85-点と辺
スクエアな陣形の前列担当のマユミさんとアオイちゃんが足を止めた。防衛櫓01-0001に到着したようだ。
情報端末には既にグループ会話への招待が届いている。イヤホンを耳につけ承諾をタップした。
少し重そうなバックパックを背負ったナギさんも情報端末を操作しているところだった。マユミさんとナギさんは既にアドレスを交換しているようだ。ま、当たり前か。
リュックサックから水筒を取り出してお茶を飲む。今日もお茶が美味い。
「シグレ。ここからは、よろしく」
「わかりました。まず、場所を覚えてもらうためにも防衛櫓01-0101に向かいます」
「了解よ」
「シグレさん、よろしくお願いします」
点々としている瓦礫に目をやりながら舗装された道路沿いを歩く。一人で歩く。うん?
スクエアなはずの陣形がトライアングルに。しかも底辺が長い。
後ろを見るとナギさんの左右の腕にマユミさんとアオイちゃんが。
くっそ。口数が少なくてもナギさんが隣にいるだけで寂しさから少し解放されていたというのに。俺、かわいそすぎる。
最近、楽をしていたことを反省しながら索敵に力を入れて歩いた。後ろからは、というかイヤホンからは、マユミさんとアオイちゃんのたわいもない話?が聞こえてきていた。
俺が聞いているのを知っていながらなかなか際どい話題も出してくる。そんな話にナギさんの反応は?チラッと窺う。
わからん。いつもの表情だ。しかし、もうそれ系の話はやめて欲しい。索敵に集中できない。いや、やっぱ、このままで。
今どきの女の子の会話をBGMにT字路近くまで来た。道の奥に広がる茂みは出る茂みだ。というか出た。
「サハギンのようです。1匹ですが、茂みの中にもいます」
「サハギンってどんなモンスター?シグレ、簡潔に」
また、そんなお題を。
「魚のゴブリン?」
「あ、そんな感じなのね。わかったわ。アオイちゃん、大丈夫?」
「センパイ、いつでもOKです。このドットサイトが逃しません」
通じたぁ。それはいいとして、張り切っているのは俺だけじゃないようだ。俺もハンドガンを撃ちたい。停滞しているスキルも何とか。
二人が俺の前に出る。俺だって。
「あなた」
こんなときに。
「何でしょう」
「ここは、二人に任せましょう」
えええええ。
「なんで?」
「あなたのその新しい銃、少し調べさせていただきました。専用の弾で数も多くないんでしょう?」
ナギさんの秘密の仕事の成果か?もう俺が調べられることはないと思っていたのだが、そんなことはなかった。
そんなことより、撃ちたい。
「弾の数は多くないとはいえ、サハギンを1、2匹撃つくらいには」
「あなた」
「はい」
「殺しますよ」
「あ、はい」
くそうぉぉぉ。久しぶりのナギさんの”殺しますよ”が俺に効く。この迫力、忘れてた。妻だと自称していても殺すのね。
マユミさんとアオイちゃんが水を得た魚のように生き生きとドットサイトをサハギンに合わせている。魚に近い方が劣勢だ。
茂みの中からは外が悲惨なことになっているというのに、サハギンが魚の目をクリクリさせて出てきていた。仲間が音もなく霧散しているので状況が把握できないのかもしれない。
そして、悪魔のような二人がどんどん魔石へ変えていっている。その悪魔は俺の役だったのに。突然の降板だった。
俺はちゃんと返事をし行動も起こしていないのに背中がチクリとする刑を受け、ただ、それを見ているだけだった。俺もその舞台の上に。
「あなた、これはあなたのためなのです。心配しなくても出番はあると思います」
そういうことは背中をチクリとさせているものをしまってから言って欲しい。
「ふぅ。終わったわ。やっぱ、違うわね」
「センパイ。ドットサイト、凄いです。カイカンです。もう、ドットサイトのない銃なんて…」
そんな目で俺の銃を見るのはやめてください。銃には罪はありません。
「それじゃ、回収するわよ」
「はい、センパイ」
マユミさんとアオイちゃんは、ドットサイトの感想だけを残して戦利品の回収に向かっていった。
「あなた、少しの間これを持っていてください」
「あ、はい」
ナギさんの少し重そうなバックパックを預かった。アース人の探索標準装備のようだった。そして、ナギさんはそこらに転がっている手頃な石を掴むと、一瞬点滅した。ように見えた。
「ありがとうございました」
「あ、はい」
本当に少しの間だった。俺がバックパックを持っていたのは。これ、俺が持つ必要なんてなかったのでは?
石を掴んでいたナギさんの手が俺からバックパックを奪っていく。石は、消えていた。
「何か、あったんですか?」
「いえ、何にも」
サハギン?それともアント?がいたのかもしれない。まぁ、いい、無理に聞き出すのはやめよう。
マユミさんとアオイちゃんが戻ってきた。二人共とても機嫌が良さそうだ。戦利品は既にアオイちゃんのリュックサックの中だろう。
「シグレさん、魔石12にマテリアルが1でした」
「お疲れ様」
「それじゃ、シグレ。よろしく」
「了解です」
T字路を左に川沿いの道を上流方向に進む。すると、橋が見えてきた。
後ろを覗くとアオイちゃんがさっきの戦闘をドットサイトを中心に振り返っていた。マユミさんとナギさんが優しい表情でそれを聞いている。
橋の真ん中辺りまで来た。防衛櫓01-0101が薄っすらと霧の中に見える。
「あれが、防衛櫓01-0101ですけど。あそこまで行きますか?廃病院とは逆方向です」
「逆なのね。だったら、ここで休憩してあまり行きたくない廃病院に行きましょうか。ナギさん、何かありますか?」
「別に何も」
「センパイ、往生際が悪いですよ」
「だって」
「だって」
「シグレさんまで、何ですか?男ですよね?」
男でも苦手なものはあるし。霊体とか【気配察知】先生も見つけてくれないだろうし。
でも、待てよ。スケルトンも動き出せば【気配察知】先生が反応してくれた。霊体も意外といけたりしないだろうか?石棺の白いのは?あれは霊体だったはず…
ダメだ。思い出せない。思い出せるのは、押し寄せる大量のゴブリンゾンビと無力だった自分だけだ。
「あなた、大丈夫ですよ。私がいますから」
それと、外見だ。お化け屋敷ではないので驚かせるような外見ではないだろう。が、いきなりだと怖くないものまで怖くなる。
やはり、【気配察知】先生にかかっているな。
リュックサックから水筒を取り出しお茶を飲む。お茶からくる安堵感を端からジワジワ何かが侵食してくる感じが…
「もう、ナギさんだけが頼りです。よろしくお願いします」
「私も。ナギさん、よろしくお願いします」
「センパイまで」
「アオイちゃんは、大丈夫なの?そ、その、幽霊とか」
「言葉が通じるならお友達になりたいです」
言葉が通じても無理だろうな。むしろ、言葉が通じる方がやっかいだ。
「それは、頼もしいことです。あなた、見習ってください」
無理です。厄介事を増やしたくないです。ただでさえ周りは爆弾娘だらけだというのに。
リュックサックに水筒をしまい時間を確認する。11時26分。
「それじゃ、行きましょうか」
「ええ」「わかりました」
橋に続く南西の道、廃墟の中を通る道を進む。以前リザードマンに手痛いプレゼントを貰ったところを通り過ぎた。そのリザードマンを一応警戒する。
このハンドガンならリザードマンに対物ライフルを使わなくても済むかもしれない。
期待を込めて警戒をした。
………反応があった。その角から。
「あなた」
「わかってます。あそこの角から何か来ます」
またまた、ドットサイトコンビが前に。
「ドットサイトのサビにしてやります」
ちょっと面白かった。全く意味がわからないが。だって、遠距離で銃を撃って返り血すら浴びないのに。しかも、銃じゃなくてサイトの方。
いや、気持ちはわからなくもない。俺も使ってみようかな。”リアサイトのサビにしてやる”うーん。これだと面白くないな。
”グリップのサビに―”グリップはサビねぇ。
「シグレ、倒したわよ」
「シグレさん、私も当てました。何か少し硬かったような」
「え?いつの間に何を倒したんですか」
あれ、俺は何をしてたんだ。
「あなたがボーっとしている間にリザードマンを二人が倒しました」
くっそ。あれは、アオイちゃんの策?
道理で微妙に考えさせるちょっとだけ面白いことをいきなり言ってくるわけだ。してやられた。って、マジ勘弁して。ハンドガンの試射をさせて欲しい。
「なるほど、あれは確かにハンドガンではきつそうね。AKなら問題ないけど」
「センパイ、でも私の弾も有効そうでした。この子はハンドガンと同じ弾です」
「それは、私が先に当てたからよ。きっと」
「そうなんですね。センパイがそう言うなら」
お、コンビ解消か?そんな話がリザードマンの戦利品を回収しにいく二人から聞こえてくる。やれやれ、その間に俺がリザードマンを。
「あなた、少しこれを」
「また、ですか。まさか、ナギさんまで俺から仕事を奪おうとしているのでは?」
マイクのスイッチを切り、ナギさんに少し近づく。すると、ナギさんまでこちらに近づいてきた。近いって。
(こんなところで時間を使っていいんですか?)
(知っていたんですね。ですが、最近は使っていませんから時間は十分にあります。それに…)
マイクのスイッチを入れる。
あっ、今のは【心眼】先生情報だった。まずかったかもしれない。気を付けないと。
そして、また、バックパックを預かったかと思うとナギさんが一瞬だけ消えた。
「ありがとうございました」
バックパックを返す。まずい。本当にまずい。周りが仕事をしすぎて俺の仕事がない。ハンドガンが撃てない。ハンドガンだけじゃないな。それに、スキルも全然上がらない。
マユミさんとアオイちゃんがリザードマンの戦利品の回収から戻ってきた。またしても、機嫌が良さそうだ。
「みんな。俺にも仕事、戦闘をさせてください」
「シグレが遅いからでしょ」
「シグレさん、しっかりしてください。ちなみに魔石は1個だけでした」
「あなたは、私の側にいるだけでいいんですよ」
ダメだ。頭が痛い。先を急ごう。アースには俺に新しいハンドガンを撃たせない集団意識のようなものがあるに違いない。
むしろ、こうなったら廃病院に早く行ったほうが仕事ができるまである。
「もう、いいです。先を急ぎます」
「あぁ、シグレが拗ねてる」
「シグレさん、可愛いです」
「可愛くなんかないです。そこはイケメンとかにしてください」
「あなた、私の中ではイケメンですよ」
わざとらしい。むかつく。”では”ってなんだよ。くっそ。
廃病院へ急いだ。トライアングルの底辺の話題が俺いじりになったようだ。ナギさんの閉じているのか開いているのか判断のつかない目が、少し開いている気がする。
さて、薄気味悪い建物、廃病院に近づいてきた。あれが、今にも出そうなのだが。もう、こんな建物崩れてしまえばいいのに。
「みなさん、あれが俺の知る廃病院です。アオイちゃんの言っているのがあれかどうかは、わかりません」
「これだと、思います。勘の女神様も頷いています。ナギさんはこの辺りに詳しいですか?近くに病院、ありますか?」
「この辺りだと、ここくらいだと思います。大分私の記憶とは違っていますが」
「ここがダンジョン、異界に繋がっているなら他に傭兵とかいてもいいと思うんだけど」
さっきからの違和感はこれか。周囲には傭兵の姿が全くなかった。掲示板で話題になっているなら少しはいても良さそうなのだが。
「とりあえず、入ってみませんか」
アオイちゃん、こわっ。正気か?
「あなた、行きますよ」
ナギさんまで。しかし、ここではマユミさんは俺の味方だ。恐ろしく頼もしい味方だ。こんな日が来るなんて。
「アオイちゃんを一人にするわけにもいかないから。行くわよ、シグレ」
ドーーーーーン。俺の中で何かが壊れていく音がした。
「マユミさん。切り替え、早っ」
これが姉妹の絆か。本当の姉妹じゃないけど。
これは、俺も腹をくくるしかないか。【気配察知】先生、頼みますよ。それと、ナギさんから離れないようにしよう。俺の装備では霊体系アンデッドに対処できないからな。
「ちょ、みんな、待って。どうして、そんなところへ行くのに躊躇がないんですか?」
最高のお化け屋敷になれる可能性がある廃病院の入口に消えていくアオイちゃん、ナギさん、マユミさん。
いや、本当に勘弁して欲しい。一人にしないで。一人なら絶対に入らないところなんだから。
こうしてお化けが出るにはまだ早い5月の初旬に、お化けが出るのに最適な廃病院に入ることになりました。
お化けが出るなら可愛い子が、いいです。




