87-遺されたもの
さて、ここで呆然として隙間風を浴びていてもしょうがない。現状を確認してみよう。
この場所は隙間風が俺を煽ってくる以外今のところは安全そうだ。時間は13時半、おにぎりを食べてもいいかもしれない。
奥に続く廊下は不気味に俺を待ち構えている。不気味なのだが、ハンドガンが霊体に対処できるようになった今、たとえ、たとえ、出たとしても問題ないだろう。【心眼】先生のお墨付きだ。
しかし、一人で探索する勇気みたいなものは、ない。ポーションがダンジョンにあるかどうかはわからないが宝箱と一緒にあの奥で俺を待っているとしても、まだ早い。うん、そうだ。【気配察知】先生も沈黙をもって肯定してくれている。
砂浜のサハギンに喧嘩を売ってスキルを上げるというのも。ひょっとしたらスキルを上げるチャンスは今しかないかもしれない。あ、ちょっとグラついてきた。が、しかし。
ここは、やっぱり合流を考えるのが定石だろう。っていうか、合流したい。
まさかのまさかで、あの奥に出口があるとかないよね?マーフィーさんなら、やるかもしれないんだよな。
くっそ。考えないようにしていたのに、つい考えてしまった。
切り替え、切り替え。
あの奥に行くにしても外に出て一度新鮮な空気を吸ってこよう。ここにいると思考がネガティブになりがちだ。何より気合がいる。
対物ライフルを担いで振り、向く。流れていく視界の中に、また、何か、いるぅぅぅぅぅ。
「あなた」
マジか。まだ、いるのか?【気配察知】先生は沈黙を続けている。勝手に看護婦さんのような不幸な人は一人だと決めつけていた。
「あなた!」
しかし、今度は大丈夫だ。ゴーストスイーパーシグレになったのだ。このハンドガンさえあれば、すぐにでも…
「あなた、殺しますよ」
「あ、はい」
ナギさんだった。よおっしゃぁぁぁ。ナギさん、来たぁぁぁ。
「もう少し、ここにいてください。マユミさんとアオイちゃんを呼んできます」
ナギさんに喜びのあまり対物ライフルを持ったまま抱きつこうとしたら、消えてしまう。行き場を失った右手を寂しく下ろす。また、一人に。くっそ。
しかし、しかしだ。合流はできそうだ。俺の中の不安の霧が晴れていく。さっきまで薄気味悪かった廊下が急に明るくなった気がした。
合流したら、探索もありかもしれない。お腹も急に騒ぎ出した。よし、よし、みなまで言うな。
マユミさん達はどこから来るのだろうか?普通に考えて入口だろうな。病院の奥から来る、は流石にないだろう。それなら【気配察知】先生も黙っていないはずだ。
少しソワソワしながら待合室の壁際に寄りかかって待つ。対物ライフルにも壁に寄りかかってもらった。ここなら奥の廊下も病院の入口も最小限の首の動きで確認できる。
奥の廊下は、変化なし。
病院の入口は、お、人影が。マユミさんか?
「シグレ!」
マユミさんだった。
「マユミさん」
続いてアオイちゃん、ナギさんが入ってきた。
マユミさんがどんどん近づいてくる。俺も安心のあまり自然に前に出る。
そして、マユミさんが抱き着いてきた。お、グフフフフフ。
しかし、後ろの二人の様子がおかしい。ナギさんがアオイちゃんを手で制していた。既視感のある光景に嫌な予感がする。
マユミさんの抱き着く力がだんだん強く…
「マユミさん、ちょっと待っておかしいですよ。力、強すぎません?」
「私に心配をかけた罰ね。それに、ナギさんが力強い方がシグレが喜ぶ、とか言ってたし」
そんな変態さんは、ここにはいない。はず。
「ナギさん!アオイちゃん!た、助けてくれる。よね?」
「センパイもまんざらでもなさそうだから。もう少し、いいんじゃないでしょうか」
「あなた、気絶したらきちんと介抱しますから。むしろ気絶してください」
おいぃぃぃ。ちょっと、装備が。
「マユミさん、ち、力を抜いてください。装備やポーション、そうポーションが入っているスキットルが潰れます」
(も、もう少しいいんじゃないの?)
「そ、そうね、そんなのもあったわね。じゃ、これくらいで許してあげるわ。次はすぐに連絡するように」
マユミさんの抱き着く力が和らいでいく。すぐに連絡したけど情報端末が通信圏外だったのだからしょうがない。
「ちゃんと、連絡しました。圏外だったんでしょう。たぶん」
「シグレさんは、いきなり消えましたから。何があったんですか?」
「あ、それなら、もういい時間なんで食べながらでも話しましょうか」
「そうね。お昼にしましょう。シグレ、ここは安全なの?」
「い、一応、安全だと思います。奥には入ってませんけど」
ナギさんが重そうなバックパックを下ろしゴソゴソし始めた。
「ナギさん。何をしているんですか?」
「あなた、おにぎりには味噌汁が必要でしょう?今、用意しますから」
「ナギさん、手伝います。センパイ、キャンプみたいです」
「私も手伝います。アオイちゃん、これはキャンプよ」
ナギさんが携帯ストーブに火を付けて鍋のような少し大きめのコッヘルをのせ何かを温めだした。
いやぁ、用意がいいなぁ。だから、重そうだったのか。
「ナギさん、カレーでもつくりますか?材料とかあれば」
「マユミさん、周りにモンスターがいるんです。できそうでも、やめましょう」
「シグレさんは夢がありませんね」
「今は夢よりさっさと食べて行動」
「私達はシグレを探して行動してたのよ。あっちの廃病院は探索済み。もう、怖い場所なんてあそこにはないわ。手に入れたものもないけど」
マユミさんの行動力に感心した。マユミさんの方が恐ろしい。
「じゃ、こっちの探索はまだ、なんですね」
「ええ。こっちに来れたのは、ついさっきよ」
「シグレさん。ダンジョンの入口はあったんです。でも、黒くて入るとすぐ裏側に出るんです。それで、ダンジョンには入れていないようで。さっき、その黒いのがなくなって」
看護婦さんの仕業だな。こちら側のダンジョンの入口に看護婦さんの能力のトンネルで細工をしたんだろう。プランB、恐るべし。
「あなた、味噌汁ができました。お昼にしましょう」
不気味だった待合室に四人が円になって座っている。手には弁当箱、足元には味噌汁が入っているコッヘルがあった。
「「「「いただきます」」」」
まず、鮭派と梅派の使者が俺とナギさんの元に。マユミさんとアオイちゃんの常套手段だ。
俺は唐揚げ派として二人とナギさんに唐揚げの使者を送り出す。
すると、ナギさんの使者がやってきた。ナギさんの使者は―
「ナギさん、これ、おかかですね」
「ナギさんのおかか、美味しいです。ですが、梅にはまだまだ」
「おかかは確かに美味しいわ。でも、鮭の時代に陰りを与えるものではないわね」
「ありがとうございます。みなさんのおにぎりも美味しいです」
そして、味噌汁をいただく。これには、油揚げとわかめが入っていた。美味しい。
【気配察知】先生の顔を窺いながら、鮭、梅、唐揚げ、おかかのおにぎり、それに味噌汁をいただいた。デリシャス。うーん、何か話すことがあったような。
「シグレさん」
アオイちゃんが水筒を手にしたまま、こちらを見ている。
「はい?」
「はい。じゃ、ありません。ワタシ達の前から消えて何をしていたのか話す時間です」
「そうよ、シグレ。早く話しなさい。まさかとは思うけど女絡みじゃないでしょうね?」
「あなた、早くお願いします。私の殺意が」
普通に三人が怖い。この待合室が本来の姿を取り戻すのかもしれない。そうはさせんが。
「落ち着いてください。俺は被害者なんですから」
「どこかで聞いたセリフね」
「いや、本当です。病院に入ろうとしたらいきなり黒い何かが目の前に現れて。それにぶつかったかと思うと、そこに立っていたんです」
待合室に入ったところを適当に指差す。詳しい位置なんて、あまり覚えていない。でも、そんなに間違ってはいないだろう。
「私達も遭遇した黒い何かね。でも、私がシグレを見ていたときは何もなくて、いきなり消えたわよ」
「俺には黒い何かが視界に広がっていました。だとしたら、裏側から見ると向こうが透けて見えるんでしょう。スキルだったらできるんじゃないんですか?」
「まぁ、いいわ。それで」
「それで、かくかくしかじかで看護婦さんが出てきて」
「シグレさん、かくかくしかじかじゃわかりません。説明を求めます」
もう、そこは省略しても問題ないところなのに。
「えっと、いきなりそこに立っていたわけで、状況確認とかしていたんです。登場人物は外というか砂浜のサハギンさんくらいです」
「説明ありがとうございます。砂浜があってサハギンがいるんですね」
そっか、アオイちゃん達は砂浜から来たわけじゃないのか。でも、入口から入ってきたんだから砂浜、見えたでしょ?
あれ?俺の前に座っていたマユミさんの姿が…
すると、俺の視界の端から腕が現れて俺の首に巻き付いてきた。平和を取り戻していた俺の小さな心臓が騒ぎ出す。
「看護婦さん、ねぇ」
「あなた、早くしないと喋れなくなりますよ」
「マユミさん、看護婦さんと言っても薄いんです」
「シグレは、影の薄い看護婦の娘とこんなところで何をしていたのかなぁ?逢い引きかしら?」
少し、首が締まったような気がした。心臓の鼓動が早くなる。
「待ってください。影が薄いとかじゃなくて向こうが透けて見える看護婦さんです。ゆ、幽霊だったかもしれません」
アオイちゃんの訝しい目が俺に。ナギさんの目はあれなんでわかりません。
「シグレさん、幽霊になんてしなくてもいいんです。ありのままをお願いします。つまらないワイドショーなんていりません」
ひどいぃ。また、少し首が締まる。
「マユミさん、本当なんです。力を弱めて」
「それで、幽霊の看護婦がどうしたの?」
「えっと、”殺してください”って言いました」
言ってました。
アオイちゃんが少し驚いた表情をしたが、すぐに元に戻る。ナギさんは… いいや。どうせ、わからん。
「シグレさんは、その話せる幽霊さんをどうしたんですか?お友達ですか?」
「えーと、かくかくしかじかで看護婦さんの望みを叶えてあげて一人ここに残されたわけです」
アオイちゃんから追求が来るか?来るだろうな。しかし、ここのくだりは秘密が多くて。どうしようか。誰かがピー音を入れてくれると助かるのだが。
アオイちゃんがなぜか納得した表情をして頷くとマユミさんの俺の首に回していた手がスルスルと引いていく。
「え?かくかくしかじかでいいんですか?」
「幽霊の望みを叶えたって話なんでしょ?そういうこともあるのかもね。アースだし」
「シグレさんは良いことをしたんですね。めでたし、めでたしです」
あ、れぇ?肝心のどうやって幽霊を殺したのか聞かないでいいんだ。助かるといえば大助かりなんだが。
「あのう、どうやって幽霊を殺したのかとか聞かないんですか?看護婦さんの境遇とか、ありますよ」
「大丈夫です。間に合ってます。かくかくしかじかで十分伝わりました」
「あ、そうですか」
ちっ。こういうところはあっさりしてるな。ひょっとしてここからお涙頂戴的話になると思って逃げてるのかも。二人はこういう話に弱い?弱点か。
ナギさんは― え?ハンカチ、どうして。
「トリガーを引く前の悲しい看護婦さんの話を―」
引いていたマユミさんの腕が再び俺の首に。そして、いきなり結構な力が。
「シグレ、それ以上言うなら天国の知り合いに話してあげて」
まずい、調子にのりすぎたか。素早くマユミさんの腕をパンパンする。
「わ、わかりました。ちゃんとハッピーエンドです。俺以外は」
ゆ、許された。マユミさんが俺の前、アオイちゃんとナギさんの間に戻っていきお茶を飲み始めた。アオイちゃんの水筒だ。
「あなた、看護婦さんにトリガーを引いた銃というのはどれですか?」
素直に俺の新しい銃、ハンドガンを指差す。
「これですよ」
「そう、ですか。それに、その弾にそんな力がありましたか」
嘘は言っていないが詳しく説明するわけにもいかない。さて、今度はナギさんの追求か。どうやって躱せば。
「たぶん、これの弾にはそういう機能というか材質が、あるんですよ。詳しくは知りませんけど」
「そうですね。これであなたも幽霊に恐れず向かっていけるんですね」
いえいえ、それとこれとは別かもしれません。
ナギさんが立ち上がり後片付けを始めた。皆がそれぞれの準備をする。
「アオイちゃん、このダンジョンの出口って、ここから近いの?」
「んー。ギリギリ霧で見えないくらいのちょっと先ですね。そんなに遠くはありません」
「ありがとう。ナギさんは、どうやって俺を」
「私にはあなたへの殺意がありますから。たかだか100メートルくらい問題ありません。ただ、世界を越えてまで殺意は教えてくれませんでしたが」
「あ、はい」
えーと、ナギさんは100メートルくらいなら俺を見つけていつでも殺せるっと。いやぁ、夏じゃないのに怪談だなぁ。
「シグレさん、愛されてますね」
「私もナギさんを見習ってもっと素早く関節技が繰り出せるようにならないと」
「そんな何の自慢にもならないことは、どうでもいいです。これから、どうしますか?」
「シグレは、ここ、探索したの?」
「まさか。してません」
「なら、探索してみましょうか?」
このメンバーなら問題なし。俺はナギさんの横でコソコソしていたい。
「モンスターの反応はないようです。すぐに終わるでしょう。宝箱の存在はわかりませんが」
相変わらずナギさんの【気配察知】は凄いようだ。俺の【気配察知】先生も早く成長して欲しい。ナギさんが、うちの【気配察知】先生を鍛えてくれたりしないだろうか?俺抜きで。
「それじゃ、行きましょうか。みんな、大丈夫?」
「センパイ、大丈夫です」
「大丈夫ですよ」
「もちろん、大丈夫です」
薄気味悪い廊下をマユミさんを先頭に探索を始めた。
いざ、廊下を歩いてみるとそんなに怖くなかった。安全が確認されているからだろうか?それとも、マユミさん、アオイちゃん、それにナギさんがいるからだろうか?
対物ライフルをあちこちにぶつけながら探索したものの何も見つからなかった。
それでも、俺は十分楽しかった。なぜだか、わからない。




