆然とそれを見守ることだけしかできなかった。
「助かった?」
「あなた。どうやら、そのようです。火が嫌いなのでしょうか?」
「こんなに小さい火なのに」
そうだとかなり助かる。俺の中の人がいない【心眼】先生レベル1では、教えてくれない情報だった。
「なんだ、火があれば良かったのか。勉強になったな。よし、それじゃ、ヤドカリの恐怖もなくなったことだし早く食べようぜ」
起こされた火で、大量の焼きヤドカリとヤドカリの味噌汁ができあがる。出汁も完璧だった。ヤドカリの刺し身は冒険者だけが挑戦することに。
「それでは」
「「「「「いただきます」」」」」




